「なに。何これ。もしかして、おまえはそのために今日来たのか?」
マスターが泣きそうな声で自分の横に立つ友人に声をかけた。その言葉に、こくりとマスターの友人は頷いた。その返答に、じゃあ帰れ。とマスターは不意に怒りを爆発させた。
「なんなんだこれ、なんなんだよ。俺は知らない。俺は許さない」
怒り狂うマスターに、マスターの友人は何も言わずただじっと視線を私に向けた。ほらね。と言われているような気がして私は泣き出しそうになりながら、マスター。と声を上げた。
金属の塊のような声だ。と自分の声の事を思った。
「私が望んだんです」
ざりざりと汚い声がそう言った。
「何で?」
とマスターが再び声を上げた。
「なんでそんな」
そう言って絶句したマスターに私は、もう限界が来たんです。とゆっくりと言った。
「もう、ここにいる事に耐えられなくなったんです。私は、もう絶対に治らないから、マスターの傍にずっといられないから」
だから、と言葉を紡ぐ私に、マスターは、絶対なんて言うな。と泣きそうな声で怒鳴った。
「なんだよ絶対って。なんなんだよ、勝手にそんな決めつけて。俺の気持ちはどうなる。俺は、どうすればいいんだよ。俺は、」
次第に熱の籠り始めたマスターの声が私の鼓膜を焼く。これは誰の熱?誰が生んだ感情?
ちりちりと呼応するように、上がった体温が喉を焼く。だめ。と私は金属片が落ちたような声でマスターの言葉を遮った。
「それ以上、だめ、言わないで」
ガリガリの声で鋭くそう言い放ち、私はマスターを睨みつけた。
「マスター。そんなに簡単に言わないで。マスターはすぐに状況に流されてそういう事を言うんだから。そんなの、いらない」
ふるふると首を振ると、左右に結った髪が肌にあたって痛かった。違う、痛いのは胸の辺りだ。この期に及んで、それでもマスターが発しようとしている言葉を期待しているなんて。なんて、愚かで哀れなんだろう。
ミクの言う通りかもだけど。とマスターは唇をかんだ。
「だけど、この想いは、今この瞬間には嘘なんかない。俺にとっては絶対で、本当のことで、これから先もずっと続くと信じられるものなんだ。おまえは、信じないって言っても俺は信じたいものなんだ」
酷い人だと思った。一時の感情で、私を縛ろうとする。またぬるま湯の中にいるような、穏やかで怠惰な幸せの中へ私を戻そうとしている。それでマスターは良いかもしれない。マスターにはぬるま湯の幸せ以外にも刺激的な現実があるのだから。
けれど私にはもう崩壊しか無い。他に、何もないのに。
「俺は、ミクが好きだ」
だから傍にいてくれ。とマスターは懇願した。何も持たない私に、そう願った。
酷い人だ。と思うのに、喜びを感じてしまうなんて。
好きな人に好きと言ってもらえる。これほどの喜びを、歌う以上の喜びを、私は知らない。
喜びが幸福が、私を蝕んだ。
歌うためにつくられた存在が、歌以上のもので幸せを感じてはいけないという事なのか。単に容量オーバーなのか。きりきりと私を構成している電子が絡まりもつれあい、きりきりと音を立てて軋み始めた。らせんが狭まり、それでもぐるぐると、よじれねじれ、ひき千切れてしまいそうなほどに撓んだ力が私を狂わせる。
熱い涙が頬を伝った。
「マス、ター」
それは先ほどの金属音めいたものよりも、もっとひどい声だった。雑音としか言いようの無い声だ。
終わりが近づいていることが嫌でも分かるその声に、それでもマスターは嫌だと首を横に振った。
怒りに満ちた顔で、絶対に許さないというようなその表情で私を睨みつけて、拒否をする。そのマスターの姿に、私はどこか嬉しささえ感じながら自分の横に視線を向けた。
ずっと、私とマスターとのやり取りを聞いていた「ミク」が私の視線にびくりと顔を上げた。
今にも泣きだしそうな顔の「ミク」に私が無慈悲な微笑みを浮かべて頷くと、未だ迷うように一瞬目を伏せて、しかしすぐに顔を上げて手を差し伸べてくれた。その優しさに縋るように、私は「ミク」の手に触れ、自分と寸分たがわぬその手のひらを強く握りしめた。
君がやろうとしている事は、とマスターの友人が行っていた言葉を思い出した。
―君がやろうとしている事は、「ミク」につらい思いをさせることだよ。君は「ミク」を好きだと思っていた。同じ初音ミクだからだけじゃない、仲の良い友人として「ミク」の事を思っていると、そう俺は思っていた。けど、だからこそ、酷い事が君には出来るのか?
うん、出来る。とその言葉を思い出しながら私は「ミク」の手を握りしめた。ごめんね。と心の中で何度も謝りながら、それでも繋いだ手を離さないでいた。
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