白い布が掛けられた丸いテーブル。中心には小さな背の高い花瓶にささやかながらも花が生けられている。
 テーブルはただのテーブルではなく、厚みがありコーティングの施された、そこはかとなく高価な雰囲気を漂わせたものだった。事実高価であるが。掛けられた白布もレース加工があったりと、持ち主が一般よりも上の経済力を持つことを物語っていた。

 テーブルだけではない。その室内の全ての家具が慎ましく、そしてさり気なく高価なものなのだ。さらにそのような部屋がいくつも存在する。


 そう、ここは由緒あるクラシック歌唱の名家。紅音家の屋敷なのである。

 少し都心から離れた、山間部に程近い片田舎にこの屋敷はある。

 そして今現在、先程のテーブルで午後のひとときを紅茶とスコーンで堪能しているのが、この屋敷の女主人、紅音ソメである。
 彼女の見た目はピンクである。白桃のピンク、という喩えが適しているだろう。ピンク色の髪、ピンク色のドレス。だが、それらの中で際立って見えるのは赤であったりする。胸元には大きな赤い薔薇の飾り、三つ編みにして下ろしている前髪の左側に対して、赤く染め上げた右側。そして見る者に最も印象付かせるのは、深紅の瞳であろう。
 ピンクがメインというよりは、赤を際立たせるためにピンク、と言ったほうが正しいだろう。

 うららかな日差しの下、静かなティータイム。そう表現するのが最も適切な、正に絵に描いたような光景だった。
 だが、絵画でないかぎり変化は訪れるものなのだ。


――コンコン


 ドアをノックする音が部屋に響く。ドアの材質一つでノックの音は変わるものだが、ここまで心地よいノックの音を出せる材質はそう無い。そして人材も。

「失礼します。今月のスケジュールと先月の事業成績ですが……」
 入ってきたのはこの屋敷のメイド長……、形式上メイド長となっている静音アスである。

 静音家と紅音家は代々連綿と続いた主従関係にあるのである。

 菫色の瞳に菫色の丈が長いメイド服。黒い髪を左側から真ん中へ向けて斜めに切りそろえて、右側を流している。後ろ髪はバレッタで上げていた。


 すごく……機能的です。


 忘れてはならないのは、彼女は眼鏡着用者であることだ。しかも銀縁の。


 すごく……クールです。


 そんな彼女が主人を一目見て、言葉を止めた。彼女は完璧で瀟洒なメイドを目指している。そんな彼女から次の言葉が出てくるのは当然のことであるだろう。

「失礼しました。また後でお持ちします」

 主人のティータイムを邪魔しない。
 従者であれば当然とも言える判断である。

「いいのよ、アス。飲みながら見るわ」
「は……」

 だがその判断も主人の一声あらば、変更される。

 アスの持ってきた書類は、ソメの今月の公演スケジュールと紅音家の事業展開に関するものであった。アスが言う詳細の説明を聞きながら、一枚一枚にソメは目を通していった。
 ソメ自身、ソプラノ歌手であるので公演スケジュールには疑問を持たないだろうが、事業展開という単語には疑問を呈する人もいることだろう。

 単純な話。紅音家は公演のみで稼いでいるわけではない。正確に言えば、確かに公演のみで全てを賄うことも可能ではあるのだが、理由は別のところにある。
 紅音家の事業は主に音楽業界――特に生の楽器を演奏する人やクラシック歌手を標的に行われているのだ。実際、プロも紅音家の援助を受けていたりすることが多い。だが、紅音家が最も力を入れているのはそういった人々を養成すること。
 つまり音楽教室である。しかもかなり多岐に渡った。

 歌は1人で歌うものじゃない。聴衆が居て初めて成立する。

 その言葉をモットーに、宣伝活動やそういったコミュニティの形成を手助けすることに余念のない活動をしているのだ。
 チケットを格安で提供することやチャリティーも当然のごとくやる。

 そういった事業展開を紅音家は行っているのだった。


「そしてこちらが例の――」

 アスがもう一枚、別の書類――というよりは完全にチラシ――を取り出した時だった。

 何かに気付いたアスが言葉を切り、中空を見据えた。ソメはそんな彼女の様子を見て確信に近い予測を立て、彼女がテーブルの上に置いたチラシを手に取った。内容はとあるロックバンドの公演を知らせるものだった。
 聞こえてきたのは空気を断続的に切り続ける音。具体的に表現すればヘリコプターの音だ。その音が次第に大きくなりながら近づいてきている。

「申し訳ありませんが、少しの間失礼させて頂きます」

 何故か眼鏡をギラリと光らせてアスがそう言った。そしてソメの返事を待たずに部屋から退出していく。

 また1人になった一室で、ソメはティーカップに残っていた紅茶を飲むべく口を着けた。
 そよ風が澄んだ空気を部屋まで運んでくる。


――シュボッ


 そう遠くない距離から、何かに火を点けたかのような勢いのある音が聞こえた。
 そして数秒後。
 空が一瞬光り、わずかな間だけ赤く染まった。それとほぼ同時に爆音が轟く。

 しかし、ソメはそれらのことなどまるで無かったかのようにティーカップの紅茶を飲みきって、またテーブルに置いた。
 吹き込んで来たそよ風は、火薬独特の硝煙の臭いをわずかながらに運んで来ていた。

 それから少しして、何事も無かったかのようにアスが戻ってきた。そしてソメの隣に立つ。


 流れる若干の沈黙。


「アス」
「はい」
「火薬臭いわよ」
「……申し訳ありません。着替えてきます」
「別に良いわ。ところで何を使ったの?」

 その問いにアスが目を逸らす。少し口籠もった後、はっきりとこう言った。

「スティンガーです」
「……そう」

 スティンガー……携行型対空ミサイルと言えば簡単だろうか。

「いつ買ったの?」
「新年度に入った際に警備態勢を強化したいと私が言ったところ、お嬢様が許可して下さいました」「……」

 ソメはその言葉を聞いて、しばし記憶を辿らなくてはならなかった。確かにそのような事を言った覚えはあるが、コレのことだったのか……。彼女は今そうおもっていた。

「……他に何を?」
「対戦車ライフル、TNT火薬、89式小銃、……」
「分かったわ……、もう後は言わなくて良いから……」

 顔を落とし、ため息と共に「全部処分しておきなさい」とアスに言い付ける。渋々ながらもアスは了承した。

「ふふ……。でも貴女もまだまだね」
「どういう意味でしょうか……?」

 小さく笑ったソメに対し怪訝な表情を見せるアス。だが、それもすぐに理解せざるを得なくなった。

「あのくらいじゃ姉さんはやられはしないわよ?」

 その言葉と同時に突如轟音が辺りを支配した。甲高いジェットエンジンの咆哮。
 見るとこの部屋の一番大きな窓の外に、圧倒的威圧感と質量を持って戦闘機が浮遊していた。

「ハリアー……!」

 アスのその呟きもほとんど聞き取れない。だが、この状況下にあってソメは静かに窓際へと歩きだした。そしてコックピットに座っている人物を確認して、左耳に付いた黒い薔薇型のインカムを指差した。相手も理解したのか、インカムにノイズが走る。

《ヤッホー! ソメ、元気にしてた?》
《ええ。姉さんこそ相変わらずね。ところで早めにその期待を屋上に停めてきてくれないかしら》
《なんで?》
《この間庭師を呼んだばかりなのよ》
《ありゃりゃ!? そういうことは早く言ってくれないと。じゃ、停めてくるね》

 再びノイズが走り、通信が終わる。轟音は離れて行き、しばらくして止んだ。

「庭師をまた呼ばないと……」

 先程ハリアーが浮遊していた場所の下は見事にサークル状に焦げていた。


 勢い良くドアを開けてきたのは紅音サク。この屋敷の主人、ソメの姉にあたる。

「いやー、やっぱりソメはかわいいねぇ。よしよしよしよし」

 入ってきていきなりソメに抱きつき、そのままクシャクシャにするように頭を撫でたのだ。おかげでソメの髪型が崩れかけている。
「お! これアタシのバンドのチラシじゃん。よく調べてんだね、えらい!」
「それはアスが……」
「え? そうなの? 毎回毎回アスちゃんも手荒な歓迎してくれるけど、実はよく調べてるんだねぇ。よし、いい子いい――」
「結構です」
「つれないねぇ。アスちゃん」

 サクとはこのように非常にパワフルな女性である。彼女の紅い髪はそれを表しているかのようだ。紅いショート、猫のような金色の目、セパレートタイプの黒いドレス、そして腰にはアクセントの赤い薔薇な飾り。それ即ち紅音サク、ということである。

 そして――

「ああ、もう! ソメったらかわいいもんだから頬擦りしちゃおっかなー」

 重度のシスコン。
 これを忘れてはいけない。


 すごく……オイシイです(ネタ的に)。




 その頃同時刻、この屋敷のとある一室に未だに夢の中を漂っている人物がいた。
 実は紅音家にはメイドが2人いて、交代で仕事をしているのである。そしてその2人のメイドは住み込みなのだが、この部屋は今日非番の方のメイドの部屋なのである。

 部屋自体がなんだか少女趣味とでも言えば良いのだろうか、ぬいぐるみが置いてあったり、布の飾りものにはほとんどと言って良いほどにフリルが付いていたり、全体的にピンク色なのだ。
 そしてベッドの上で布団を半ば抱き枕にして寝ているのが、この部屋の住人。

 静音イムである。

 実はメイド長のアスと姉妹関係にあり、アスが姉でイムが妹なのだ。
 イムはセミロングの金髪を二本結にしている。今は閉じているがエメラルドのような大きい目をしていて、普段のメイド服も似た色をしているのだ。

 ちなみに実はイムはアスよりも……あったりする。


 何があったりするのか聞こうとした不粋な輩は後でアスに殴られるヨロシ。


 というわけで、今彼女はあれほど爆音や轟音が轟いたりしたのにも関わらず、未だに夢の中なのである。
 どうでもいいが、彼女のパジャマ姿は薄ピンクにフリルのワンピースタイプである。

「……そんなにケーキばっかり食べられないよ、アス姉……でもいただきます…………ふみゅぅ……」

 甘いものが大好きなんですね、わかります。
 じゅるり、とベタな音を立ててヨダレをすすった彼女に猫耳が見えたような気がしてきたところで、今回の分はおしまいである。


 続きはまた今度……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

紅音家の日常

やっと書けました……。
いやー、非常に疲れたと言いますかね。

とりあえずこんな感じです。




詳しくCVを知りたいと思った方はタグの 紅音家 をクリック!

閲覧数:141

投稿日:2009/06/19 00:19:13

文字数:4,343文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • 那伽

    那伽

    ご意見・ご感想

    どんだけ、どんだけ私のツボを・・・ぐはっ!!
    押されすぎて吐血しそうな勢いなんですけどww
    即ブクマです! いつもいつもありがとうございます^^

    あとですね・・・最近忙しくて絵が書けてないですorz
    す、すみません;

    2009/06/19 21:19:50

クリップボードにコピーしました