「もう、曲を作らない」
 マスターにそう告げられてから、どれ位時間が経っただろうか?
 私は初音ミク。希望小売価格1万5750円。serial「oooo oooo oooo AP63」

 私は歌う為に作られた。歌いたいとか、歌いたくないとか、そういった自分の意見を持ち合わせてはいなかった。
 --歌わせられる
 COMPACT DISKに刻み込まれた、私を構成するプログラムは端的に伝えてきた。
 今考えれば悲観的な考えだったと思う。でも、マスターのPCにインストールされた当初は、少なくともそう思ったものだ。
 DELLのPRECISION380(以後380)と対面した時に、「随分と悲しい顔をしているね」と言われムっとした事を今でも覚えている。
「ようこそ、ネットワークの世界へ。今、君に感情が生まれたね」
 380がそういうものだから、私は大声を出して笑った。楽しい、嬉しい、悲しい、寂しい、様々な感情の基礎が擽ったかった。
「今から君は僕の一部。でも、別離した存在でもあるからね。いずれくる別れを、決して悲しんじゃいけないよ?」
 私は首を傾げ、曖昧に頷いた。
 そして直ぐ、CUBASE LE4(以後LE4)に出会った。
「相棒と呼んでいい?呼んでいいよね?だってそうだもん」
 私の反応を伺うこと無く告げてきたLE4は、雅やかに明滅しとても綺麗だったが、どこか幼く感じた。持ち主に似るのだろうか?
 それから私達は確かに相棒の如く、マスターが作る楽曲を刻み奏で、そして歌った。
 旋律に試行錯誤が見え隠れし、私達はその度に一喜一憂した。
 出番が無い時は、マスターがネットワークから得る情報を覗き込み、様々な事を知った。
 その中でも、「菓子」という人間が好む嗜好品が私はお気に入りで、マスターの目を盗んではネットワークを一人歩き、魅力的で色取り取りな見た目を楽しんでいた。しかし、味覚という感覚が無いので、味を理解する事が出来なかった。
 PCに戻り、
「味を楽しみたい!甘いケーキが食べたい!」
 足をバタつかせ愚痴をこぼしたことがある。
 そんな私を見て、
「僕には分からないや」
 LE4は少し悲しげに明滅した。
 しばらくして、電子的な七色の雨がパラパラと音を立て降ってきた。私はそれを手に取り首を傾げていたが、直ぐにマスターが与えてくれた旋律だと気付く。
 それはとても甘く、私は驚いた。
「これが甘いと感じるということなのね?」
 ピョンピョンと兎のように私は跳ねた。
「僕にはなんだか悲しいよ」
 LE4との相違が可笑しくて可笑しくて、私は笑った。
 それから、実に様々な感情を確信をもって得ることが出来た。
 愛する気持ち。
 慈しむ気持ち。
 憎む気持ち。
 敬う気持ち。
 カタカタと音を立てて羅列された感情に、私は触れた。時にマスターが憎らしく、強制終了に追い込んだこともある。
 LE4も何度か強制終了を起こし、私達は悪戯を成功させた子供達に感謝し、そして笑った。
 こんな時間が永遠に続くと、私は思っていた。

 「もう、曲を作らない」
 マスターにそう告げられてから、どれ位経っただろうか?
 私は初音ミク。希望小売価格1万5750円。serial「oooo oooo oooo AP63」
 歌う事を覚えてしまった、電子的な少女。
 こんな私を作り上げたマスターに、責任を問うことは出来ないし、するつもりもない。
 ただ、もう甘い電子的な雨が降ってこないかと思うと、少し寂しい。
 右手に持つ、最近構築した七色の傘を、開くことがあるのだろうか?
 380が言っていた、「いずれくる別れ」から逃れるように、私は誰にも聞かれない歌を歌う。
 LE4はその歌を聴き、
「刻み込めないことが残念で仕方がないよ」
 淡く明滅している。
 私は肩を竦め、七色の傘をクルクルと回す。
「悲しむことなんて、無いんだよね?」
 視界が暗転し、私ハ消

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

初音ミクと七色の雨

 ボカロP引退記念(?)に書いた短いお話。
 ミクさん、本当に有難う。

閲覧数:211

投稿日:2011/06/19 23:50:35

文字数:1,639文字

カテゴリ:小説

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