「木徒…!」

走っている途中で腕を捕まえられた。この涙の意味がもう自分でも判らなかった。ただとても見ていられなかった、あんなに仲が良くて、見てる方が嫉妬しちゃう位お互いを想ってて、ほんの少し前迄愛の言葉を伝えていたのに…!

「どうして…?ねぇ、何で?!スズミさんどうしちゃったの?!」
「…覚えてないんだ…。発作が起きた事で彼女は騎士の事を忘れたんだ。」
「そんなのって無いよ!酷いよ!あんまりだよ!奏先生が可哀想だよ!」
「どうしようも無いんだよ!発作の事も記憶の事も知ってたさ!だけどどうにも
 ならないんだよ!」

詩羽さんも泣きそうな顔をしていた。胸が痛くて痛くて潰れそうになった。悲しくて、いたたまれなくて、そして怖かった。忘れられる恐怖、独りになる恐怖、色んな不安がどっと押し寄せて頭をもたげる。

「…何をしている…詩羽。」
「羽鉦…。」
「研究班を収集しろ、提供血清は77%のocelot…つまり俺だ。」
「お前…。」
「これ以上…見てられない!なら俺がガキみたいな理由で拒否出来るかよ!」

私は振り返る事が出来なかった。だけど羽鉦さんがどんな顔をしてるのかは見なくても判った。苦しくて、もどかしくて、何かせずには居られなくて、そしてきっと涙を堪えた、そんな顔だったんだろう。詩羽さんも辛そうな顔のまま押し黙ってしまった。こんな顔させたくなんか無いのに…!

「木徒ちゃん、どうしたの…?大丈夫…?」
「触らないで!」
「きゃっ?!」
「酷いよ…スズミさん酷過ぎる!幾らBSのせいでも許せない!」
「止めろ!木徒!」
「嫌!何で?!何で皆黙ってるの?!言わなきゃスズミさん自分が何したのかも判って
 ないんだよ?!そんなのってあんまりだよ!奏先生が可哀想だよ!」
「私…が…?」
「木徒!」
「だって、だってスズミさんが…!」

言いかけた所で言葉を飲み込んだ。スズミさんの後ろに奏先生が居たから。咎めるでも、怒るでもない、ただ深く悲しそうな、吸い込まれそうな目で私を見ていたから。『何も言わないで』と言われた気がした。

「どうした?こんな所で喧嘩?」
「あ…えっと…。」
「倒れたんだからまだ休んでいた方が良い。マスコミの対応は任せて来たから、
 部屋に戻った方が良い。」
「は、はい…。」

促す様にそっと肩を押すと、スズミさんはこちらを気にしつつ部屋の方へと歩いて行った。

「…ごめんね…気使わせて。」
「そんな事…!」
「どうしても何かしたいなら、詩羽の側に居てあげて。ずっと元気で、ずっと
 味方で居てあげて、ね?」

神様は残酷過ぎる…私は優しくて、でも何処までも悲しい笑顔を見続ける事が出来なかった。

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BeastSyndrome -49.見れない顔-

真っ直ぐ見つめるには悲しすぎるから

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投稿日:2010/06/17 10:20:13

文字数:1,121文字

カテゴリ:小説

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