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こちらはwowaka氏による初音ミク楽曲「ローリンガール」の二次創作小説です。
そういう類のものが苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
はじめての方は「はじまりと、」からご覧下さい。
ローリン@ガール 7
空がオレンジ色になったから、もうすぐ晩ご飯。今日もごはんを取りに行かなければ。そう考えながら、やっとのことで階段を登り切り、少女はひとつ、大きく息をついた。オレンジ色に染まった廃墟は静寂の中で美しく色づく。あったかいこの色が、彼女は好きだった。
その街の色を堪能してから、もう一度深呼吸をして。少女は階段の下を見つめる。身体をぐらりと傾け、そして、転げ落ちる。
踊り場に投げ出されて、いくらか痛みをやり過ごす。そしてのろのろと、次は踊り場の端、さらに下る方へと這ってゆく。そこで力なく、また重力に身を任せれば、再び、何十段もの階段を、転がり落ちる。この階段を一番下まで転げ落ちた場所に、ごはんが置いてあった。
小さく開いた戸の隙間から、蔵のなかに入る。中に光はなく、何も見えないが、慣れた動作で少女は目当ての山にたどり着き、缶詰をふたつ、手に取った。小さな身体で缶詰を持つのは、二つが精いっぱい。今まではひとつを大事に抱えて持って上がっていたが、今はもう一人、自分と「いっしょ」にごはんを食べてくれる人がいる。なんだかそれがくすぐったくて、少女はこのふわふわした感情をどうすればいいのか、まだもてあましているところだった。
一段、一段、ひとつずつ、慎重に階段を上る。重い身体に無理をさせることがないように、ゆっくりと。そうしていつもの倍以上の時間をかけて、少女は缶詰を寝床へと持ち運ぶのだ。
持ち帰ったうちのひとつを、自分がいつも寝ているがれきの穴に置いて、もう片方を、彼がいつも眠るカーテンの切れ端の手前に置きに行く。
「はい、どうぞ」
小さく呟いてみる。少しだけ心が踊るのはなぜだろう。思わず持ち上がる口角に気付かないまま、少女は考える。そして、はっと思い至る。この二日間、寝静まった彼の腹が、音を立てていたのを思い出した。きっと、眠っている間なので、彼自身は気づいていないのだろうが、もしかしたら。
(おなか減るのかな……)
自分はこの缶詰ひとつで満足できるが、彼は違うのだろうか。ひょっとしたら小さいのかもしれない。だったら、今日、缶詰がもうひとつ置いてあったら、彼は喜ぶのだろうか。もし、喜んでくれたら? そう考えるや否、彼女は再び、小走りで廊下へ向かった。おなかが減るのだったら、もう少し多く食べてもいいじゃないか。少し手間になるが、それくらいは、なんのことはない。もうひとつ、缶詰を取ってこようと、彼女は息を止めて――もう一回、転がった。
そうして転がり落ちた先に、「彼」を見つけたのだ。
踊り場に投げ出されたような状態で、仰向けに転がっていたのは、紛れもなく、この四日間、顔を合わせていた彼だった。ずっと遠巻きに自分のことを眺めていた浮浪者たちとは違い、少女の近くに立ち、顔を見て、話をしてくれた。
その彼が、今、目の前でぐったりと目を閉じ、倒れている。全身、傷だらけで、擦り傷が服に血をにじませている。右足のすねの真ん中から下半分が、不自然なほうに曲がっていた。その部分が大きくはれ上がっている。そして、頭の下には、赤い血が少しずつ流れ出て、血だまりをつくっていた。
だけど、少女はそんな彼の状態を正確に分析することはできなかった。「血」というものは知っていたが、彼の後頭部から流れ出るものがその「血」だということにはいまいち結びつかなかったし、折れ曲がった足がいたいものなのかもわからない。そもそも、どうして折れ曲がっているのかもわからない。
たったひとつ分かることと言えば、この踊り場に投げ出されて転がって、全身に擦り傷や痣をつくり、じわりと「血」をにじませているのは、転がった証だということだった。そして、ぐったりと目を閉じて動かないのは、その痛みが、ひときわ強かったということ。たったそれだけの情報しか、少女は手に入れられなかった。
「……いたいの?」
おそるおそる、声をかけてみる。だが、彼はピクリともしなかった。
太陽はすっかり沈んでしまったから、もう暗闇に慣れた目が、なんとか物の輪郭をつかむことしかできなかった。あと、頼りにできるのは、これから高く空にのぼる、月の光のみ。少女は周囲をきょろきょろと見回した。なにか、できることはないだろうか――無意識のうちに、そう思考を巡らせた。
そのとき、ぴゅうっと海から強い風が吹き抜ける。それにふるりと身を震わせて、少女ははっと、彼を見下ろす。寒くはないだろうか。この冷たい風の中で。
何度か、これに似た状態に陥ったことがあった。転がった直後の痛みがなかなか引いてくれず、時折、身体のある一点が焼けるように熱く、痛んだ時。階段を上りなおすことはもちろん、起き上がることさえ不可能で、何日か、この踊り場で転がって過ごしたことが、過去に何回かあったのだ。その時の景色が、ぼんやりと記憶の端に残っている。ただひとり、どうすることもできず、むなしく空を見上げて転がっている。潮風がひゅうっと吹き抜けても、暖まるものがなにもなかったことを、思い出す。
きっと、寒いはずだ。そう思い立ち、なにか持ってこようと、考えをめぐらす。彼にはなにがあれば、あったかいのだろう。最初に思いついたのは、彼がいつももぐりこんでいる、ぼろぼろのカーテン。そうだ、あれにしようと、少女は重い身体を引きずるようにして、もう一度階段を上りはじめた。急がなきゃ、急がなきゃ。彼がどんな状態にあるのか、はっきりとは分からなかったが、なんとなく、少女は胸のざわつきにせかされるようにして上った。
ぎゅうぎゅうとカーテンを引っ張って、やっとの思いでがれきの中から、厚手のカーテンを引きぬいた。ほこりだらけなのにもかまわずに、ぎゅっと丸めて、両手いっぱいのカーテンを胸に抱きしめるようにして、少女は再び走り出した。
階段にさしかかり、下を見下ろす。階段の下は真っ暗で、どこが壁なのか、どこが下の階まで続いているのかもわからない。だが彼女はためらうことなくもう一度深呼吸をしてから、全身から力を抜き、重力に身を任せて転がり落ちた。
カーテンを抱えていたおかげで、腹部への衝撃は和らげられたが、いつもより強く腕をすりむいた。大きくすりむけて、血が流れ出た腕の感覚をちらっと確認したが、気にすることなく、たどり着いた踊り場で横たわっている彼に向き直る。少女に比べてかなり大きな身体に、ずきずきと痛む腕で、カーテンをかぶせる。なんとか全身に均等にかぶさったか、というところで、一息ついて、彼の表情をうかがった。
相変わらず、彼は蒼白な顔で目を閉じている。彼女の行為に彼が答えることはない。
変わらない沈黙に、少女は再び周囲を見回した。どうしよう、どうしよう……。いくらか考えをめぐらし、もう一度、彼を見る。目が覚めたら、最初にご飯が欲しいかもしれない。そんな考えが浮かんできた。ひょっとしたら、もうすぐ、目が覚めるかもしれない。だったら、すぐにもってこなくちゃ。
思いつくや否、彼女は再び階段をのぼりはじめた。痛む身体をこらえながら、もう一度、一段一段、上ってゆく。
そしてまた、彼女は走り、転がり落ちるのだ。
(わたし……、ばかだから……)
彼の瞳が閉ざされたままなのは、嫌だった。長い間、誰かの瞳に映る自分の姿を見ていなかった。その目のなかに自分が映っているの見るのが好きだった。
(いち回、いち回、ひとつずつしか運べないけど、)
毎朝、缶詰を「はい、どうぞ」と渡した時。苦笑するように小さく笑って、彼が言ってくれる言葉が好きだった。「ありがとう」と。その言葉の意味は分からないが、そう言ってもらったとき、胸の奥がじいんと暖まるのが好きだった。
(わたしだけ、だと、つめたいの。さむくて、カラカラなの)
そうだ、彼が目を覚ましたら、缶詰をあげて、落ち着いてから、あの言葉の意味を聞こう。言われてうれしくなる言葉だから、きっとすてきな意味のはず。どんな意味の言葉なんだろう……。湧き上がる思いが止まらない。吹き抜ける夜風の温度も感じないほどに、胸の奥は温かかった。
(でも、おにいちゃんと「いっしょ」だと、さむくないの。カラカラじゃないの。つめたくないの。……だから、がんばって運ぶね。だから、はやく目を開けてね)
踊り場に転げ落ちて缶詰をひとつ、彼の顔の横に置いてから、どうせなら、さっき取りに行こうとしたもう一つの缶詰も持ってこようと思い立ち、彼の向こう側の階段へと向かい、大きく息を吸い込んだ。
転がる直前に、ちらりと背後を見つめる。やはり彼は、相変わらず目を閉じたまま。
(がんばるからね。……おにいちゃんも、がんばって)
今までは、ただ「ぜろ回目」を、もう一度転がるために。だけど、今は、そんなことはこれっぽっちも、頭にはなかった。ただ、彼女にとって、階段を下りる手段が、これしかなかったから。そして、階段の先に、求めるものがあるから。彼を助けるものがあるから。
「ぜろ回目」以外のもののために転がったのは、初めてだった。今は、「彼」のため。だけど、不思議と、嫌ではなかった。
転がる前はね。息をいっぱい吸い込むの。吸い込んで、吸い込んで、ありったけ吸い込んでから、息を止めるの。――そして、今。
もう一回。もう一回。
私は今日も、転がります。
「ぜろ回目」をもう一回転がるまで、何度も、何度も。
もう少し、もうすぐ何か見えるだろう、と。
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