「ねえ、ヒロおじさん、私が作詞した曲、聴く?」
あかりちゃんが、ちょっと声をひそめて俺に話しかけた。
「おお、聴く聴く! もしかしてピアプロ?」
あかりちゃんはニコッと笑ってコクと首を縦に振った。

俺が正月に帰省するのは二年ぶりだ。
今年は弟夫婦と、その一人娘で高校一年生のあかりちゃんも帰ってきている。
俺と両親と弟一家の六人での、夕食後の団らんの時間。
基本的にひとりでいることが好きな俺だが、たまにはこうしてワイワイとやるのも楽しい。
弟の一家とは昨年の夏に会っていたから、約半年ぶりの再会だった。

昨年の夏、あかりちゃんが日頃から書き溜めているという作詞ノートを見せてもらった。
と言っても、彼女が自ら進んで見せたのではなくて、話の流れであかりちゃんの作詞ノートの話題になり、散々恥ずかしがった上で親に押し切られて見せてくれたものだったけど。
作詞ノートではあるものの、彼女は作曲をするわけではなく、かと言って誰かがそれに曲をつけてくれるわけでもない、まだ形のない憧れだけが詰め込まれたノートだった。
その時に俺は、ピアプロというサイトがあるよとあかりちゃんに薦めたのだ。

実のところ、ピアプロがどういう場所なのか、ちゃんとはわかっていない。
何年か前、仕事の関係でボカロ曲を調べたとき、ボカロ曲の公式カラオケ音源が公開されていることが多かったのが、ピアプロというサイトだった。
そこにはカラオケ音源だけではなく、通常のボカロ曲もたくさん投稿されているということは、後から知った。
また、曲だけでなく歌詞やイラストを投稿することもでき、色んなジャンルの人たちが、それぞれの得意分野を生かしてコラボできるらしいということも、何となく知っている。
その程度の曖昧な知識ではあったものの、自分で作った歌詞をピアプロというサイトに載せておいたら、それに曲をつけてくれる人がいるかもよ、とあかりちゃんに言ったわけだ。

俺は自分のかばんからイヤホンを取り出し、あかりちゃんのスマホに挿して左耳にだけイヤホンをつけた。
張りのある女性ボーカル。
疾走感があるボカロ曲が流れてくる。
「すごくカッコいいじゃん。ねえ、歌詞も見せてほしいな」
あかりちゃんはスマホを操作して歌詞カードを出してくれた。

 走れ走れ 背中押す風が
 向かい風に変わるぐらい
 理由なんて言えなくてもいい
 言葉よりも速く走れ

 地球をほんの少しくぼませて
 印されてる 確かな足跡
 敷かれたレールなんて何もない
 進んできた証だけ

 未来のこと決めつけたり
 化石みたいな知恵はいらない
 今日の太陽 感じれるのは
 今日だけだから!

青春時代の抑えきれない衝動のようなものが素直に書かれていて、ストレートに届いてくる。
あかりちゃんはおっとりしてるように見えるのに、こんなこと考えてるんだな。
何より俺が一番驚いたのは、あかりちゃんが書いた歌詞が、ちゃんと歌詞として形になっていることだった。
彼女には申し訳ないけれど、夏に少しだけ見せてくれた作詞ノートは、歌詞とは言えない日記の延長のようなブツ切れの文章が並んでいたから。
公開の場に歌詞を載せることで、意識が変わってきたってことなのだろうか?
「歌詞もいいし、曲がすごくカッコいいね。ピアプロってこんなちゃんとした曲をつけてもらえるの?」
「ね、すごい才能がいっぱいいるんだよ! でもこれね、曲をつけてもらったんじゃなくて、出来上がってる曲に私が歌詞をつけたの」
「はぇ」
予想外の答えに、思わず間抜けな声が出てしまった。

ピアプロという場所は、自作の歌詞を載せて曲を募集することもできるけれど、逆に歌詞を募集している曲もたくさん投稿されているそうだ。
作詞をしたい人は、歌詞を募集している曲から気に入った曲を探して応募する。
作曲する人は、応募作品の中から気に入った歌詞を採用してボカロ曲を完成させる。
それを動画にするために、イラストを募集することもできるという。
「同じ曲に色んな人が全然違った歌詞をつけてるから、応募作品を見てるだけですごく勉強になるんだよ」
「ははぁ、なるほどねぇ」
あかりちゃんの説明に、俺はいちいち感心していた。
曲が先にあってそこに言葉をつけるなら、確かにそれはちゃんとした歌詞っぽい歌詞になるはずだ。
それに、曲のイメージに合った詞を書かないといけないから、自分だけでは思いつかなかったようなテーマも出てくるのかもしれない。
きっとピアプロは、感性が豊かであるほど、たくさんの刺激や成長のヒントがもらえる場所なのだろう。

「この曲、まだ作曲家さんとやり取りしてる途中で完成版じゃないんだけどね」
「へえ、俺の耳だとこれで充分カッコいいよ」
「タイトルもまだ決まってなくて、作曲家さんと相談してるところなの。どんなタイトルがいいかなぁ」
「あかりちゃんの会話の内容、もう立派な作詞家だな」
「そんなことないよ。あ、そうだ。ヒロおじさんにもう1曲聴いてもらいたい曲があるんだ」
あかりちゃんは立ち上がると、かばんを置いている部屋に消えていった。
いくつかのボカロ曲に作詞したことが友だちの間で話題になり、それがきっかけで校内の合唱コンクールのテーマ曲の作詞を担当したらしい。
すごいな、あかりちゃん。
才能が目覚めるってこういうことなんだろうな。
ほんの軽い気持ちでピアプロを薦めたのに、俺が思いもよらなかったスピードで駆け抜けている。

 走れ走れ 悩みや不安を
 振り落としてしまうぐらい
 不器用でも違っててもいい
 必ず来る明日へ走れ

あかりちゃんを待っている間、さっき聴かせてもらった曲のフレーズが、ずっと頭の中でリフレインしていた。
いつか彼女が有名な作詞家になったりしたら「俺がピアプロを教えてあげたおかげなんだ」って自慢することにしよう。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

才能が開花する場所【ショートストーリー】

「みんなで祝おう!piapro15周年お祝いコラボ」ショートストーリー部門の採用作品に選んでいただきました!(改名前のカタツムリ名義になっています)
https://piapro.jp/pages/official_collabo/piapro15th_q4tgv/result

運営コメント
お正月に会った姪と、ピアプロを通して話が弾む主人公。年代を超えて、ささやかなきっかけで、創作の輪が広がっていく雰囲気が描かれています。
姪の後押しをする主人公のメタクリエイター感が良いですね!まるで「ピアプロ」そのもののようなキャラクター性にグッときました。

閲覧数:580

投稿日:2022/01/11 15:15:24

文字数:2,416文字

カテゴリ:小説

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