何かを感じる理由は無い。だって結子と自分の間には大したつながりなど無いのだから。ただの知り合いで、それだけなのだから。
だけど。
三村の頭の中に、つい先日、業務連絡にやって来たぐみと交わした会話がふと、浮かび上がった。三村が携わった楽曲の動画に使う絵のデータを持ってきてくれたぐみが、世間話ついでにこう言ってきたのだ。
―ミムラさん、やっぱりバレンタインは何もないんですか?
―ない。何もない寂しい男だからな俺は。
―そうやって投げやりになる前に、自分から行動してみたらどうです?
―どういう意味だ、それ。
―例えば、もしかしたら相手はミムラさんの気持ちはもちろん、自分の気持にも気が付いていないかもしれません。そういうのんびりした人かもしれませんよ。
―具体的な例えだな。そもそも何で俺にそういう相手がいる事が前提なんだ。
―だから、ここはあえて、ミムラさんが「バレンタインのチョコ欲しいな☆」なんておねだりをしたらどうでしょう。
―いやだから、何でそういう相手がいる事が前提なんだよ。
そんな会話をちょっと前にしたから、だから、足が出てしまったのかもしれない。
とん、と持っていた漫画の新刊を近くの台の上に置くと、人の中に紛れてしまった背中を三村は追いかけた。
歩くよりも少し速く駆け足よりも少し遅く。四分音符ではなく八分音符。
すぐに目当ての人は見つかった。グレーの地味なコートにパステルカラーのストール。先を歩く二人に少し遅れて歩いていた。好都合。なんて言葉が頭の中をよぎる。手を伸ばし、その華奢な肩に触れて引き留めると、相手は足を止めて驚いた顔で振り返った。
「え、あれ。三村さん。」
どうしたの?なんて結子がキョトンとした顔で訊いてきた。その何の警戒心のない無防備な表情に、力が抜ける。
呼びとめたけど。呼び止めちゃったけど。どうするつもりなんだろうか。
自分の行動に戸惑いを覚えながら、とりあえず、と三村は言った。
「あの、とりあえず、俺も結子さんのチョコ、欲しいです。」
とりあえずの意味が分からない。
なんだよとりあえずって、何なんだよ。思っている以上に自分はテンパっているんだな。なんてどこかで他人事のように思いながら三村が結子の返事を待った。突然の言葉に目を丸くしていた結子は、しかし次の瞬間にはあっさりと、こくん、と縦に頷いた。
「いいですよ。」
あっけないほど普通の様子でそう言って、だけど期待しないでください。と結子は苦笑を浮かべる。
「本当に、大したものは作れないので。」
そう言って、それじゃあ。と再び頭を下げて少し先で足を止めて自分を待っている人たちに追いつくべく、結子は早足でその場から去っていった。
それじゃあ。と三村も頭を下げて少し慌てた様子の結子の背中を再び見送り、そしてしばらくして、買おうと思った漫画の新刊どこに置いた。と少しぼんやりとしながら考えて。元の場所に引き返した。
漫画を買って、ついでになんとなく収納テクニックなんてものが載っている雑誌まで買ってしまって。三村は本の詰まった紙袋を小脇に抱えながら、やっぱりぼんやりとしたまま家路を歩んだ。
まだ春は遠く、日が落ちるのが早い。空は既に闇に塗りつぶされている。ひゅうひゅうと吹き付けてくる木枯らしが身にしみて、さっむう。と三村は首をすくめた。
結子さんの手作りチョコは義理チョコ。
首をすくめた瞬間、そんな言葉が三村の中に浮かび上がって来た。
あ、あー。と意味もなく節をつけてため息をこぼしてみたり。義理チョコですかそうですか。とわざと拗ねた様子で心の中で呟いてみたり。そうやって何かを誤魔化そうとしてみた。だけど、何かって何だ?
チョコをねだってしまったのはやっぱり自分は結子さんを好きだからなのか。
試しに身の内に生まれていたものにそう名付けてみた。納得できるところはあるけれど、少し違和感もあった。このあやふやな感情、気持ちが悪い。
空を見上げると、真っ暗い空の中、星が木枯らしに吹かれて頼りなさげに揺れていた。
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それらの音を、もっともっと響かせてほしいと願う。それこそ、永遠に。
しかし、それは永久に続くことはなく、開演ブザーが鳴り響く。
幕が上がると同時に、観客達の【目】は彼女たちに...Crazy ∞ nighT【自己解釈】
ゆるりー
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