2.弓道少女の秘めたる想い
昨日の別れ際、変わった様子は無かった。むしろいつも通りで、明日の朝、同じ時間、同じタイミングでおはようと挨拶を交わすものと思っていた。ホームルームから流れるように一時限目の数学の授業に入るのだが、マキはその内容が全く頭に入って来なかった。そもそも数学が苦手と言うこともあり、普段から頭に入って来ていなかったが、今日はなおさらだった。
「ずんちゃんお休みって言ってたけど・・・」
数学の授業が終わり、休み時間となった。マキは不安げな表情を浮かべながらゆかりの席へと歩み寄ってきた。
「やっぱり変だと思う」
ゆかりは力強くうなずいた。
「学校終わったら、ずんちゃんの家に行こうよ」
「うん。でもマキちゃん、今日はバイトでしょ?」
「あ・・・」
マキは週に四回のシフトでファーストフード店でアルバイトをしていた。彼女は幼少期に母を亡くしており、働ける年齢になったら働こうと昔から決めていたのだ。給料の内の一万円は父に渡し、残りのお金を自分の小遣いとして運用し、主に自身のバンド活動に費やしている。
「じゃあ休む!」
「ダメよ。病気でもないのにいきなり休んだら、お店の人に迷惑が掛かるでしょ?」
言い出したら聞き訳が無い。友人の一大事となればなおのこと。ゆかりはその直線的な熱情をどうにかなだめようと、冷静に淡々と語る。
「でもずんちゃんは放っておけないもん」
「それなら出勤時間を遅らせるとか、私に一任するとか」
「時間をずらす・・・。店長にお願いしてみよう」
「だけどずん子ちゃんちは遠いのよ?電車を使ってバイトに入ったとしても、最低二時間は掛かると思うけど」
彼女のバイト先は自宅からほど近いところではあるものの、ずん子の家とは全く別の方角だった。
「うううっ・・・」
マキは頭を抱えてしまった。平日シフトは夕方四時に入り、八時には未成年の女学生という理由でそれ以降の勤務が出来ない。だから一日四時間しか働けず、二時間の遅刻は賃金が半分減ってしまうと言うことにもなり、働き甲斐が大幅に減衰してしまう。
「それだったら休んだ方が早いよね。バイトでも有給って使えるんだよね?」
「マキちゃん。いきなり休みます。有給も使います、じゃあ筋が通らないわよ。それこそ店長さんを困らせちゃう。有給は前もって言ってから取るのが筋よ。それに病気で勤務できないのならともかく、勤務ができる上に私事で休むのはいくらなんでも身勝手よ。社会がそれを認めないわ」
「お、おう」
マキは一瞬、何で自分が説教を受けているのか分からなくなってしまった。
「だから今日の件は私に任せて欲しいの」
「うん・・・そうだね」
とても残念そうにしていたが、これが一番いいとゆかりは考えていた。熱血で実直で一直線なマキは突進力はあるものの、今現在デリケートな問題を抱えているずん子と引き合わせるにはあまりにも無粋過ぎた。噛み合わせが悪過ぎる。ただマキもずん子も普段から仲が悪いわけではない。そんな時だからこそ、ゆかりがクッションの役目を果たすのだ。
「それにしても今すっごく店長っぽかったんだけど、実は年ごまかして店長でもやったことあったの?」
「おだまりなさい」
マキを説得させるため、自分の持てる知識と想像力、それを真実と思いこませるハッタリ。持てるすべてを吐き出したのだが、まさか自分が年増だと思われたのが心外だった。
放課後。ショートホームルームが終わると共に、ゆかりとマキは担任の出沢にずん子の家に見舞いに行く旨を伝え、彼女への配布物を持ち出す許可を得ると足早に教室を抜けた。だがマキはバイトに出勤すべく、校舎を出た途端にゆかりと別れを告げなければならなかった。
「ゆかりん。後は頼んだよ」
「大袈裟よ。ちょっとお見舞いに行くだけなんだし」
「終わったらメールちょうだいね」
マキはゆかりの手をぐっと握った。最終的に仕事を抜け出したい気持ちを引き止めたのは、終わったら連絡するというゆかりの提案だった。
「分かった分かった。ホントに心配性なんだから」
少々呆れた調子でゆかりは笑いながら言った。
「だって心配なんだもん・・・」
マキの想いが十分伝っていた。一方のゆかりもマキに余計な心配をさせまいと平静を装ってはいたが、実はマキと同じくらい心配をしているのだった。
「ぼーっとし過ぎて、仕事でミスしちゃだめだよ」
「ゆかりんが早くメールくれればミスも減るかもね」
いたずらっぽくマキが舌を出して笑いながら言うと、ゆかりもつられて笑って言い返した。
「じゃあ送ってやんない」
「ひどい。話が違う・・・」
からかわれたマキは今にも泣きそうな声を出したが、ゆかりはさっと、きびすを返してずん子の家に向かう事にした。
「めそめそしてたら、本当に送ってやんないんだからね!」
くるっと振り返り、ゆかりは笑いながら遠ざかるマキに言った。
「うん!ゆかりん、気を付けてね」
そう言って手を振って見送るマキに、ゆかりも手を振って応えた。
ずん子の家までは電車を乗り継いで一時間は掛かってしまう。葛流中央高校に進学したのも、県立高校の中でも近所で弓道部がある所がそこだった。もちろん他の強豪校や私立校からも声が掛かっていたが、県外だったり、県内にあっても通学に二時間以上掛かったりしてしまう。ずん子が念頭に置いていたのは親に心配を掛けさせたくないという想いによる。
中央高校弓道部はずん子が入部したお陰で、精々地区大会止まりだった成績も、個人ではあるが関東大会まで駒を進められた。その空気に中てられてから部員たちも練習に込める想いが高まり、現在ずん子はエースでコーチ。既に部長ポストなどと言われているくらいだ。ずん子も彼らの想いに応えるべく、二年に進級してからはより部活に力を入れると張り切っていた。
そんな彼女がただならぬ事情で休んでいるとなると、ゆかりとしても放ってはおけない。最寄駅の守居【もりい】にやってくると、そこから徒歩で二十分ほどの所にある、広い敷地の家が彼女の自宅だ。この辺りは区画された宅地が多いが、彼女の家は旧家で自宅を始めとする辺りの広大な土地を持っていた。都市計画の一環で土地を手放す事となったが、残った土地に分譲や賃貸のマンションを複数所有、経営するオーナーとなった。
ゆかりは高さ二メートルはあろうかと言う正面玄関にやってきた。門の柱に取り付けられているインターフォンを押すと、家主の応答を待った。
「はい、どちらさまですか?」
優しく落ち着きのある女性の声がした。恐らくずん子の母親だろうが、ゆったりとした調子から、ずん子本人と聞き間違えそうになるほど似ていた。
「ずん子さんの友人の結月です。学校で配られたプリントを持ってきました」
「まあ。ちょっと待っててね」
そう言ってゆかりはインターフォン越しで二、三分待たされると、再び母親がインターフォン越しで中に入るよう促された。巨大な門が勝手に開いていく様を見て、改めてずん子の家の金持ち加減を思い知らされる。敷地の中には本邸を始め、二階建ての納屋兼車庫、そして専用の弓道場まである始末。また本邸へと続く道には石像が置いてあり、その要所に監視カメラが付いていた。二枚扉の玄関にやってくると、そこにもインターフォンが付いており、右上には監視カメラも見受けられた。
「おじゃましまーす」
ゆかりは玄関を開けると、にこやかにしている母親が出迎えてくれた。同じ緑色の毛髪にふんわりとした裾の長いルームドレスを着ており、一瞬ではずん子と姉妹なのではないかと思う程若々しい。
「いらっしゃい」
母親の特徴はずん子よりも更に物腰が柔らかい。そこは年の功と言うべきか。
「あの・・・ずん子さんは?」
玄関を開けた大広間の右手に一対の長椅子とテーブルが置いてあり、そこにはガウンを着たずん子が座っていた。ゆかりはそれを見つけると、思わず彼女の名を呼んだ。
「ずん子ちゃん!」
「お騒がせしてます・・・」
面目なさそうにずん子はゆかりに頭を下げた。
「こちらこそ突然でごめんね」
ずん子はゆかりに席に座るよう促した。ゆかりは母親に軽く会釈をしてずん子の反対側の椅子に座ると、鞄の中からファイルケースを取り出した。
「これ今日のプリント」
プリント、と言っても世界史の授業で配られた解説用のわら半紙一枚のみだった。ずん子は心底驚いた顔をしていた。
「配達に託けてお見舞いに来たの」
「ゆかりさん。ざわざわすいません・・・」
面目なさそうにするずん子だった。
「聞かせてくれないかな。・・・訳を」
改めて、とゆかりはずん子の眼を覗き込むように尋ねた。
「・・・ごめんなさい。ここでは・・・」
小声でずん子は言うと、立ち上がって自分の部屋に来るように促した。
「お母様。自室でお茶を飲みますわ」
台所にいる母にずん子は呼びかけると、二階の部屋にゆかりを通した。何度かこの家を訪ねた事はあったが、和と言うテイストが全く無い家であり、まさにプリンセスという言葉が相応しい程の生活を送っていた。白いドアの先には映画ではよく見る屋根付きのベッド。布団も羽毛をふんだんに使っているようでとてもボリューミー。大きなクマのぬいぐるみまで備わっている。机も自宅の合板であつらえられたような物ではなく、美しい装飾が施された鉄製の机。隣の本棚も同じ色で統一されており、来客用の机もまた同じ仕様である。
「なにか言いづらい事?」
「・・・はい」
間もなく、ポットに紅茶を淹れてくれた母親が部屋にやって来て、セット一式を置いて去って行った。ずん子はカップに紅茶を注ぎながら浮かない顔をしていた。だが相変わらず砂糖の量やレモン・ミルク使用の有無を尋ねてくる。ゆかりは言葉に甘えてミルクティで角砂糖を二個淹れてもらう事にした。
「実は、新学期が始まってから・・・痴漢に遭うようになったんです」
ずん子はとても言いづらそうにしていたが、つかえていた物を乗り越えさせたかのようにどうにか口の外に吐き出した感じだった。
「え!なによ、それは!」
ゆかりは聞き捨てならなかった。そして同時に怒りが込み上げてきたのだ。
「どうしてそういう大事な事をもっと早く言ってくれなかったの!」
「やっぱり怒られた・・・」
涙目になるずん子。ゆかりでさえ一瞬でも愛おしさを覚えてしまうが、ここはあえて心を鬼にする。
「お、怒るよ!大事な友達がそんな目に遭ってるし、言いづらかったかもしれないけど、友達だったらメールでも何でもいいから言って欲しかったし!」
「ごめん・・・」
ほろっと瞳から涙がこぼれると、ゆかりは思わず彼女の頬に手を当て、こぼれおちた涙を拭った。
「さあ。話して」
入学式の翌日からそれが始まったのだと言う。通勤時間帯なのでずん子の利用する時には満員となってしまい、その上での被害だった。最初はお尻を触られている事に気が付き、怖くなって声を上げられなくなってしまった。翌日は車両を替えてみたものの、やはり後に付かれているようで、状況全く変わらなかった。時間帯を前後しても結果的には意味が無く、付け狙われていると認識したのがつい先日。それから怖くなって学校に行けなくなってしまった。
「女性専用車両は?」
「狙われていると分かってから乗ろうと思ったんですが、逆に付け狙われていると思うと、今後何をしてくるか分からなくて・・・怖くなって」
「親には・・・その様子だと話せてないよね?」
「はい・・・。親に心配を掛けさせたくないのと、学校を変わりたくないと思ったからです」
この状況の打開策は一つしかないとゆかりは考えていた。
「その痴漢、懲らしめるしかないよね・・・」
怪しく釣り上がる口元に、ずん子は不安を覚えたが、念の為にどうするかを聞いてみた。
「懲らしめるって、ゆかりさんが直接手を下すのですか?」
怪盗ゆかりんとして懲らしめるのも一興かと思ったが、自分の正体をばらしているようなものだ。
「警察に知り合いがいるから、その人にお願いしてみようかな・・・」
「ホントですか!」
「最近やたらと忙しそうだから、ちゃんと頼めるかどうかが怪しいところだけど。ほら、噂のどろぼうさんの調査とかで」
「怪盗ゆかりんのこと?」
「うん。桐生っていう女刑事なんだけど」
「桐生さんか・・・」
ずん子は恍惚としながら、まだ見ぬ桐生という人物に多大なる感謝と尊敬の念と送っていた。
【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!#2【二次小説】
原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893
作詞・作曲:nami13th(親方P)
http://piapro.jp/nami13th
キャラクターデザイン:宵月秦
http://piapro.jp/setugekka_sin
著:多賀モトヒロ
http://blogs.yahoo.co.jp/mysterious_summer_night
怪盗☆ゆかりん!の動画を観て筆を執った第二回です。
歌詞のイメージを壊さず・・・に書いてみました。
週一のペースで投稿したいです(十分遅れる可能性有り)。
前回は字数制限に涙。10000字は期待してたんだけどなぁ~。
作品投稿にあたり、快くご承諾下さったnami13thさん、宵月秦さんの寛大なご対応に感謝致します。
前回:1.怪盗少女と春陽の日々
http://piapro.jp/t/_zEn
次回:3.肉体派女子の苦悩な日々
http://piapro.jp/t/uMpD
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