「ごめんなさい、っていうならば。じゃあルカさん歌ってください。」
だけどまあ何を考えても、今はどうにも先が見えない状況だし。ちょっと休憩がてらに絵を描こうと、手元にスケッチブックを引き寄せながら結子がそう言うと、ルカは意図をくみ取ってくれて、はい。と頷いた。
あれから何度か歌ってもらった、未完成の歌がパソコンから流れ出す。ギターにルカの声は、どこか大人の落ち着いた気配の音。なのに歌詞は幼い子供のような無邪気さと率直さがにじみ出ている。どこか不安定な、成長途中の気配。あの、輪郭ばかりの横顔に伸ばす手は、小さくてまだ幼い。
その音に触発して結子は鉛筆を走らせた。大きなイメージはもう出来上がっているから、それを補足するように細かなところを描きだしていった。神社の参道であったり祭りの屋台の並ぶ境内であったり、少年少女の素描だったり。あの女の子はルカを幼くした感じかしら。と歌うルカに視線を向けつつ簡素なワンピースを着た少女を白い紙の上に描き起こす。
少女に狐の面を被らせてみた。狐の面を頭に着けた女の子の、有名な楽曲が既に動画上にあるからなあ。と結子は少し考え込んで、お面の輪郭に更に丸みをつけた。顔立ちも猿公面の丸い目玉の狐にしてみる。その丸い目には愛嬌があってちょっと狐の鋭さは無くなってしまったが、意外に良い感じだ。結子はその出来栄えに満足して微かに頷いた。
一見可愛いくせに、得体が知れない雰囲気が出て良いかもしれない。そう思いながらその横顔もざっと素描する。うつむき気味の顔にくるりと丸い目玉の狐のお面をかぶせると、なんだか泣いている顔を笑顔で隠しているような、そんなアンバランスさがあって、面白いかも。と思う。
「今度は何を描いたんですか?」
歌い終えたルカがそう声をかけてきた。画面の向こう側からこちらの手元をなんとか覗きこもうと身を伸ばすその姿に、結子が苦笑しながらスケッチブックを向けると、ちょっと切ないですねそのお面。と言った。
「何か、物語のようなものがあるんですか?」
ルカの言葉に、ううん。と結子は首を横に降った。
「ちゃんとしたお話なんて思いつかないよ。イメージだけよ。無理な恋をして、それでも一途に焦がれる女の子のような感じ。なんだと思うけれど。」
そう結子が言うとルカは少し考えるように首をかしげ、ややあってから、人魚姫。と言った。
「叶わぬ恋に身を焦がす。といったら人魚姫のイメージがあります。」
「なんか人魚姫。っていうと洋風になっちゃうなあ。ああ、でも人魚姫ですか。」
そうか人魚姫か。と改めて今までに描いた素描であったりイメージイラストであったりを見直すと、確かに言われた通りの印象もある。
ヒトとヒトデナイモノの交感。互いに感じあう、交わしあう思い。
「一途に焦がれる、ですか。」
ふとルカが先ほど結子が言った言葉を呟いた。
「マスターは、何かしらの一途な思いをこの歌に託したのでしょうか。」
「え、この曲はコイワイさんが作ったの?」
基本的に、ボカロの声調や曲のアレンジはマスターであるコイワイさんがやって、作曲はタロという人がやるのだ。とルカが言っていたことを思い出し、結子がそう尋ねると、はい。とルカは頷いた。
「これはめずらしくマスターが作ったんです。」
歌詞はまた別の人なのですが。というルカの言葉に、そう。と結子は呟いた。
滑らかな皮膚一枚の下に存在する、ひたむきに乞う熱。
ルカの言う通りコイワイサヤさんは、一途に誰かを愛したことがあるのだろう。あるいはその感情は今も現在進行形なのかもしれない。
のんびりしたこの巡音ルカのマスターということで、コイワイサヤさんものんびりした穏やかな人なのだろう。と予想をつけていたのだが、違うかもしれない。と結子は思った。案外、情熱的な人なのかもしれない。
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