『まじょとやじゅう』 その5
作:四方山 噺(のんす)
10 冷静と情熱の隙間で愛を叫ぶ ~みんな溶けてしまえばいいのよ~
カイトさんが目覚めてからひとしきり謝罪とお礼を述べたリンちゃん。
ミクさんともども騒ぎすぎてのどがかわいたので、小休止を提案することに。
カイトさんとミクさんも同じ心境だったらしく、ここらで一度、休憩です。
ルカさん宅を辞する際に頂いていたお紅茶と、お茶請けにバナナでも。たくさんありますから。
しばし歓談するみなさん。
しばらくそうしていると、カイトさんも、だいぶ回復してきたようです。ふらふらが治ってまいりました。
さきほどは男らしゅうございました。ファンの方も増えるかと。
「へへ…そうかな? ///」
…ナレーションに対して受け答えしないでください。そして照れんなし。
ともあれ、カイトさんの体調も戻り、リンちゃんとミクさんののども潤ったことですので、そろそろ本来の目的に戻るといたしましょう。お三方はそれぞれ準備を整えて、立ちあがります。
わかりにくいですが、そろそろお昼もおやつ時を置き去りにする頃合い。急がないと日が暮れてしまいます。
三人は、ルカさんに教えられた通りに谷を抜けて、石と岩からなる小高い丘をよいよい上って行きます。
似た感じの岩ばかりで、どうにも退屈です。先ほど紅茶とバナナも少々頂きましたが、ちょっとおなかも空いています。いえ、正確には大気中の『夢』を摂取すればいいので空腹、とは違うんですが、気分的な問題で。
ミクさんはヒマを見てネギをかじっており、リンちゃんも時折、おじさんに頂いたバナナをもふもふしていたのでいいのですが、カイトさんは朝からほとんど何も食べておられません。さすがにつらいご様子。アイスたべたい…。
リンちゃんがバナナを勧めてみますが、カイトさんは首を横に振ります。じつは、バナナを食べるとのどが渇くのであまりお好きでないらしく。
で、どういうわけか、ルカさんに頂いた魔法のアイスを食べる流れに。
実はルカさんにもらった時点から虎視眈々、食べる機会をうかがっていたそうな。
…まぁ、いいですけどね。溶けないアイスなんて、バナナの皮以上に使いどころなさそうですし。
そして、『ガミガミくん エターナル・アイスバー』と銘打たれた包装から取り出したるは、素朴な木の棒に突き刺さった、さわやかな色合いのアイス。たぶんラムネ味でしょう。
観たところ変わった感じはしないですが…まぁ、確かに常温で持ち歩いていたのに溶けていないのは不思議…でもそれだけです。
観察もそこそこに、リンちゃんたちに見守られる中、カイトさんはアイスにかぶりつきます。
そして、数秒停止。お二人が不安になるくらいの間を開けてカイトさんはアイスの残りを口から離します。いや、残りというか…全く欠けてないじゃないですか。歯形すらついていない。
どうしたんでしょう? あまりおいしくなかったんでしょうか? ミクさんが問います。
「いや、なんか…やんなるくらいにガッチガチ。歯形すらつかない……こう…冷蔵庫? とか、かじったらこんな感じだろうな、っていう。…鋼鉄の安定感」
と、カイトさん。
なんとまぁ、溶けないだけでは飽き足らず、それに見合う硬度を有しているそうです。そういえばルカさんもおっしゃってましたね、表面をコーティング、とかなんとか。
確かに、物質が溶ける、というのは、ようは分子間の結合が一部ないし全部切断されたり、弱まっている状態のことですね。
だから、『溶けない』ことは分子間の結合が極めて強固である、ということで理屈は通りますが…なんというか。ル科学力(ルカさんの科学力、の略)、恐るべし。
とりあえず、このアイスはそっと袋に戻しておくこととしましょう。
アイスのことはひとまず脇に置いておいて、先をいそぎます。リンちゃんご一行は拙速を尊ぶのです。
しばらく、雑談しながら道なりに進んでゆきます。ちなみに雑談の主な内容は、ミクさんプレゼンツで『この春、一番アツいネギ』でした。
そこから10分ほど歩きますと、急に暑苦しくなってまいりました。例えるなら、コタツにもぐったまま、湯たんぽを恋人のごとく抱きしめた感じ。わかりやすいですね。
…それにしても、どうしたんでしょう? ハッキリ言って、この暑さは異常です。
三人で不満を漏らしながらさらに進むと、その原因が赤々と自己主張しつつ待ち構えていました。
溶岩です。どうやら溶岩流が道をさえぎっているようでした。
アツいわけです。いや、ネギではなく、気温が。
というか、またこのパターンですか。先ほどのロケットバナナ(命名:マジカル暴れん坊中将の異名をとるリンちゃん)のように、ルカさんのアイテム使うなり知恵を絞って渡れ、と。
しかし、どうしましょうね? 同じパターンであるがゆえに、逆に参ってしまいます。
なにしろ、この岩の煮える川を渡ろうと思ったら、さきほどのようにジャンプするのが一番でしょうし。しかしもう、ロナナ(ロケットバナナ、の略。某錬金術師とは無関係です)のストックはありません。回収も不可能でしたし。
本当にどうしましょう。リンちゃんたちは考え込みます。
例によって、遠回りでの横断は不可能です(なにしろ源流が遠くて見えません)から、ルカルカ★マジックアイテムを使うほかありません。
残るアイテムは風邪ウイルスの天敵たるネギと、大魔神のごとき強度を誇るアイスのみ。…ん、アイス?
リンちゃんとミクさんは同時にカイトさんを振り向きます。例の絶対障壁持ち氷菓はカイトさんがお持ちなのです。
「な、なんだよ二人とも…オレならいつも通りイケメンだぜ?」
そんなん、きいてません。さっさとアイス出してください。
「…!!」
ジリジリと、アイスを後ろ手に隠しながらすり足で下がって行くカイトさん。
対して、リンちゃんとミクさんは鶴翼の陣で迫りつつ、徐々に追い詰めてゆきます。
双方、無言。
彼我の距離が2を割ったころにカイトさんが迫る少女たちにわめきます。…さっきの男気もどこへやら…。
「ま、待てよ! 確かにちょっと変わったアイスだけどさ、これ投げ入れたくらいでこんな真っ赤な溶岩が冷えて通れるようになるとか、ないってば!!」
そんなことはない、とお二人は半ば以上確信しています。おそらくカイトさんもそうでしょう、だからここまで必死なのです。
ルカさんはおっしゃっていました。このアイスは絶対零度だと。ごていねいに、一定の熱で表面のコーティングが剥がれてそれが顕現するぞ、とも。
ようは、そういうことなのです。
片や、さっさとアイスを投げ込んで、こんなアツい場所とはオサラバしたい少女二人。
片や、氷菓はオレの嫁、とまで標榜する、冷凍菓子の夫(笑)。
互いに一歩も譲らない攻防が繰り広げられます。
「…あッ!!」
互角にみえた戦いは、案外あっけなく終わりをつげました。
リンちゃんを囮に据えた波状攻撃により、隙を見てミクさんがエターナル・アイスバーを奪取。包装をポイと投げ捨て、本体を容赦なく溶岩流に向けて放ります。た~まや~。
なんかミクさんらしからぬ遠慮のなさでしたが、さすがにこの暑さでイラついていたのでしょう。
アイスはくるくる、風車のように回転しながらあっつあつの溶岩めがけて落ちてゆきます。くるくる~。
の゛っつぁん、と。『ぽっちゃん』、よりだいぶ鈍い音とともに着水、いや、着岩。
すると、なんということでしょう。
みるみる灰色に溶岩が冷えていくではありませんか。
一分後にはこの通り、匠(ガミガミくん)のワザで、天然のカーペットに早変わり。少女たちは悠々、その上を渡っていきます。
…さすがにかわいそうになって、渡り終えた後、打ちひしがれて真っ白になったカイトさんの手を引きに戻りましたけど。
11 ダンサブルフラワー
溶岩流を越えてのち、半刻ほど歩くと、深い森が見えてきました。
ルカさんの話によると、この森の中に、例の魔女子さんは住んでいらっしゃるそう。
やけに暗く深い森ですが、迷わずにいきたいところ。
念のために持ってきていた方位磁石も手に持ち、準備万端。全騎突入です。
…。
…。
…。
ごめんなさい、迷いました。
気づけば三人はすっかり迷子。この土地自体、鉱物資源が豊富なのか、妙な磁場に捕まって方位磁石も使用不能に。
簡単に言って、絶賛遭難中です。
なんでこんなことになってるんでしょう。突入前にいらんフラグ立てたのがマズかったんでしょうか…?
え? 『夢』があるからそうそう死にはしないだろうって?
なにをおっしゃる、ミクさんが脱水で倒れていたのをお忘れか。それに『夢』とは人のいるところに多くみられ、逆に人口密度の低いところでは、大気中の濃度も減るので安心はできません。
リンちゃんをはじめ、残るお二人もたいそう焦ります。
このままではルカさんの晩御飯どころか、この森に養分として吸収される未来も遠くはありません。今なら預言者になれる。
しかし分かり切った未来などおもむろに告げてみたところで、誰も有難がりゃしません。むしろ、今ある関係に風穴を開けるのみ。いっそ風通しよくしてやるぜ、などと早計と申すもの。
希望はオブラートのように薄いでしょうが、とにかく魔女子さんでも誰でも、勝手知ったる何者かが都合よくあらわれてくれるよう、声の一つも上げてみるほかないでしょう。
…。
…。
…。
ごめんなさい、ダメでした。
いくら声を出そうが、わめこうが鳴こうが暴れようが、誰も、だ~れも来てくださいません。まるでこの森が音を呑みこんでいるかのよう。
このままでは冗談抜きで、レンくんはMIA確定です。なにしろこちらも出られず、見つけられない以上、missingの文字列は消えることはないのですから。
いや、そんなトンチのような欺瞞はいい。とにかく魔女子さん宅を発見するか、せめて森からいったん出るしかありません。
休憩しつつ、三人でそれぞれ方策を考えることにします。
とりあえず、釘バットで素振りしつつ精神統一を図るリンちゃん。
ひとまず、アイスクリーム、ラクトアイス、氷菓、アイスミルクの4種の表記の違いを、正確に脳内で分類してみるカイトさん。
しかたなく、『この夏は、あのネギがクる!』というプレゼンを構想するミクさん。
…いやいや、みなさん諦め早すぎます。リンちゃんだって先ほどは、諦めたらそこで試合終了だ、とおっしゃっていたじゃありませんか。
ガッツン!
と、そのときリンちゃんのバットが木の幹を叩きました。勢い余ったんでしょう。…ですよね? そうだとしましょう。
その過激な音と同時、うつむきがちにプレゼンの構想が次の季節を巡ろうとしていた、ミクさんの視界の隅、何か白いものがヒラヒラと舞います。
若干億劫そうに、ミクさんが首を巡らした先、はじめはなにがあるのかわかりませんでした。暗がりにあったためです。
よぅく目を凝らして見ると、そこにあるのが古い鉢植えだと気づきます。人の残り香。
しかも、そこにあったのはユリの花です。この水はけも悪そうな、常時多湿な環境に適応できるとは思えませんが…。
ガッツンぬ!
リンちゃんがまた勢い余らせてしまいます。
すると、再びミクさんの視界の中で白いのがヒラヒラします。しているのは、例の鉢植えにあるユリの花のようです。
どうやら、音かわずかな風圧か、に反応しているようです。なんとなく、音に反応を示しているような…?
ためしにようよう立ちあがり、近寄ってみます。
「もし?」
極力吐息のかからないように工夫しつつ、鉢植えに声をかけてみます。するとユラユラ。どうやら、音にリアクションする植物のようです。
しかし、そんなものマイハギくらいしか知りませんが…どうなってるんでしょう? さらに良く見よう、と顔を近づけるミクさん。
すると、声が聴こえました。鉢植えの中から。
「熱ぅ…ふらふらするぅ…んぁ~あぁぁ……」
…どうやらまた、行き倒れつつある方に出会ってしまったようです。 かつての己の事も棚に上げて、思いのほか冷静に分析するミクさん。
>>>『まじょとやじゅう』 その6へと続く
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