ハイネリィランラ。
 叫ぶように怒鳴りつけるように、少年は歌った。
「なんだよ。」
突然歌いだした少年に、モノが驚いた声を上げた。
「なんだ、って、歌だよ。」
あんただって知っているだろう?羊の歌だよ。そう大きな目玉をぎょろつかせて言い返す少年に、それは知っているけどなんだよ突然。とモノたちも戸惑う様に返してくる。
 なんだっていいだろう。と少年は再び尻尾を地面に打ち付けて、ほら。とその先を催促する。
「ほら、ハイネリィランラ。」
突然歌いだした少年に、いままで周囲を染めていた不安が薄れ、戸惑いと驚きがゆらゆら揺れる。けれど咄嗟の事に皆、すぐには反応できず、どうしたものか、と視線を交わしはじめた。そんな定まらない空気の中心で、それでも少年はどなり散らすように歌い続けた。
 ハイネリィランラ。
 ひとり、ほとんど叫び声と言うべき大声で歌う少年に、傍らで遊んでいた小さなモノたちが顔を見合わせ、面白がって後に続いた。
「ハイネリィランラ。」
「ハイネリィランラ。」
舌っ足らずの滅茶苦茶の、だけど能天気に楽しんでいる歌声が、少年の怒鳴り声に重なった。
 仲間が増えたことに、今まで不機嫌だった少年の気持ちはころりと浮き立ったものとなる。気をよくして、ひょい、と傍にあった郵便差出箱の上に少年は飛び乗った。まるで指揮者のように腕を振り上げて、大げさな身振りで皆を煽る。
「ハイネリィランラ。」
「ハイネリィランラ。」
「ハイネリィランラ。」
きゃっきゃとはしゃぐ声を上げる小さなモノたちに、にやりと満面の笑みを浮かべて少年は、ほら。と先ほどまで不安や諦めを漏らしていた年長のモノたちに向き直った。
「ほら、」
「ハイネリィランラ。」
「ハイネリィランラ。」
少年に先導されて小さなモノたちに背中を押されて、戸惑っていたモノたちも歌い始めた。調子外れの高い声に、こなれた調子の落ち着いた歌声が重なる。
 ハイネリィランラ。
 それは褒め称える言葉。喜びを願う歌。
 笑みが口元から溢れて、足が地を蹴り拍子を取りだす。
 踊れ。とモノたちの本性がヒトになりつつある身体に命令を下す。それはたとえ身体がヒトになってしまっても消えない、身の中から湧き出る抗えない感覚。
 ハイネリィランラ。
 少年の声にモノたちの声も重なる。好き勝手し放題で底抜けに明るくてわくわくと胸が震える、その歌に声。雨の底に沈みかかっていたモノたちは浮かび上がりわき上がって。手足をばたばたと動かして、拍子をとって。そうしてはじまる雨降る路地裏での、お祭り騒ぎ。
 騒ぎの中心で、少年は雨に濡れながらも、にしし。と満面の笑みを浮かべてモノたちを煽り続けた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

羊の歌・5~ワンダーランドと羊の歌~

閲覧数:202

投稿日:2010/07/29 12:49:15

文字数:1,116文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました