温い空気の中、この街の南に広がる水面の上をすべるように列車が走る。どこに繋がっているのか定かでなく誰も使用することの無いこの列車は、それでも定刻どおりに出発して前へと進む。その列車の行く先に立ちはだかるモノが目に入り、じゃぶじゃぶと泡を飛ばしながら洗濯をしていたカイトは手を止めて、水平線を指差した。
「あれ、何アレ。」
その声に、一緒に洗濯をしていたカムイとミクが顔を上げる。
「ああ。あれは蜃気楼だ。」
そうカムイが教えてくれた。初めて見るその現象に、へえ。とカイトは声を上げた。
「想像してたのよりも、もっとずっと、鮮明なんだね。」
「うん。あれはずっと昔、私たちが生まれるずーっと前にかつてこの地にあった街なんだって。メーコ姉ちゃんが言ってた。」
「へえ。」
ミクの言葉にカイトは再び蜃気楼へ視線をやった。
青い空と紺碧の水面の境目に在る、それは、天にそびえる四角い建物の群れだった。茶や灰色の無機質な色のそれらの中を、なにやら小さい粒のような影が蠢いているように見えるのは、目の錯覚だろうか。
ぼんやりとカイトがそれに見入っていると、ごっ、と背後から何かが突進してきた。
「痛っ。何。」
「あー。気持ち悪い。」
びっくりして振り返ったカイトに、どついてきた本人、メイコがそう顔をしかめて寄りかかってきた。
「やっぱり飲みすぎたわ。気持ち悪い。」
そう青い顔で言うメイコに、ミクが嬉々とした表情で、二日酔いの薬を作ってあげるね。と言った。
「任せて、メーコ姉ちゃん。ミクが一発で気分爽快になるヤツを作ってあげるわ。」
「いや、自力で気分爽快にするから。」
そう速攻でミクの申し出を断り、メイコはカイトに寄りかかったまま、何を見てたの?と尋ねてきた。
「あ、あれ。蜃気楼。」
「あー、本当だ。今日はやけにくっきりと見えるわね。」
カイトの言葉にメイコもそちらに視線を向ける。寄りかかったままなので、自然、メイコの胸がカイトの背中に当たる。その柔らかな感触にどぎまぎしながら、カイトは、あのさ。と声を上げた。
「あれ本当に、昔あった街並みなの?ミクがメーちゃんにそう聞いたって。」
カイトの言葉に、うん。とメイコは口元を綻ばせた。
「正確には、私のじいさんが言ってた話なんだけどね。この水の下に沈んだ都市の残骸が、時折、過去の栄光の夢を見ているんだって。そしてそれが水上に映し出されるんですって。」
そう言ってメイコはまるで蜃気楼を触ろうとするかのように、手を伸ばす。ぐい、と手を前に伸ばしたため、当然の帰結として、メイコのふくよかな胸がカイトの背中に強く押し付けられる。
「あ、あの、メーちゃん。」
更なる状況にどうしよう。とカイトが真っ赤になっていると、2人の背後から真っ黒い気配が漂ってきた。
「姉さま。お客様ですよ。」
ルカが仁王立ちになり、真っ黒い棘の含んだ声でそう声をかけてきた。
「客?」
誰のことだろう、とメイコは首をかしげながらカイトから体を離す。
ようやく魅惑的な感触から開放されて、カイトが赤い顔で息をついているのを、横目でじろりと睨みながら、ルカはグミさんです。と言った。
「あら、グミ。久しぶりに来たのね。」
お土産は何かな。と嬉しそうに声を上げるメイコにルカは、大吟醸みたいですよ。と微笑んだ。
「それと、グミさん、どうやらカムイにも用があるみたい。」
そうルカが告げると、カムイはそうか。と頷いた。
「自分たちは、洗濯を終えたら向かうから。メイコは先に行ってグミに会うと良い。」
「そうですよ。あんなヘタレなんかに構ってないで、行きましょう。姉さま。」
ルカもそう言って、メイコの腕を取った。
去り際、振り返ったルカが、べえ。とカイトに舌を出した。なんでそんな事をされたか分からず、カイトは首をかしげたが、横で見ていたミクとカムイは吹き出した。
「ルカ姉ちゃん。本当に分かりやすい。」
そうけたけたと笑い、ミクはざばざばと洗濯物をすすいだ。
「、、、ルカさんはまだ、俺のこと疑ってるのかな。」
そうふと心細くなりカイトが呟くと、カムイは笑顔で、そんな事は無い。と否定した。
「ルカのあの態度は、やきもちだ。メイコを取られるんじゃないかって、心配してるのだろう。」
「取る?誰が?」
そうきょとんとした表情のカイトに、ミクが鈍感だなぁ。と笑った。
「あんな風に無防備にメイコが甘える人、他にはいないな。」
そう、カムイも苦笑しながら言う。その言葉に、カイトが先ほどと違って嬉しさで頬を赤くしていると、カムイはさて。と最後の洗濯物を絞り、籠の中に入れた。
「洗濯も終えたし。自分たちも行こう。グミが待っている。」
そう言って籠を持ち上げる。カイトとミクもそれぞれ洗濯物や洗剤の入った籠を手に取り立ち上がった。
「そういえば、グミさん。って誰?」
そうカイトが尋ねると、ミクが、カムイ兄の妹だよ。と答えた。
「妹といっても、血は半分しか繋がっていないけれどな。」
そう言ってカムイは微かにため息をついた。
「何でため息?妹なんだよね?嫌いなの?」
そうカイトが尋ねると、カムイは否。と首を振った。
「嫌いではない。けどな。グミはよく厄介ごとを持ち込むから。全く少しは大人しくして欲しいものだ。」
とため息混じりに言う。カムイの妹。というと、なんとなく和風で大人しい少女を想像するけれど。カムイの話す調子からはどうも違うようだ。そうカイトが首をかしげていると、ミクが、グミちゃんはね。と説明を始めた。
「元気いっぱいで、小さい体で大きな単車を乗り回してて、あちこちを旅する運び屋なんだよ。」
やっぱり和風で大人しいわけではなさそうだ。
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