宝クジを一枚ポケットに忍ばせておくだけで、世界の見え方は変わるらしい。
ポケットの中の紙切れ一枚が大当たりに化ける可能性を秘めている。そんな希望が人の心を前向きにすると。
理屈は分からなくもない。宝クジで一攫千金の妄想をする時、それは宝クジが当たる「未来」を妄想している。どんな形であれ未来を志向するならば、それは前向きと言えるだろう。
「で、その宝クジがピアプロだと?」
そんな意味不明な発言をする友人・山賀から俺は勧誘を受けている。
曰く、お前もピアプロユーザーにならないか?と。
「その通り。お前も世界の見方を変えないか?」
「何を言っているんだ。まるで意味が分からんぞ。」
「やってみれば分かるさ。」
結局、山賀の真意は分からずじまいだったが登録だけはすることにした。
たいして手間がかかるわけでもないし、自分の作品を見てもらえるフィールドが増えるに越したことはない。
あれから数か月、俺の世界の見え方は何も変わってない。
他所に投稿するつもりで描いた作品をついでにピアプロにも投稿する程度の使い方しかしていないのだから当然と言えば当然なのだが。
それでもピアプロを使うポジティブな理由もあるにはある。初音ミク公式ブログへのリンクがあることだ。投稿した作品のついでにブログの更新をチェックして最新情報を仕入れられるのは便利だ。
今日も何か面白いトピックが追加されてないかと公式ブログを開いた俺の目に記事のタイトルが飛び込む。
【ピアプロコラボ】MIKU the FEST 5th×piapro みんなで作ろうアート企画!募集開始!
この手のイベントでは恒例の企画だ。会場の一角にギャラリーコーナーを設け、そこで展示する作品を募集する。
ああいつものやつか。そう思ってタブを閉じようとした手が止まる。
この公募はピアプロユーザーに向けたものだ。
今までこの手の公募は俺には関係ないと思っていた。
でも今の俺はピアプロユーザーなんだ。
言い表しようのない何かが、俺の心に火を付けた。
自分の作品が採用される「未来」を妄想するならば、それは未来志向の前向きな思考だ。
募集ページを熟読し、描くべきイメージを構築する。
閃きによるイメージと、「こう描いたらウケが良いのでは」という計算によるイメージが同時に浮かび上がる。
描くべきなのはどっちだ?閃きか?計算か?
俺は前者を選択した。
思いつき一発のネタは鮮度が命だ。複数応募も可能だから計算で考えた方は後で描けば良い。
そこからの作業は速かった。
手が止まらない。
止めたくない。
止めた瞬間に劣化しそうな気がして、勢いに身を任せた。
そのまま碌に推敲もせずに投稿する。
そこでようやく一息ついた途端、完全燃焼の反動とも言うべき虚脱感が身を包んだ。
それからの2週間は公募のことが気になって仕方がなかった。
公募ページに毎日アクセスし、新しい応募作品があればすぐにチェックして「これには負けた」「これには勝った」と無意味な比較をしていた。
しかしそんな作業にも飽きて毎日アクセスが3日に1回になり、やがてゼロになって公募のことを忘れようとしていたころ、メールが届いた。
「【重要】ピアプロ公式コラボ『MIKU the FEST 5th×piapro みんなで作ろうアート企画!』採用のお知らせ」
慌ててメールを開き本文を確認する。
採用されたのは最初に描いたものだった。
閲覧数が高かったのは計算で描いた方だったが、数値で採用か否かが決まるものではないらしい。
公式の結果発表までは内密にすべきものなので、SNSで自慢したい欲を抑えなくてはならなかった。
そして当初の予定よりもかなり遅れて開催直前にまでずれ込んだ公式発表を経て、いよいよイベント開催の日を迎えた。
「おめでとう。感想はどうだ?」
イベント会場へ向かう道中で山賀がそう問うてきた。
実感がない。
その時はそう答えたが、会場で自分の作品が展示されたパネルを見て、ぼんやりとした感覚が実体を持ち始めた。
そのパネルを見ている人達を見て、と言った方がより正確か。
自分の作品がイベントの一部になっていると実感した。
会場にはピアプロ企画以外にも様々なプロジェクトが絡んでいる。
イベントテーマソング、テーマソングMV、企業コラボ。
それらと俺を隔てるものは何だ?
プロかそれ以外かということか?
しかしイベントテーマソングもピアプロ経由の公募だし、MV担当もネット発のクリエイターだ。
ならば自分も、彼らと同じ位置にいる?
いままで受け手の立場、客の立場だった自分が送り手・作り手の立場に?
そんな俺を見た山賀が、ニヤリと笑って言う。
「ボーカロイドの世界は受け手と送り手の境界が比較的希薄だ。だから送り手と受け手の一体感や親近感を生む。それがボーカロイドの面白さだと俺は思っている。そしてその面白さを体感するには、自分が送り手になるかもしれないという可能性を秘めていることの自覚が必要だ。その手段こそが…」
「ピアプロか。お前が宝クジと言っていた意味が分かったよ。」
納得すると同時に、何か心の中で引っかかる違和感に気づいた。
山賀の口ぶりは彼もまた作り手であると言わんばかりだ。
しかし俺は彼の作品を知らない。でも何か既視感がある。
彼と同じ気配を感じる何かを俺は知っている。でも何かが思い出せない…
そんな時、会場BGMとして流れていたイベントテーマソングが耳に刺さった。
「この曲…お前のか?」
タイトルは『lottery』。宝クジを意味する英語だ。
「そう。『lottery』の作曲者・YMaGは俺だ。そして…」
そう言って山賀は握手を求めて右手を差し出す。
「コラボお願いします。俺の曲の動画にイラストを付けてくれ。」
ああ、これもピアプロの魅力の一つだ。
作品を通じてクリエイター同士が繋がり、コラボして新たな作品を生む。
俺もまたその循環の一部となるべく握手に応じた。
作り手と受け手の間に
※この物語は、事実をもとにそこそこの脚色を加えたフィクションです。
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