A sort of Short Story ~ by『Light Song』


船が成層圏に突入する。
軽い振動が伝わってくる。
漆黒の宇宙空間に代わって、ブルーのグラデーションが映し出される。

やがて目の前に真っ白な雲海が見えてくる。
船の後方には深い藍色、周囲は抜けるような青色に満たされる。
気圧が徐々に高まり、古い船は軋み音をたてている。

コクピット――といっても、味も素っ気も無いコンソールパネルが並んでいるだけ――のシートに掛け、インジケーターおよび計器類を確認する。

――オール・グリーン、本日も異状なし……っと。

マイクに向かってクリアランスを申請する。宙港の管制から、機械的に許可をもらう。

男がこの5年間、ずっと繰り返しているルーチン・ワークだ。


♪ ♪ ♪


星間連絡船(通称ミッド・シップ)のパイロットをしながらチャンスを待ち、5年後には新たな惑星を求めて旅立つ探査船のクルーになる……。
それが、彼の目標だった。
「夢」ではない。必ず実現させる、「具体的目標」そのものだった。


ミッド・シップは、食料・資源や建設資材などを惑星から惑星へ輸送する船である。
ときに客船の役割も果たす、もっとも“庶民的”なスペースクラフトだ。

彼は自嘲気味に、自らの立場を思う。
輝かしい任務に就くために手に入れたスペースシップ・ライセンス。それを、ありふれた資材運搬船を転がすことに使っている。

――しょせん、こんなものか。

思い描いた理想と現実の仕事との間には、小さくない隔たりがあった。
しかし、それも昔の話。
彼は諦め、虚しい気持ちでルーチン・ワークをこなす。

現実に敗れた、というにはあまりにも陳腐過ぎた。


♪ ♪ ♪


コロニーの待機スペースで休憩していると、向こうのほうが賑やかになってきた。
何かと思い、同僚と共にそこへ近づく。


ロビーの一角にしつらえたステージの上には、一人の少女が立っている。
コバルトブルーの髪をお下げのように結わえている。

髪先が微かに揺れる。
少女は、歌を歌っていた。

伸びやかな歌声、ゆったりと心地良いビート。
ドームを透かして見える、宇宙空間をバックに歌っているその姿が、男の心を捉えた。


「お、ミクがライブやってるな」
「ミク?」
後ろからやってきた同僚の声に、男は首を傾げる。

「知らないか? 『VOCALOID 2 初音ミク』。歌うアンドロイドさ」

その名前を聞いたことはあった。しかし実際に姿を目にし、その歌声を聴くのは初めてだった。

まだあどけなさの残る顔立ち。
ちょっと舌っ足らずな歌い方。

けれどその歌に、彼は強く惹きつけられた。

エレクトリックピアノのきらきらとしたアンサンブルに、澄んだ歌声が溶ける。
初めて聴くはずのその歌が、何だかとても懐かしく、温かく感じた。


♪ ♪ ♪


男が、コクピットから夜空を見上げている。
頭上には、大きな惑星が青く輝いている。

航行時間が重なったため、宙港上空に待機を命じられたのだった。
反重力エンジンのみに切り替え、高度を保ちながら、彼はぼんやりと考える。


宇宙への憧れは、子供の頃から抱いてきた。
スペースシップのクルーは、勇敢で華やかな職業だった。
彼はその職に就くためなら、あらゆるものを犠牲にする覚悟があった。
そして念願のライセンスを手に入れ、彼は宇宙船乗りに――


宇宙船乗りには、なった。
安全な航路を毎日行き来するだけの。
冒険などというものとは程遠い、「仕事」をしている自分がいる。

――これが、オレの成りたかったものだったのか? 憧れの職業だったのか?

この職に就いた頃、彼はいつも不満を感じていた。
はじめの頃こそ、いつかクルーになるため、と自分にいい聞かせた。
これは、いわゆる『下積み』なのだ、と。

けれど、現実にはひどく理不尽な事が多くあった。
取引先の都合で、必死の思いで届けた品物を、また持ち帰らされることがある。
距離を考えずに時間指定をしてくるなど、ひどく無茶な要求をしてくる得意先もある。

しかし彼はいち従業員でしかない。
先方にペコペコし、ガキどもにバカにされ、オバハン連中には判ったふうな口を利かれる。

スペースシップ・ライセンスは、決して容易く取れるものじゃない。
けれど、“運転手”はいつだって、会社の代わりに客のご機嫌取りをしなければならない。
『スペースシップのクルー』は、思い描いていたものとはまるで違っていた。

彼の求めるものは、そこには無かった。
いや、もう何処にも無かったのだ。


技術が進歩した現在、有人での惑星探査など、時代遅れでリスキーなものでしか無かった。

有望な惑星は予め電子的に徹底的に調査する。
次の段階は、調査済みの惑星へ様々なアンドロイドを積んだ探査船を送ることだ。
データがほぼ出揃い、安全が担保されて初めて、有人探査船のお出ましとなる。
既に安全が99.9%保証された「新天地」へ、人類は完全装備で乗り込むのだった。

『意思疎通できる地球外生命体を求めて当て所もない宇宙航海』など、もはやひと昔もふた昔も前のロマンチシズムでしか無かった。
そんな任務に、厳しい訓練などあるはずもない。
「人類未踏の地への初登頂」は、航空宇宙物理学もよく知らない大企業のお偉方か、あるいはその家族なんかが、虚栄心で手に入れる立場に成り下がっていた。


冒険とはおよそ無縁の退屈な業務に、もう毒づく気もない。
何も感じないよう、心を麻痺させてルーチン・ワークを繰り返すだけ。

彼は心のなかで呟く。

――オレは一体、何をしているんだ……?


その時だった。

耳に、聴き覚えのあるメロディが飛び込んできた。
通信アンテナが、タキオンかなにかを拾ったかも知れない。
とっさに、ボリュームを上げる。

規則正しく機械的に打たれるバスドラム。
シーケンサーが、フレーズを少しずつ変化させながら反復する。
ヴォコーダーの向こうに、聴き覚えのある声――。


――あの歌だ。「初音ミク」だ。

この間のフリーライブの時に見た、歌う少女。
そしてその時に聴いた曲。

どこから流れているのか……
しかし、そんなことよりも彼は曲に聴き入っていた。
聴いているうち、なぜだか胸がドキドキしてくるのを感じた。


♪ ♪ ♪

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

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Livetune kzさんの名曲『Light Song』、それと鼻そうめんPさんによるリミックスがとても気に入って、書いてしまったSSモドキです
拙い出来ですが、読んでいただけたら幸いです

※2ch創作発表板に投稿したものを加筆修正したものです

閲覧数:310

投稿日:2010/10/04 22:41:36

文字数:2,642文字

カテゴリ:小説

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