3.肉体派女子の苦悩な日々
桐生まな美。葛流博物館の事件以前は刑事生活安全課強行盗犯係巡査長という肩書きだった。普段から事件解決の為に心血を注ぐうら若き二十七歳。検挙率も高く希代のエースと影でささやかれながらも、頭のつかえている縦社会では爽やかな上目立つ存在は言うまでも無く疎まれもしていた。
「はぁ・・・」
会社の帰り道。桐生は二十代にもかかわらず、既に四十代のサラリーマンのような深い溜息を漏らしていた。ICPOに研修生の名目で籍を置く、怪盗ゆかりん専属捜査官となり早三日。現場検証や目撃証言の収集をしていたが、現場では物証が上がらず、証言においては博物館が森林公園内にあったことにより、近隣住民どころか、深夜だったので施設関係者などの証言もほとんど得られずにいた。いっその事新しい事件が起きてくれたらとも願う自分がいたが、それは警察官としてあるまじきことであると、自分を戒めた。
今日は紺色の安スーツ。駅前のおしゃれカフェにふと眼をやると、カジュアルなベージュのスーツを着こなした、栗色カールヘアーの女性が、恋人と思われる年の近い男性と楽しそうにラテをすすっている。肌寒い春の夜の暖かいお茶はさぞ暖まる事だろう。
(ああ・・・いいなぁ)
自分は市内を駆けずり回って汗まみれの泥だらけ。高いスーツを現場に着て行くには勿体ない気がしたし、同僚の先輩からは「お嬢ちゃん」とからかわれストレスを溜め込むだけなので、いつも量販店の安くて色気の無いスーツを着用していた。それに現場ではなりふり構っていられないので髪もボサボサ。出勤前、綺麗にブロンドのショートヘアを整えて行くものの、無我夢中だと帰宅時にはセットの甲斐が無くなってしまう。だがそれでも彼女が朝の調髪を諦めないのは、自分や周囲に女である事を示す為であった。
そんな彼女は人生の黄金期でもあった大学時代を思い出す。あの頃に戻りたいと願う事が最近多くなってきた。その当時交際していた同級生がおり、三年間続いていたのだが、卒業後の進路が違った為、お互いに恋人の時間が過ごせなくなり別れてしまった。
「まなちゃーん!」
桐生はかつての恋人と出会った頃、そう呼ばれていた。だが、こう都合よく呼ばれるのは何かが変だ、と我に返り、おしゃれカフェのテラスに座っている女子高生の姿を捉えた。
「まなちゃーん!こっちこっち!」
上品な紫色の髪の毛をお下げにした女の子が立ちあがり、桐生に向かって大きく手振りをしている。
「あれ?ゆかりちゃん!」
桐生は彼女の姿に気が付き、重いショルダーバッグを改めて掛け直すと階段を上ってゆかりの待つテラスの席に立った。
「未成年がこんな遅くになにやってるの?」
これはいかなる状況でも必ず聞く、桐生なりの挨拶だった。
「いやあ。友達に捕まっちゃって・・・」
ゆかりは頭の後ろを撫でながら舌を出した。時間は既に九時を回っていた。
「ここで待っていれば今度は刑事さんに捕まるから、家まで連行してもらおうかなって」
桐生は溜息を吐いた。彼女らは十もの歳の差があるにも関わらずこんなに仲が良いのは、家が隣で母親同士も仲が良く、ゆかりは幼い時、当時高校生だった桐生に遊んでもらっていたからだった。ゆかりは椅子を引いて桐生に座るよう促すと、飲み物は何にするのか尋ねた。桐生にいつもの、と告げられてゆかりは店員にキャラメルマキアートをホットで注文した。
「あと、BLTサンド」
追加注文を尋ねた店員に桐生がそう言った。まだ夕飯を食べていない彼女は我慢できずに間食する事にした。
「家まで連行するのは本官の義務だけどさ。その友達ってまたマキって子でしょ?」
呆れた調子で桐生が尋ねた。
「違いますよー。今回は優等生のお友達の悩みを聞いてきたの」
桐生の目論見が外れ、ゆかりは勝った気になり、小馬鹿にした調子で言い返した。あの後、なんだかんだ東北家で夕飯をご馳走になっており、それで帰りが遅くなってしまったのだった。
「友達付き合いもほどほどにしなさい。ホントに補導する羽目になっても助けてあげられないからね」
「はーい」
説教をたれる桐生に対し、ゆかりは間延びした返事をした。このタイミングで店員が先ほど頼んだ暖かいキャラメルマキアートと桐生の食欲をそそるBLTサンドがテーブルの上に並べられた。
「ごめんね。あたし夕飯まだなんだ」
「刑事さんって大変だね」
その原因となっているのが自分であるにも関わらず、ゆかりは表情一つ変えず、桐生を気遣うように言った。一方の桐生はその原因となっている張本人が目の前にいるにも関わらず、それよりも今手にしているこんがりと焼けた美味しそうなBLTサンドの方が重要だった。人目をはばからず大きな口を開けてかぶりつくと、新鮮なトマトとレタスの小気味いい歯ごたえに爽やかな酸味がにじみ出てくるが、香ばしいローストベーコンの旨味と塩味も相まって、ジューシーさが口いっぱいに広がる。
「まなちゃん幸せそうだね」
ゆかりが両手で頬づえをつきながらこちらを見ている。
「さっきの恨めしそうな顔が嘘みたい」
桐生は咳き込んだ。
「ちょっと!変なこと言わないでよ!」
「さっき私の事を補導するって言ってたけど、声掛ける前のまなちゃん、マジで職質レベルの怪しさだったから」
桐生は警察官となってから、更にゆかりの才能が凄いと感じるのだ。昔から観察眼に優れており、まるで心が見透かされているかのように外観から心情を読み取れる。人を見る職業だからこそ磨かなければならないスキルだが、自然とそれが出来てしまうゆかりには年上ながら感心してしまう。また、一度だけゆかりのかくれんぼの相手をした事があったが、当時十六歳の高校生が本気で六歳の女の子を探しても見つけられなかった。危うく警察に電話してしまう寸での所で、遊びに飽きたゆかりが出てきたからよかったものの、衝撃的な出来事として桐生の記憶に鮮明に残っていた。
「最近忙しくなっちゃって、疲れが顔に出てたのかも」
「ああ、怪盗ゆかりんの事でしょ?」
「何でそれ知ってるの!」
捜査内容は一般人に洩れてはならないのだが、あっけらかんと答えるゆかりに状況が把握できた。いや、むしろいつも通りと言えた。
「またお母さんか・・・」
一介の捜査官がそもそも家族に情報を漏らす事すらNGなのだが、桐生の場合は愚痴を聞いてくれる相手が母親しかいなかった為、つい話してしまっていた。それが大の仲良しであるゆかりの母親に知れ渡り、そこからゆかりの耳にも入って来てしまうのだ。
「私は誰にも言ってないよ?」
以前の捜査の時も、桐生自身が結月母子に口外しないよう直接釘を刺しているのでそれ以上情報が漏れた事は無いが、桐生もその生活習慣を変えようとはしなかった。
「うん・・・申し訳ない」
恥ずかしそうにいう桐生だった。
「それで、忙しいところに申し訳ないんだけど、まなちゃんに相談に乗って欲しかったんだ」
「相談?」
突然調子の変わったゆかりに対し、桐生も年上のお姉さんとしてきちんと聞かなければと背筋を伸ばした。
「友達が痴漢に遭ってるみたいなの」
それは刑事としての仕事だったが、今は部署が違う。
「そいつを捕まえて欲しいの!」
ゆかりの拳に力が籠る。一緒に食事をしてきたから分かる、東北家の暖かさ。両親共に言葉にしなくとも、身体全身やその存在感で子供が大好きと言っている。ずん子も彼女の兄も両親を信じている、素敵な家族像。ずん子にとっての宝物である家族の絆を汚されたくないがために、一人で戦ってきた想いも、ゆかりは分かっていた。だから尚更、その犯罪者が許せないのだった。
「ゆかりちゃん・・・ごめん」
桐生は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、テーブルに頭が付くのではないかと言うくらい下げたのだ。
「知っての通り、今部署が変わっちゃって、直接何かをしてあげられる状態じゃないんだ。だけど時間を貰えるんだったら、その情報を貰いたいし、被害者の子にも引き合わせて貰えないかな」
「ちょっと・・・込み入った事情があるから引き合わせるのは出来ないかな。情報提供するから、なんとか犯人を捕まえてよ」
そう言ってゆかりはずん子から聞いた犯人像とその手口を伝えた。
「ありがとう。私も時間を見て痴漢の情報集してみるよ」
他部署となったかつての古巣。数日前まで盗犯や強制わいせつなどを主だって捜査していたからこそ、妹のようなゆかりのお願いを叶えてやれずに悔しかった。そして最後の一言は社交辞令などではなく、勝手知ったる古巣だからこそ、自分なりの捜査で犯人を調べるつもりだった。
桐生と共に帰宅すると、既に時計は十時を回っていた。ゆかりは両親から心配させた事を怒られはしたが、桐生に送ってもらった事により多少は軽減されたようだった。それから一人お風呂を済ませた。この頃には両親は既に寝付いており、台所で一人寂しくミネラルウォーターをコップに注いで自室に戻った。
「夜更かしは身体に毒だよ」
ゆかりの机の上には背に羽の生えた、赤いリボンを首に巻いている黒いウサギの人形があったが、置いてあるというよりかは、自立していると言った方が正しかった。
「もう寝るよ」
ゆかりは黒いウサギの人形に話しかけた。傍から見れば人形と会話している変な女子高生に見えるが、実際二人の会話が成立していた。さらにウサギは歩行も出来る上、状況に応じてその羽で空も飛ぶ。
「ちぇ。今日も一日大人しくしてあげてたのに。わざわざ友達の家に行くとは言っても、帰りが遅すぎるんじゃない?ボクがどれだけ寂しい想いをしたと思ってるの?」
黒ウサギは腕組みをして自分が怒っている事をアピールした。
「はいはい。ごめんなさい、うさりん」
ゆかりにはもちろん反省の様子は無く、投げやりに言った。うさりんと呼ばれたその人形は、幼い頃ゆかりが両親から貰って以来偉く気に入ってしまい、かれこれ十年以上経つ。当時のゆかりの記憶がおぼろげだったため、どのような経緯があったのかはもう覚えてはいない。また両親にもうさりん入手の経緯を尋ねてみたが、母親が何かでゆかりの為にと譲り受けてきた事しか覚えておらず、彼女自身しっくりこない思いをした。
「たまには昔みたいにボクを外に連れ出しておくれよ」
「その代わり洗濯機の中に入ってもらう事になるけど・・・いい?」
懇願していたうさりんがひざから崩れ落ちた。
「いや、そこは手洗いで」
「ああ、やっぱり洗濯機って嫌なんだ」
「一度丸洗いされるとボクの気持ちが分かるよ」
このうさりん。この間まで普通の人形と変わらなかったのだが、先日、ひょんなことから突然動きだしたのから、ゆかりは自分がどうにかなってしまったのかと、気が動転しそうになった。そしてその流れで怪盗になり、挙句の果てにうさりんの放ったレーザー光線で博物館に穴があき指名手配される羽目となった。
「やっぱり怪盗ごっこはもう終わりにしようかと思うんだよね」
ゆかりはベッドの端に座り、大きな溜息を吐いていった。こうなったのも全ては成り行きではあったが、元々彼女に怪盗をする明確な目的が無い。そして自分のせいでずん子に回してあげたかった桐生の捜査が回らなかった。
「なんでだよ!怪盗のスキルを使いきれてないからそんな事が言えるんだよ!ちょっと刑事に追いかけ回されたくらいで自信無くしちゃってさ」
「・・・だって、全部成り行きじゃん。そのせいで友達を困らせてる節もあるし」
唇を尖らせてうさりんに言った。
「成り行きって言いますけどね。ゆかりがレーザー発射を指示した時なんか物凄くノリノリだったんだよなぁ。成り行きであそこまでハイテンションになるのもどうかと・・・」
「あなたが与えてくれた環境がそうさせたのよ」
あの日の夜は確かに高揚をしていたが、思い返せば返すほど恥ずかしさが込み上げてくる。
「それにそんなに悩まないでよ。ボクたちには今までの君が出来なかった事が出来るんだ」
うさりんはその小さな胸を叩いて自信ありありに言った。
「怪盗ゆかりんとその相棒うさりんなら、その友達を助けられる」
「はぁ。やっぱり怪盗ゆかりんじゃないとだめかぁ」
「なんだよ。助けたいとか言っている割にはやる気が感じられないけど」
「痴漢を懲らしめるにしたって、満員電車で怪盗ゆかりんはさすがにまずいでしょ・・・」
「うん・・・そうだね」
ゆかりを元気づけるために散々盛り上げた挙句がこれ。うさりんはがっくりと肩を落とした。
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
うさりんは痴漢を懲らしめる方法をゆかりに耳打ちし始めた。話を聞いているうちに、ゆかりがノリノリになってしまうのは、普段は抑えている生来のいたずらっ子としての血が騒いでいるとしか言いようがなかった。だが気乗りしない彼女をノリノリにさせたのは十年以上の付き合いのあるうさりんの手の内に過ぎなかった。
【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!#3【二次小説】
原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893
作詞・作曲:nami13th(親方P)
http://piapro.jp/nami13th
キャラクターデザイン:宵月秦
http://piapro.jp/setugekka_sin
著:多賀モトヒロ
http://blogs.yahoo.co.jp/mysterious_summer_night
怪盗☆ゆかりん!の動画を観て筆を執った第三回です。
歌詞のイメージを壊さず・・・に書いてみました。
週一のペースで投稿したいです(十分遅れる可能性有り)。
前回は今更リツイートの意味を把握。ちょっと情弱すぎんよ~。
作品投稿にあたり、快くご承諾下さったnami13thさん、宵月秦さんの寛大なご対応に感謝致します。
前回:2.弓道少女の秘めたる想い
http://piapro.jp/t/wWpu
次回:4.女子高生、怒りの鉄槌
http://piapro.jp/t/HwKk
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