世界は楽しいものなのだと私に教えてくれた、青く澄んだ髪と目の青年は、そこにはいなかった。
私の信じていた世界が崩れ去る。
ここは一体どこで、私は何なんだろう。
何もかもがわからなくなった。
>>09
病室に移されたカイトと、まだ混乱したままの頭を抱えた私だけがいる病室。
私の視線は、まだ目を覚まさないカイトに縛り付けられている。
窓から差し込む光が、カイトの髪を明るくしているが、それはもはや青色とは言えないものになっていた。
医者が言った原因不明の事態、それが……簡単に言えば、変色だった。
実験をしていたから薬品のせいかもしれないし、ストレス性かもしれないし、原因はさっぱりわからないと医者は言う。
命に別状はないし、医者の話ではもうすぐ目覚めるらしい。
右目にまかれた包帯が痛々しい。
恐る恐るカイトの手を握ると、当然のように温かくてびくりと身体が震える。
それでも、手を強く握りしめた。
頭の中でもつれてしまった思考をゆっくりと解いていく。
辿り着くところが今の場所だとわかっているなら、始まりが父と出会った日だとわかっているなら、解くことは難しくない。
順を追って並べていけば、混乱が溶けていく。
涙が溢れてきた。
「……名前、知らなかったんだ」
ぽつり呟いて、握りしめた両手に力を込める。
目から零れた生ぬるい雫が手に落ちた。
こんなことを言っても、自分に対する言い訳でしかないのだろう。
そうとわかってはいたが、自分の中の苦しみに耐えるためには言い訳するしかなかった。
カイトに対する謝罪もできずに、自分自身に言い訳ばかりしているなんて、私は最低だ。
違う、結局謝罪してもそれは私のためだ。
少しでも自分の中の罪悪感を消したいだけで、本当は相手のことなんか考えていない。
謝罪の言葉なんて、彼を困らせるだけじゃないか。
おそらく彼は事情を知らない。
知っていても、仕方のないことだと言うだろう。
私は一体どうするべきだったのだろう――。
悩んでいたその時、両手で握りしめていたカイトの手が僅かに動いてはっとする。
慌ててカイトを見ると、左の瞼がゆっくりと開いていった。
再び息が止まる。
「――どう、したの、メイコさん」
ああ、――。
開いた口から声が出てこない。
優しく微笑む彼の髪が、烏羽色の髪が、開かれた目の烏羽色が、視界を更に滲ませる。
掠れたその声が、頭に心地良く響くところが、そっくりだった。
一体どうして気付かなかったのだろう。
一体どうして気付けなかったのだろう。
――寂しがらなくても大丈夫。違うけど、ずっと君の側にいるから。
頭の中に蘇った映像と声に、ますます涙が止まらなくなった。
今朝の夢の中で、私は出会っていたのだ。
しかも、全てを知るための言葉もちゃんと聞いていたのに、ほとんど気にも留めなかった。
忘れているならどうでもいい夢だったのだと勝手に決めつけて、思い出す努力もしないで……。
「ごめん」
不思議そうにカイトの目が細められる。
何か尋ねたいだろうに、カイトは何も言わずに私を見つめていた。
その視線に耐えられず、顔を伏せる。
滲む目から涙がまた零れていく。
「何て言ったらいいかわからない……でも私は、君がケガを負うことを知ってたんだ。なのに、何もできなかった」
すまない、とさっきとは違う謝罪の言葉を続ける。
私は卑怯だ。
自分のためと知っていながら、彼を困らせると知っていながら、こんなことを言う。
カイトは何も言わない。
許してほしいわけではなかった。
許してほしいつもりではないと思っていたのに、言葉をかけてもらえないだけでこんなに絶望感に溢れている。
私は愚かだ。
目を閉じれば、目に溜まっていた涙が自分の手の甲にぽたぽたと落ちていく。
そんな私の頭に、ぽんと軽い衝撃。
「うん……さっき、全部聞きました。別の世界の、未来の僕に」
それはどういうことだ、と顔を上げると、苦笑したカイトと目が合った。
父が若ければ、こんな感じだったのだろうと思うほど、今のカイトと父の姿が重なる。
無理やり視界を滲ませている涙を拭うと、彼は「意識を失ってる時にね」と笑った。
「どうやら、君をタイムトラベルさせたのは僕みたいだよ。僕に会わせるために、僕が送ったらしい」
「それは、何のために?」
もしも失明させないためにというのであれば、私は失敗したことになる。
父の思惑も外れてしまった。
私の考えなどお見通しというように、彼は笑う。
「僕にケガをさせないために、じゃなくて……メイコが世界を、僕を好きになってくれるように」
突然手を引かれて「え」と戸惑う私に構わず、カイトはぎゅっと抱きしめてきた。
私が、世界と今目の前にいるカイトを好きになるように、父は私をここへよこした?
じゃあ、未来の父はこれから一人になってしまうのかとか、そもそもタイムパラドックスとかそういう難しい問題があるんじゃないのかとか、そもそも私は本当に父の子どもなのかとか、私が本当にいるべき世界は父がいる世界だったのかとか、ズレた疑問が浮かんでくるが、胸がいっぱいになって何も言うことができない。
ぎゅっと抱きしめられて感じるカイトの体温は、優しさでいっぱいで苦しくて、拭ったばかりの涙がまた出てきそうになる。
「好きだ、メイコ」
耳元で囁かれる言葉と吐息が優しくて、堪えていた涙が溢れ出した。
私にはそんな感情、わからない。
――わからないはずだった。
でも、この胸に溢れている感情がそういうことなのなら、答えは決まっている。
何もかもわからなくてもいい。
不安定な私という存在も、そんな私が生まれてきた理由も、何もかもわからなくたって構わない。
「私も、好きだ」
おそらく私の中に生まれたこの胸を痛める感情は本物だから、それだけ信じていればいい。
今ならわかるよ。
世界には様々なものが満ち溢れていて、すべてがすべて喜びではないだろうけど、きっと素敵なものだろう、と。
あなたはそんな気持ちを私に伝えたかったのかもしれない、と。
いつか私は本当にいるべき場所へと帰るのかもしれない。
でもきっと後悔はしないだろう。
何度だって同じ道を選んでみせる。
君もそう思ったから、私をここへ送ったんだろう?
>> for one's
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ご意見・ご感想
sunny_m
ご意見・ご感想
こんにちは、お久しぶりです。
不思議な話なのにすとん、と落ち着いて読めるのは流石だなぁ~。と思いました。
リアリティーがあるというか…。メイコさんの思考が丁寧に書かれているので、なんだか彼女が納得をすれば納得できたし、夢だと逃避したら一緒に逃避したり(笑)
そんな感じで読んでました。
最後の、矛盾の何もかもを置いておいてカイトさんに好きと言ったメイコさんが好きです。
面白かったです!
あ、あと無愛想(ていうか無表情な)メイコさんにかなり萌えてました(笑)
それでは!
2012/01/07 15:55:01
+KK
>>sunny_mさん
お久しぶりですー。終わるたびに感想ありがとうございます。
謎ばっかりで自分が落ち着いてないんですが……
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
感情移入してくださってたみたいで、何だか恐縮です。
もったいないお言葉ばかり本当にありがとうございました!
2012/01/08 17:19:50