「ねぇ、私のどこが好き?」
「んー、笑顔かな」
「笑顔ー? もっとほかになかったの?」
 そう言ってはにかむ君は本当に可愛かった。
「笑った顔なら、そっちだって可愛いじゃん」
「可愛いとか、俺男だっつの」
 本当はもっと、言いたいことがあった。
 笑顔以外にも、好きなところはたくさんあった。
 あったのに。
 臆病な僕がそれを口に出すことはなく、そして君は聞くことなく去っていった。
 雨の中、僕は立ちすくむ。ざぁざぁと降る雨音の心地良いノイズが耳を侵す。雨粒は身を裂きそうな温度で、心も身体も切り裂かれた気分。悲しい気持ちも虚しい世界も雨が洗い流してくれたらいいのに。
 空を見上げれば、真っ黒な雲。街の光が乱反射して宇宙のよう。
 景色が滲んでいるのは、泣いているから。
 君はもういない。
 分かってる。
 分かってるのに、消えてくれない。
 君の体温が、声が、笑顔が、まだ残ったままで。
 分かってるのに、消えてほしくない。
 君がもういないなんて信じられない。いや、信じたくない。だからこの残り香も、きっと消えない。忘れてしまったら、君が本当に消えてしまうような気がして。
 思い出すのは君の歌声。いつだったか、不器用なギターと一緒に聞かせてくれた。
 ――ハロー、ハロー。
 僕はもうすっかり覚えてるから、口ずさむんだ。
 ――聞こえる?
 頭の中の君の声も重なってくる。
 ――落とした声だよ。
 君は、こうなることを予想してたんだね。
 ――昨日まで泣いてた。
 だから、こんな歌を作ってくれた。
 ――君自身の声だよ。
 きっと、僕に。
 ――ハロー、ハロー、響いてる?
 前を向いてもらうために。
 ――お便り届いてます。
 だけど、そんなの。
 ――『僕』から『僕』への。
 悲しいだけじゃないか。
 ――メモリーソング、リクエストです。
 もっと傍にいて欲しかったのに。
 もっと、笑顔を見せて欲しかったのに。
 空は雲ばっかりで、星は見えない。だけど、煌くネオンが代わりになってくれる。
 この歌を口ずさみながら、僕は君を忘れる。五分と少しの間に、君のことをすっかり忘れ去ってしまわないといけない。それがこの、二人だけの秘密の歌の役割だって気付いてしまったから。
 ――だから、それまでは。
 ――心だけ、側にいさせて。
 ――もう、戻れなくても。
 ありのまま、笑いたいから。
 大好きだった君の笑顔を思い出して、無理にでも笑うから。
 大切な思い出を浮かべては、心のどこかにしまいこむ。
 大切に、大切に。
 忘れても、消えないように。
 今も過去も未来も、ずっと変わらない宝物になるように。
 ――またね。
 雨音を伴奏に、僕は一人で歌う。
 忘れられそうにない君の歌を。
 涙を雨で隠しながら、僕は歌う。
 消えて欲しくない君への愛を。
「ほら、笑って? そっちのが素敵だよ」
 ふと、そんな声が聞こえた。
 あたりを見回してみても、誰もいない。
 僕一人だけ。
 だけど、確かに聞いた。
 ――少しずつ、少しずつ。
 君の声だった。
 ――ココロを溶かすのなら。
 もうすぐ歌も終わってしまう。
 ――痛いくらい、綺麗な歌。
 だから僕は瞬いて、涙をぬぐった。
 ――今、一人、紡ぐ歌。
 そしてしっかりと前を見て。
 ――大切に、大切に。
 最高の笑顔を空に送った。
 ――ココロにしまう、メモリーソング。
 それはきっと、見てられないぐらいひどい笑顔だったと思うけど。
 それでも僕は歩き出すことにした。
 やっぱり忘れることなんてできなかった、笑顔の君と共に。
 僕は雨の中、最初の一歩を踏み出した。
 それは四十六億年の歴史の中に、君と僕が一緒にいたというちっぽけな傷を刻むための一歩だった。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

宇宙ラジオ

やっぴーさん一周年おめでとうございます大好きです!

もっと見る

閲覧数:447

投稿日:2009/11/08 03:41:12

文字数:1,569文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

もっと見る

クリップボードにコピーしました