ギィ、と扉の開く音。
「お久しぶりね」と笑う魔道師は、最後に会ったあの日から何一つ変わっていなかった。
私が母に連れられ、彼女に初めて会ったとき、彼女は自らを「悠久の魔道師」と名乗った。悠久の時を生きる、不老の魔道師だと。
……正直、あまり信じていなかった。それも当然だろう。いくら両親の友人とはいえ、自分のことを「悠久の魔道師」だなんて、ちょっとアブない人だから。彼女と同姓同名の名は歴史の授業のときに聞いたことがあったが、どう考えても20歳にしか見えない女性が、500歳近いおばあちゃんとは考えられなかった。
だけど、不老というのも、魔道師というのも、本当だと知った。実際に私は 彼女の使う魔術を母と共に見たし、60年以上見た目が変わっていない ─両親と出会った時期を含めると100年近い─ のは不老ということの証明にならないだろうか。私が歴史の授業で聞いた同姓同名の人物も多分、彼女本人なのだろう。
しかし私はもうとっくにおばあちゃんになってしまった。数十年前に修道院長となったためその勤めは果たすが、それ以外は休んでいるばかりだ。それだと怠けているようで嫌なので働こうとするのだが、「ご老体ですから……」と言われてしまう……自分から働こうなど、昔じゃ考えられなかったことだが。
当然、この修道院でも、上から年齢を数える方が早い──というより、いちばん上なのではないだろうか。他の修道女の年齢を把握していないのでわからないが、多分、そのはずだ。
もう長くないのだろうとは自覚している。次の院長は決めてあるから大丈夫だ。そして、彼の元に行く。
「蛇国──東方へ旅してきたのよ」
いきなり魔道師がそんな話をふってきた。
なぜそんな話をするのだろう。彼女が東方に行くとは聞いていたが、私には関係のないことのはずだ。そもそも、名前すら聞いたことない。
そう思っていたが、聞いているうちに、その「蛇国」という国に興味が出てきた。ずいぶん長く滞在していたようで、引き出しがたくあった。思わずいくつか質問もしてしまい、だいぶ盛り上がった。
彼女の話し方はとてもうまい。文章、構成、口調。人を惹き付ける「何か」がある。文章の作り方がうまいわね、脚本家か新聞記者にでもなったら?なんてからかえば、魔道師は儲からないし、と笑って返した。
「それより、楽しそうね。蛇国という国は。」
いつか行ってみたいわ、なんて付け足せば、魔道師は「でしょう?」とまるで自分のことのように喜んだ。
まあ……今のこの老いた体じゃどこにも行けないので、行くなら生まれ変わってからだろう、だなんて馬鹿なことを考える。結局はお世辞なのだ。この修道院を捨てる気などない。
そういえば、なぜここに話をしに来たの?まさかこれだけのために来たわけではないでしょう、と質問すると、
「たまたまこの辺に用があってね。そこでふと思い出したのよ……そういえば、海岸沿いに修道院があった、って。」
と魔道師は返した。そして、本当は 白髪の彼女にも会いたかったところだけど、だなんて呟いた。
そう。今彼女は、この修道院を去り、新たな修道会を立ち上げたところだ。徐々に増えていっているらしいが、つい最近まで海外にいた彼女が知るはずがないだろう。
「再開がてら、土産話でもしようかな、と思ったのよ。」
「ところで、今日はどうするの?泊まるのかしら。」
いつのまにか窓からオレンジ色の光が差し込む時間になっていた。海が夕日を反射して、幻想的な美しい風景が見える。
「このあたりは日が落ちたら完全に真っ暗になるわ。それからの外出はおすすめしない。」
どうしようかしら、なんて迷う素振りを見せたものの、「大丈夫よ」と断った。「昔 使っていた家があるから」
それでは帰ろうか、と軽い別れの挨拶を済ませ、ギィ、と扉を開けた。それまでずっと黙って話を聞いていた緑色の髪の魔道師の弟子がこちらペコリと頭を下げる。黙っていたのは無口だからで、私を嫌っていないことはなんとなく伝わった。
最後にもう一度と、体の半分だけこちらに振り向いた。
「それじゃあね────リン」
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ogacchi
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