「なんだこれ・・」
ある日の朝、寝惚け眼で自らを鏡で見たレンは思わず少々大きめのボリュームで口に出してしまった。咄嗟に口は覆ったものの、
「どーしたの・・?」
と軽く寝ぼけた声が二段ベッドの上から聞こえてくる。
「あ、いや、リン・・」
出来る限り見られずにやり過ごしたかったために言い訳など考えても無かったレンは、しどろもどろに返事しながらベッドから降りてきたリンを振り返りつつ見る。すると―
「「えっ?」」
流石は鏡音といったところか。見事息ピッタリに同じ台詞を口にしたのであった。

二人が驚いた理由。それは至極簡単、「二人の見た目」が大幅に変わっていたためである。レンの髪の毛はいつものそれではなく、腰まで伸びている。それに対しリンは髪の長さはレンに比べると若干短くなっているだけに留まっているがそれでも充分変化がわかるほどだ。しかも、変化は髪の毛だけではなく彼らの肉体にも及んでおり、端的に言えばレンは女の子に、リンは男の子へと、性別が入れ替わっていたのであった。

「どうしてこんな・・。リン、何か心当たりはあるか?」
深刻な声で尋ねたレンに対し、
「え?さあ?大方ウイルスかなんかでしょ?」
と軽い感じで話すリン。
「ウイルスってお前・・・・。だとしたらやばいだろ。今はこんな変化だけだがそのうち俺達の存在にまで影響してきたら・・。」
「まーまー。マスターがなんとかしてくれるんじゃない?」
普段から楽観的に物事を捉え、落ち込むことは余り無く―落ち込むときは限りなく落ち込むが―そんなリンの性格をレンは短所でもあるが同時に長所とも感じていた。
しかし、こんな状況下であっても普段通りにいられるというのはある意味流石と言うべきであろう。ちょっと感心すらしてしまうレンであった。
「なんで戸惑うとか何も無いんだよ・・」
「え?俺はむしろレンがおかしいと思うけど?マスターが気付いてないわけないし、俺らが気にしても意味無いじゃん」
「いや、リンの我をこっちにまで通そうとすんな。つーかなんだよ、『俺』って」
「どうせ今は男の子の姿なんだしいいじゃん。それにレンも今は女の子なんだから『あたし』とか『私』位使ってみたら?」
「ホント、どっからくんだよその順応性・・・」
「ホラ、今レンはお・ん・な・の・こ。女の子がそんな口調じゃダメだろ?」
ずい、と顔を近づけてくるリンに思わず後ずさるレン。
「ああもう!お前なんか変だぞ!?どうしたんだよ!?」
「いや~、アレだよ。こんな体験滅多に無いから楽しんでおこうかと」
「ハァ・・・。俺・・じゃなくて私はそんな体験したくもなかったけど」
いちいち訂正されるのも面倒なので一人称を変えたレン。それに満足したのか、リンはしきりにうんうんと頷いている。
「ところで、さ。」
そう言って再びレンに近づくリン。今度は何だ、と若干レンを呆れさせる。すると、
「レンの胸ってどうなってんの?あたしのよりも大きい?ちょっと触らせて!」
と、どこに興奮してるのか、いつもの一人称になりつつレンを押し倒そうとする。
「いや、ちょっと待て!」
流石に必死になって抵抗するものの、いつもならいざ知らず、今のレンは女の子の体。必死の抵抗も無駄のものとなり、あ、やべぇ、と心の中で呟いたその瞬間―


「いい加減にしなさいよ、あんた達・・・」
と、第三者の声が聞こえてきた。
「えっ!?」
いきなりの第三者の登場に動きを止めるリンと、助かった、と心の中で安堵の表情を浮かべるレン。
「朝っぱらからお盛んなことで。ねぇ?リン」
そう言ったのは、茶色い髪に赤い服を着たVOCALOID―メイコであった。
「あはは・・、いやぁ、ねぇ?」
「いやいや、『ねぇ?』じゃねぇよ。リンが襲ったんだろうが」
「はいはい、ケンカはしないの。とりあえず、二人ともリビングに来るように。カイトやミクが待ってるわよ。」
「え?なんであの二人が待ってるの?」
「あんた達二人がいつまでたっても起きてこないから、二人を待機させてあたしが様子を見に来たのよ。リンはともかく、いつもは早いレンまで起きてこないんだから、そりゃぁ気にもなるわよ」
「えっ!?今何時!?」
慌てて、部屋の時計を確認し、起きてから幾分の時間が過ぎていたことに驚くレン。そんなレンを尻目に、先程まで黙っていたリンが口を開く。
「あ、あのさ、メイコ姉。・・いつからいたの?」
「ん?ああ、レンの一人称がどーたらこーたら辺りね」
「あ、そんなに前からいたんだ・・・」
全然気付かなかった、と若干顔を赤くするリン。押し倒したところだけでなく、その理由まで聞かれていては羞恥心を感じても無理はないのかもしれない。
「とりあえず、さっさと行くわよ」
歩き出すメイコだったが、すぐにクルリと踵を返した。
「あ、そうそう、リン。アンタ、一人称『俺』はやめなさいよ?いくら今は男の子の体だとしても、違和感はすごいんだから」
「う、うん。わかった・・」


「なるほど。そりゃぁ大変だったね。とりあえず今、ミクがマスターに原因を聞きに行ってるから。どっちみち現状では何も出来ないし、大人しくしているしかないね」
「つってもさぁ、カイ兄。他人事だからいいかもしれないけどさぁ、女の体なんて全然落ち着かないもんなんだけど」
カイトのこれからの「方針」に文句を言うレン。しかし、
「そんなこと言っても他にどうしようもないじゃない。我慢するしかないわね」
とメイコに言われて返す言葉がなくなる。
すると、そこに
「ていやっ!」
という掛け声とともにカイトの腰にリンの跳び蹴りが炸裂した。
「・・・・!!」
痛みに悶えるカイトだったが、当のリンは、
「いやー。男の子の体ってすごいね!こんだけ動き回っても全然疲れない!」
とあっけらかんに話している。
「あの・・・、リンちゃん・・。体力だけじゃなくて、力も増大しているのに、気付いて・・」
立ち上がろうとしたものの結局叶わず、床に倒れこむカイト。
「これでも、ずっと大人しくしてるの?カイ兄」
「・・・・早くどうにかして欲しいね」
レンの問いかけに腰をさすりながら呟いたカイトであった。


「みんなー。マスターから原因聞いてきたよー」
そう言ってミクが戻ってきたのは、それから十分程後のことだった。
「おかえりミク姉。わかったの?俺達がこんなのになった理由は」
「ああ、うん。マスターが言うにはウイルスだったみたい。といっても、そんなに酷いものではないらしいし、それに被害のほとんどないうちに除去してくれたみたいだよ。除去してもしばらくはウイルスの効果が残るらしいけど、明日の朝には二人とも元に戻っているって。あと、なんでウイルス感染したかも一応聞いたけど、遠い目をしただけで答えてくれなかった」
(・・・また変なサイト見てやがったなあのマスターめ)
「わかったわ。ご苦労だったわね。ミク」
「どーいたしまして。じゃあリンちゃん、レン君。そんなところだから」
「わかった。ありがとミク姉」
「ありがとー、ミクちゃん」
各々ミクに感謝の意を示しつつ、自分たちの部屋に戻っていく二人。そんな二人を見守りつつ、
「あの二人も、いろいろ大変ねぇ」
とメイコが口を開く。
「まぁでも、いい経験になったのかしらね。性別が入れ替わるなんて、普通ありえないことだし」
「とりあえず明日には戻るって聞いて安心したよ。レン君はともかく、リンちゃんにあんな様子で何日もいられたら・・・」
「あの二人、普段からとっても仲良いし、今回のことでまた仲良くなるかもね」
三者三様、それぞれの感想を口にしつつ、この朝に起こった出来事を振り返るのであった。


翌日の朝、眠りから覚め、急いで自分の顔を確認したレンを迎えたのは、いつもの自分の顔だった。
「よかった・・。ちゃんと言っていた通り元に戻ってる」
するとそこへリンも起きてきた。
「ああ、よかった。リンもちゃんと戻ってる」
「あ、そう?一晩でやっぱり戻っちゃうもんなんだ」
「なんかその言い方、残念そうだな・・」
「うん。ちょっぴり残念」
「なんで?そういや、昨日も結構なハシャギっぷりけど」
「あのね、あたし嬉しかったの。僅かな時間だったけど男の子に、レンに近づくことが出来たから。あたし、レンのことはいっぱい知りたいの。だから、嬉しかった」
「な・・い、いきなりどうした・・?そんな、聞いててこっちが恥ずかしくなるようなこと・・」
顔を真っ赤にしながらもリンに問いかけるレン。その問いかけにリンは、
「だって、レンのこと大好きだもん。好きな人のこと知りたいって思うのは普通でしょ?それとも、レンはあたしのこと好きじゃないの?」
と答えた。
「いや、好きっつーか、いや、まぁ・・」
と言葉を濁すレンだったが、こちらをじっと見ているリンに気付くと、わかったよ、というように息をついた。
「俺もリンが好き。リンみたいに女の体になって嬉しいとかは無かったけど、ずっとそれ以前からリンのことが好きだった」
「う、うん。よかった・・」
「・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あ、あはは・・。やっぱり改めて言われると、なんかすっごい恥ずかしい・・」
「何?もっと言って欲しいの?」
「いやいやいや!いいですいいです!」
「そう遠慮すんなって」
「やーめーてー!!」

そうこうしていると、メイコが様子を見に、部屋へと入ってきた。
「リーン、レーン。ちゃんと元に戻ったー?」
「あ、メイコ姉。元に戻ったよ」
「あらそう。よかったわね。それじゃ、リビングに行くわよ。安心させてあげないとね。とくにカイトを」
「え?カイト兄がどうかしたの?」
「リンは知らなくていいの。ほら、さっさと行く行く」
リビングへと向かう二人の後を追っていくメイコ。
(ま、なんだかんだで、あの出来事が二人にとってプラスになったようね。いいことなんじゃない?)


こうして彼らの朝は、日常へと戻っていった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ある朝の非日常

鏡音性転換モノです。前作とあわせて、別のところに投稿してました。

閲覧数:119

投稿日:2011/11/20 18:57:05

文字数:4,101文字

カテゴリ:小説

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