この時期の晴れ間はかなり貴重だ。せっかくだから。と午前中から干しておいた布団を取り込むために、結子はベランダへ出た。
 大きな白い雲がぽこんぽこんとあちらこちらに浮かび上がり、その合間から目が眩むほどに真っ青な青い空が見えた。じりじりと、太陽光が殺人的な威力でもって皮膚を焼くのだが、雨がここ数日続いていた身としてはその光はむしろ心地よく、無防備にさらけ出したい気分になる。
 むせ返るような濃い大気の気配。あつくまとわりつく空気。もう夏なんだなぁ。とちょっとベランダに出たくらいでうっすらと滲みだした汗を拭いながら結子は取り込んだ布団をベッドに乗せた。ついでに、と乾いた洗濯物も一緒に取り込んでいると、パソコンの脇に置きっぱなしにしておいた携帯電話が鳴った。
 あ、もしかしてルカの件でさっき連絡を送った友人からの返事かしら。と結子が慌てて電話に出ると、相手は思いがけず母からだった。
「もしもし結子。あなた風邪ひいたって聞いたけど、大丈夫なの?」
開口一番、そう言ってきた母に結子は、何で知ってるの?と驚いた声を上げた。
「ええと、うん。風邪は大丈夫なんだけど。お母さん、何で知ってるの?」
「なんでって、今さっきあなたの銀行に寄ったからよ。同僚の方から今日はお休みですよ。って言われちゃったわよ。」
正確には私の銀行ではなく、私が勤めている銀行、でしょう。と心の中でどうでもいい突っ込みを入れつつ、そう。と結子は頷いた。
 結子の実家はここから4つほど先の駅にある。実家暮らしでも電車で通える範囲内なのだが、一人暮らしも経験したかった結子が就職を機会に家を出たのだ。
 これだけ近いと、ちょくちょく帰ることができるわね。と思っていたのだが、逆に何か用事がないと何となく帰りづらかったりもして。なかなか難しい距離感だったりもする。まあそんな結子の複雑な心境も頓着せずに、母は、母親という大胆さと無遠慮さでしょっちゅう結子の職場に顔を出したり部屋を訪れてきたりするのだが。
「何か、用があった?」
そう結子が問い掛けると、あなたにじゃないのよ。と母は言った。
「ほら、前に言ったでしょう?結子のアパートの近くの私の恩師が住んでいるって。その先生の知り合いにちょっと用事があったの。」
その言葉に、ああ。と結子は頷いた。
 そういえば何度か、同じ理由で、ついでだから。と母が結子のアパートに寄った事があった。ある日などは、お土産だ。と梅ジュースなるものを手渡されたりもした。どうせならば梅酒がいいなあ。とこっそり思ったけれど、その梅のシロップもソーダ水で割ったらとてもとても美味しかったので、大切に飲んでいる最中だ。
 母の仕事は教育関係なので、相談事が多いのはしょっちゅうだ。とはいえその内容は守秘義務があるので、相談内容やその相手のことをあえて詳しく尋ねるような事はなかった。
 けれどこの瞬間、ふと引っ掛かるものを感じて結子は、あのさ。と口を開いた。
「あのさお母さん。その先生の知り合いの名前って、コイワイサヤさん?」

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多生の縁・11

閲覧数:79

投稿日:2010/07/13 18:32:30

文字数:1,265文字

カテゴリ:小説

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