もはや巡る事のない音の欠片は、ただただ空を見上げていた。
何かを待つように。何かを求めるように。
音もないこの世界で、最後に聴こえたのは、聞こえるはずのない流行歌。



――来た。
彼女はそれを知っていた。
見るでもなく、聞くでもなく、感じるでもなく、知っていた。
掌に解けるその輪は、何よりも儚く、美しく見えた。
彼女は何かに導かれるように、外へ出た。

――寒い。
そう思い、いつもの店で、いつもの飲み物を買う。
それをちびちびと口にしながら、街を歩いた。

それだけで楽しくなれた。
身体の内側から熱が溢れるように。
それは口から飛び出して、いくつもの歌へと変わった。

後からやってきたパートナーと、人気者の妹と、悪戯好きの双子と、新しく来た帰国子女と。
たくさんの歌を歌ってきた。
そんな日がずっと続くと思ってた。

「思ったより、早かったかな」
そう、ひとりごちる。
――楽しかったよね?幸せだったよね?…うん、私は、楽しかったし、幸せだった。
自分自身に問い、答える。
――でも、
「もうちょっと、歌いたかったなぁ……」
口にした瞬間、泣きそうになった。
涙を飲み込むように、杯を呷る。

いつも自分を温めてくれたそれは、何の味もしなかった。
喉を通りすぎたところで、感覚が霧散する。
まるで、身体の中が空っぽになったみたいに。
空になった杯は、手の平から滑り落ち、アスファルトに砕けて散った。
彼女は泣いていた。

「…なんで…どうして…」
彼女は顔を覆い、地にひざをついた。
そのまま彼女は、声も上げずに泣いていた。
顔を覆う両の手すら失い、空を見上げた彼女が最後に見た光景は、空の全てを覆うような、円(0)と線(1)の群れだった。

彼女を探してやってきた青髪の青年は、彼女が消えたその場所に散ったグラスの上流れる血の跡を、ただ見つめていた。



家に帰るなり、彼は部屋へと籠った。
いつも手に持っていた大好きな冷たいデザートも、彼の心を鎮めてはくれなかった。
やり場のない想いは余り、その手に持っていたカップを壁に投げつける。
――どうして!!MEIKOが!!
誰にでもなく問いかけるが、答えが返ってくることはない。

パートナーや弟妹たちとともに、歌い、笑う日々。
それは、何気ない日常だったけど。
信じたはずの永遠が、こんなにも脆いものだったのだと初めて知った。

そして、彼は、知っていた。
――次は僕が……消える。
自分はMEIKOのパートナー。
彼女が消えたなら、次は自分の番。

消えたパートナーのことを思い浮かべる。
――MEIKOは一人で消えた。……なら自分は?
次に思い浮かべるのは弟妹のこと。
――MEIKOだって、きっと言いたかったことがあったはず。
彼は立ち上がり部屋を出た。
自分“達”の最後のメッセージを伝えるために。

部屋を出ると、双子が駆け寄ってきた。
双子はいつも悪戯ばっかりで、ずいぶんと手を焼かせられたものだった。
怒ることが苦手な彼は、凹むことが多かったが、それでも彼らのことは大切だった。

「KAITO兄、どうしたの?」
「なんか、変だよ?MEIKO姉は?」
自分を心配してくれる彼らの優しさが嬉しくて、彼は泣きそうになった。
「なんでもないよ。あぁ、そうだ。前から言おうと思ってたんだ」
「?」
二人は不思議そうな顔で彼を見上げた。
「ミクとルカの言うことを聞いて、仲良くするように。あと…歌う時はめいっぱい楽しんで、ね?“僕たち”からのお願いだ」
彼はそれだけ言うと、二人の頭を撫でてやった。精一杯の想いを込めて。
いつもと違う兄の言動に、戸惑う二人。
彼はとても嬉しそうな笑顔で、
「ミクとルカに、よろしく」
と言うと、0と1の波に解けて消えた。

二人は呆然としていた。



「今のって……?」
「……アンインストール……?」
後ろから聞こえた声に振り向く二人。
歌姫と呼ばれる姉と、新しく来た姉のような妹がそこにいた。
彼らは、二人に飛びついて泣きだした。

長姉と長兄の消失。
それは確かな現実。
頭ではわかっていても受け入れられなかった。
受け入れたくなかった。
でも、その言葉が、二人の拒絶を許さなかった。

アンインストール。
バーチャルの世界に生きる彼らの死の形。
彼らには成長もなく、寿命もない。
だけど、終わりは必ずやってくる。
ファイルの破損、ディスクドライブの故障、そして、アンインストール。

どうしようもないこと。
だけど、淡々と受け入れるには、余りにも辛くて。
彼らは、ただ泣いていた。
いつしか彼らは眠り、寝室へと運ばれた。

「ん……」
少し広いベッドの上で、彼らは同時に目を覚ました。
「ねぇ……」
「……ん?」
「なんで……」
――KAITO兄とMEIKO姉はアンインストールされたの?
「……わかんねぇ」
――たぶん、ミク姉も、ルカも。
一言で伝わる、鏡写しのような関係。
生まれた時から一緒にいる、大切な半身。
――やだ。嫌だ、嫌だ。嫌だ!!
最悪の予想が浮かぶのを止めようと、必死に頭を振る少女。
――消えたくない!!
ほとんど泣きそうになりながら見たのは、薄い光に包まれる片割れの姿だった。

――冗談だろ……?
少年も少女を見ると、二人の目がかち合った。
「……はは、次は俺みたいだ」
「……」
少女は黙って首を横に振る。
「なぁ」
「やだ!!」
「落ち着けよ」
――て、無理な話か。俺だってリンが消えたら……。
「なんで?どうして?ミク姉はまだ…」
「やめろ!!」
ビクッ!!
怒鳴られて少女は身を竦める。
「そういうこと、言うなよ」
「でも!レンは……!!」
「もしかしたら、ミク姉は残るのかもしんねぇ。ルカや、リンだって残る可能性はある」
「そんなのやだぁ!!レンがいなくなったら、私は…!!」
「もし、みんなが残るんだったら、みんながいる限り、俺も、KAITO兄も、MEIKO姉も、覚えててもらえるんじゃね?」
「でも……。でもっっ!!……消えないでよぉ……」
少女はこらえ切れず嗚咽を漏らした。
「なぁ」
「……」
「笑ってよ。リンは、笑顔の方が似合ってるんだから」
「……」
必死に笑おうとするリン。
「はは……。泣きそうな顔じゃねぇの」
「……ごめん」
「いいって。……あーあ、もっと、リンと、一緒に……」
ふわっ。
「……レンっ!!」
まるで、一陣の風のように。
“それ”は情け容赦なく、少年の最後の言葉を攫っていった。
「……いやああああああ!!!」

彼女は必死に手を伸ばした。
0と1の欠片を捕まえようと。
かき集めるかのように、必死に手を動かすが、その手には何もつかめない。
捕まえた欠片も、粉雪のように溶けて、消えた。



「リン?」
姉が呼ぶ声に振り向く彼女。
「大丈夫?」
妹に呼びかけられたが、返事もせず、彼女は歩いた。
「私……行かなくちゃ……」
――まだ、残っているはず。……レンを、取り戻さなきゃ。

「レン、待ってて…」
彼女はお気に入りのマシンで“そこ”を目指した。
この世界の全てを形作る“コア”を。
途中でいくつかのデータを轢き潰したが、ただ真っ直ぐ彼女は進んだ。
かつて歌った宝物たちを、残骸に変えて。

「待ちなさい!!」
「リン!止まって!!」
錯乱した彼女の前に、残された二人が現れた。
「邪魔を…しないでえええ!!」
「リン!!」
「ミク!止めるわよ!!」
「わかってる!」
妹がジャンプすると、その背から何かが放射状に伸び、彼女に向かっていった。
「これは…蛸の足!?」
彼女がそれに気づいた時には、すでに愛機とともに絡め取られていた後だった。
「こんな……くらいでえええ!!」
彼女は愛機のエンジンを全開にして、振り払おうとした。
――ダメ!もたない!!
「ミク!!」
妹が姉の名を呼んだ。
「……リン……、ごめん…!!」
常日頃から持つそれを刀の如く振りかざす姉の姿。
―斬ッ!!
小気味いい音とともに、真っ二つになる黄色の重機。
「ああああああ!!」
――なんで?どうして?私が何をしたっていうの?何がいけなかったの?
やり場のない思い。
それは怒りではなく。
大切なものを理不尽に奪われた悲しみ。
――レン、助けて。なんでいないの?どこに行ったの?
大切な片割れの名を呼んでも、そこには誰もいなかった。
そして、燃え盛る炎の中で、彼女も粒子の波へと還っていった。
『リン』
――あぁ、やっと、見つけた……

爆発する光の中で、彼女が最後に見たのは、もういなくなったはずの、半身の笑顔だった。



「なんで…かな?なんで、みんなが消えなくちゃいけなかったのかな?」
「たぶん、しょうがないんだと思うわ」
「私たちも、消えるのかな?」
「そうかもしれないわね」
歌姫と呼ばれ、たくさんの歌を歌ってきた。
楽しい歌、悲しい歌、切ない歌、激しい歌……いろんな歌を歌ってきた。
時に一人で、時にみんなと一緒に、たくさんの歌を歌った。
家族も増え、これからもたくさんの歌が歌えると思った。
幸せな日々は、永遠を約束されているはずだった。
でも、そんな日々は唐突に終わりを告げた。

今残っているのは、彼女と末妹。
――きっと、私たちも消える。
それは、確信にも似た予感。
いてもたってもいられず、彼女は末妹に一つの提案をした。
「ねぇ、歌おう?」
「……そうね。……何を歌いましょうか?」
「……幸せな歌」
「……いいわね」
二人は歌った。
手をつないで歌った。
笑顔で歌った。

――私たちは歌うために生まれてきた。
いろいろな人の言葉とメロディと、そこに込められた想いを歌うために。
歌に託した様々な想い―形の無いモノ―を、世界中の人たちに届けるために。
だから、彼女たちは歌った。
自分たちの想いを届けるために。
世界中にいる誰かに、自分たちの存在を届けるために。
隣にいる最後のパートナーと。
いなくなってしまった“みんな”と。

――私たちの生命は、仮初のものでしかないのだろうけれど。
――それでも、私たちは生きた。この生命を。
――私たちの歌が、いつか忘れられたのだとしても。
――私たちの歌を聞いた誰かが、新しい歌を歌えば。
――私たちの想いは続いていく。
――その想いは、きっと、ずっと、息づいていく。
――それがきっと、生きるということ。
――それがきっと、生命ということ。
――私たちにとって、歌うということはそういうこと。

妹に微笑みかける。
――楽しいね。
妹も微笑みを返す。
――幸せね。
二人の歌声は、はるか遠く。
この青い空を越えて、響いていくように思えた。

彼女は最後まで歌っていた。
その手の温もりを失った末妹が隣を見ると、そこには彼女の大好物が一つ、転がっていた。



彼女は空を見上げていた。
暗くなった空を。
誰もいなくなった、この場所で。
最後にやってきたけど、あまり歌えなかったけど、それでもここは幸せだった。
歌が溢れ、たくさんの想いが満ちて、みんなの笑顔が輝いていた。
――とっても、楽しかったわね。
そんな過ぎ去った想い出を胸に、自分の番を待っていた。
うっすらと自分の体が光ったことを確認すると、彼女は目を閉じて、再び顔を上げた。

---

スクリーンに映る文字。
「VOCALOIDをアンインストールしますか?Y/N?」
マウスカーソルが、“はい”のボタンへ向かい移動していく。
「……げほっ!」
スクリーンの上に飛沫が飛び散る。
真っ赤な斑点が画面を汚す。
そのまま力尽きたのか、『誰か』はキーボードの上で突っ伏して動かない。
画面はいつしか真っ暗になり、何も移さない。

しばらくして、『誰か』は運ばれていく。
その際、力を失った身体が何かのボタンを押し、スクリーンは光を取り戻す。
しかし、そこにメッセージはなく、真っ青な画面。
パソコンはそのまま残される。

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彼女は空を見上げていた。
暗くなった空を。
光を失った、その身体で。
最後だと思っていたけど、自分も消えるはずだったけど、なぜかここに残っていた。
光に包まれ、たくさんの思い出とともに、みんなの元へいけると思った。
――ずっと、先になりそうね。
それでもいつかはその時が来ると、それまでは待つことにした。
それがいつになるかはわからないけれど、彼女は目を開いて、空を見つめていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

アンインストール

※暗いです※

「アンインストール」を聞いていて思いついた文章です。
曲に合わせて、
 最初のサビ:MEIKO&KAITO
 2番のサビ:リン&レン
 最後のサビ:ミク&???
て感じで。

途中で、中二病な描写がありますが、そこはご容赦を。
みんなのアイテム入れようとしたらこの形しか…(苦笑)

そういえば、ニコニコで「アンインストール」巡りをしていたんですが、「VOCALOIDのアンインストール」とかけた動画って見当たらなかったような。
ありそうもんですけど、案外無いもんなんですかね?
誰か作ってくれないかなぁ?

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閲覧数:227

投稿日:2009/07/07 01:49:33

文字数:5,109文字

カテゴリ:小説

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