しかしそれにしても。ついにやったか。と、がくぽはルカの話を思い返しながらしみじみと呟いた。
「ついにやった?」
「カイトのことだ。あいつがメイコ殿に好意を寄せていること、ずいぶん前から本人の口から話を聞いていたからな。いい加減にそろそろメイコ殿に想いを告げろ、と何度も叱咤していたのだが。そうか、やったか」
そう言って満足げに笑みを浮かべるがくぽに、ルカは思わず眉をひそめた。
「そんな、姉さんばかりを好きになっちゃって、もし兄さんが消失してしまったらどうするの?」
ルカの心配に、しかし、がくぽは苦笑を浮かべて首を横に振った。
「もしも、カイトが恋心によって件の初音ミク殿のように消失してしまうのであるのならば、あいつはとうの昔に消えてしまっていたよ」
「……どういうこと?」
がくぽの言葉にルカが首をかしげると、がくぽの笑みが深くなった。
「つまり、カイトのメイコ殿に対する一途なまでの恋情はもうずっと前からだった、ということだ。前に、カイトの話を一緒に聞いていた氷山殿などは、奴のことを、ここまで来ると病気ですね、と評していたな」
また氷山殿とは酒を飲み交わしたいものだ。と最後に独り言のように呟いた。どうやらルカたちが開催するオトナ女子会のように、オトナ男子会的な集まりも存在するようだ。
「だから、メイコ殿に返事を貰えなかったとしても、今更、という気がしなくもない。それぐらいのことであの男は動じたりしないだろう」
そう安心させるように言うがくぽの言葉に、ルカはほんの少し考えるように首をかしげた。
「つまり……つまり、姉さんの気持ちを兄さんに伝えなくても、大丈夫。ってこと?」
「おそらくは」
ルカの問い掛けに、がくぽがゆっくりと大きく頷いた。
 さやさや、と柔らかな風が慰めるようにルカの髪を撫でる。カイトは大丈夫と言われればそれはそれで安心だけど、せっかくの意気込みをどこに向ければ良いのかわからなくなってしまった。膨れ上がっていた気持ちを持て余して、ルカは大きなため息をついた。
「なんていうか、マグロの一本釣りをしてやろうと思って色々と計画を練っていたのに、高級お寿司屋さんに連れて行かれて大トロを奢ってもらったような気持ちだわ。大トロはすっごく美味しくてたまらないのだけど、なんだか美味しいことがとても悔しいの」
そう残念そうにルカが言う。そんなつもりはなかったのだが、ルカの楽しみを奪ってしまったようながくぽは、せめてもの罪滅ぼしにと、昼飯を一緒に食べるか?と言った。
「大トロではないが我が家の昼飯はマグロの漬け丼だ。ぐみの分が余っているから、一緒に食べないか?」
そう言ってから、メイコ殿が用意しているかな、とがくぽが思っていると、予想に反して、いただきます。との返事がきた。
「本当なら今日は、ぐみに頼んで兄さんのいる研究所に忍び込もうと思っていたの。だからお昼ご飯はいらないわ、って言ってあるの」
「ルカ殿には研究所に忍び込むような荒事など、できないような気がするが」
「あら、大丈夫よ。忍者の歌を歌ったことあるから」
すごいのよ忍者って。そう言ってルカが胸を張ると、がくぽもまた、そういえばそうだったな、と深く頷いた。
 けれどあの歌、確か最終的にはGeisyaが一番凄いのではなかったか。ふとそんなことも思い出しつつ、がくぽは昼食の用意をすべく茶器が乗った盆を手に立ち上がった。ルカもまた、手伝うわね、と言いながらその後を追う。
 ずっと縁側に座って明るいひかりの下にいたせいか、部屋の中の暗さに微かな目眩を感じる。よろりとルカが足元をふらつかせていると、横からがくぽが二の腕を掴んで支えてきた。
「畳は滑りやすいから、気をつけたほうがいい」
そう言って、ルカがしゃんと立ったのを確認してからがくぽはその手を離した。
「ありがとう」
そう言って微笑むルカに、がくぽもまた穏やかな笑みを浮かべた。端正な顔立ちは女性のように美しいのに、なよなよとした雰囲気はない。精悍な印象だが暑苦しいわけでもない。同じ男性型ではあるが、中性的な印象もその身に宿しているカイトとは違って、がくぽはどこからどう見ても、男の人、であった。
 男の人、なのに、綺麗、なんて不思議。
 そんなことを思いながらまじまじとルカががくぽを見つめていると、ふい、と突然がくぽが目をそらした。
「……何?」
不躾に見つめすぎたかしら、と少し不安になりながらルカがそう訊ねると、いやあの、とがくぽが何故だか頬を赤らめながら言った。
「ルカ殿は柔らかいなと思ってしまって……申し訳ない」
「柔らかい? 二の腕のこと?」
がくぽの言葉に、反射的にルカは先ほど掴まれた自分の腕に手を伸ばした。ふに、と掴んだ二の腕の感触は確かに見た目の細さと違って柔らかい。
 二の腕がふにふにしている、って女子としては由々しき事ではないだろうか。今晩からメイコと一緒に腕立て伏せしようかな。なんてことを思いつつ、眉間にシワを寄せるルカに、がくぽが慌てた様子で、いや別に変な想像をしたわけではないぞ。と言った。
「二の腕が柔らかいからって、あらぬ想像をしたわけではないぞ。ただ、前にカイトが言っていたことを思い出したというか……」
「兄さんが言っていたこと?」
カイトは何を言っていたのだろうか。首をかしげたルカに、がくぽが一瞬思案するように口元に手をやった。
「あ、いや。……カイトが言っていたことを知っていて、ルカ殿は顔をしかめたわけではないのか?」
「? ダイエットしなくちゃなあ、とは思ったけれど」
がくぽが何を言いたいのか分からないままルカがそう答えると、しまった、という様子でがくぽは言葉を詰まらせた。そのまま視線をあらぬ方向に向けてルカのことを見ようとしない。
 なんだかよくわからないけれど、あまり深く突っ込んではいけないことなのだろう。以前、漢塾ではどんな話をしているのか、とルカが何の気なしにレンに訊いたら真っ赤な顔で逃げられて、思春期の男の子をからかっちゃダメだよルカ姉、とリンに諭されてしまったことがあった。からかったつもりはないのだけど、世の中には触れてはいけないこともあるみたいだ。その時、ルカは学んだのだ。

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るかとがくぽの日向ぼっこ・6

閲覧数:133

投稿日:2014/01/24 23:01:25

文字数:2,554文字

カテゴリ:小説

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