――――――――――

 「じゃあ、私も仕事があるから」
 「待て。仕事だ。あの「VOCALION」に乗ってたパイロットの人定、付き合って貰うぞ」

 どさくさに紛れて立ち去ろうとするハクの襟首を掴む。

 「お断りします。第6から通報があって、対応に忙しいんですよ」
 「なんだ、第6って氷山の旅団か?あのボンクラが何言ってきたんだよ」
 「なんでも、UTAU連合の衛星が怪しい挙動をしているからと。具体的には、「VOCALION」をここに落としてくるかもっていう話で」
 「ああ?」

 亞北ネルは5秒考えた。未明に重音テトと遭遇戦をした件を斟酌して、一瞬で理解せざるを得なかった。

 「待て。どういう事だ」
 「こう、UTAUの衛星で「VOCALION」を搭載してると疑われてる機体があるんですね」
 「お、おう」
 「それが突入軌道に入る徴候を見せてまして」
 「おう」
 「その予想される軌道の一つがですね、えと今何時ですか。30分後くらいのエルメルトから太陽を観測する直線と、一致するんです」
 「なるほど。このエルメルトと太陽を結ぶラインに、「VOCALION」が突っ込んでくると」
 「更に言えば、太陽を背にしてUTAUの「VOCALION」が強襲を掛けて来るのです」
 「分かった。良く分かった」

 そしてハクがドヤ顔で親指を突き立てる。ネルは笑顔でハクの親指を極めてやった。

 「痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」
 「殺すぞ!お前、鏡音をおちょくってる場合じゃねえだろ!」
 「いえまあ、あとえーと、28分ぐらいありますし」
 「死ね!そいつ撃破したら死ねお前!もう面倒くさいから特攻しろお前!」
 「えっと、司令がスマフォ使ってないから、連絡に」
 「あーもしもしミク?25分くらいに攻撃されって。え?知ってる?なんで私だけハブなの?」

 正直な話、ミクが出撃しようとしてた話は内緒だったのだが。

 「ざっけんなぁあぁぁぁあああああああああああああああ!!!手前は司令だろうが!!!!!」

 バレてしまった。どうしようかと、ハクは思案を巡らす。

 「何かあったんですか!?」

 カレー皿の乗ったトレーを持ったレンが、食堂から飛び出してきた。

 「レン!出撃だ!お前階級なんだったっけ!」
 「今日付けで大佐の辞令が下る予定で……」
 「あ!?大佐!?ああ!そんな話してたな!鏡音大佐、出撃すんぞ!!!」
 「へ?カレーは?」
 「3分で食え。さもなくば捨てろ」
 「うぇ……、何なんですか」

 涙目になってるレンを尻目に、ネルはハクに指示を出す。

 「私とレンが出る!!!ハクはミクと司令室で指示!わかったな!!」
 「カレー……」
 「さっさと食え!真っ直ぐ行って突き当たり左だ!!10分で来い!!!!」
 「イェ……サー……」

 これが戦場かと、思わずにはいれなかった。レンは熱いカレーを無意識に胃に放り込んでいた。

――――――――――

 その頃、重音テトは呆れた顔で空を見上げていた。

 「いつでもいいとは言ったけど、衛星落とすの?」

 確かに早い。既に浮いてる物を落すだけなら、最速は30分でできる。

 「でも、意味無いよね。色んな意味で」

 テトとしては、脱出かゲリラ作戦か、どちらか分からないという心理戦で敵を混乱させるという、そういう策略めいたプランを描いていた。
 けれども、蒼音タヤは、何でか知らないけど急戦のタイミングだと解釈したようだ。

 「よりにもよって、衛星落すか?」

 記憶にある限り、UTAUの上げた衛星で積んでる「VOCALION」は、陳腐化を見越して敢えて旧式の機体を積んでいる。
 装甲の分厚い、それでいて無傷であれば3ヶ月は無整備で動くような、ある意味気の狂った技術の塊である。
 だが、最近の「VOCALION」のトレンドは最大火力の強化と機動性である。パイロットが「VOCALOID」でなければ、戦車相手にいちびれる程度の、雑魚機体でしかない。

 「ま、ないよかマシではあるけど」

 独り呟くと、カスタード入りシュークリームを口に突っ込む。多少たれたクリームが、襟の中に入り込んだ。

 「誰もこのサービスシーン見てないよねえ?」

 親指で擦り取って舐める。例の、亞北ネルが引っ込んだ基地は、そろそろ動きがありそうな気配だ。

 「さて、気合入れますか」

 ――――――――――HANDLE of FOTUNE.

 この、意識を失いかける瞬間だけが、テトにとっての「VOCALOID」としてのアイデンティティだ。それ以外は、ただの殺戮兵器かほぼ人間という生活感しかない。1/3の確率で、兵器か人間か「VOCALOID」か決定する、さしずめ「シュレディンガーの猫又」なのだろうか。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

機動攻響兵「VOCALOID」 2章#4

バトルシーンの前座。白熱する戦闘シーンをご希望の方は次回をご期待ください。

閲覧数:97

投稿日:2012/11/06 20:55:44

文字数:1,997文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました