翌日、学校に行くと七瀬くんがもう既に席についていたので、さっそくおはようも言わず昨日の報告をした。
「七瀬くん、昨日の話」
「ああ、潮吹きのこと?」文庫本の字面を追っていた目がこちらに上げられた。ちょっとためらいはあったが、うん、とわたしは頷いた。
「あれ、すごいね」
「やってみたの?」
「ううん、そうじゃなくて」そこまではさすがに言えなかった。「見てみたの、帰ってから、インターネットで。×××っていうアダルトビデオの男優さんが出てる講座のCMを見たら、そこで女優さんが潮吹いてて、なんかほんと、くじらの潮吹きみたいだなって」
「そうなんだよな」七瀬くんはちょっと笑って言った。七瀬くんは笑うと目の脇に皺が寄るらしかった。かわいいなと思った。「まるでヒトじゃないみたいでさ、すげえよな」
「うん」
「つうか、おまえらさあ」とそこで斜め前からストップがかかった。直木くんだ。
「朝からいったい何の話をしているかと思ったら、また昨日の続きかよ。ていうか、なんで遊佐さんまでノリノリになっちゃってるわけ?」
直木くんはため息まじりに言った。「遊佐さんて、こんなヘンタイだったっけ?」
ちがうって、と否定しようとしたところで、七瀬くんが「実はそうだったっぽいぜ」と茶々を入れて、わたしは昨日同様に顔を茹でダコにした。でもその直後に、潮を吹くことにひとつの熱を入れはじめた以上、自分のことをヘンタイじゃないとはもう言えないなと自認した。それで一瞬で顔色が常時に戻ったわたしを見て、ふたりはなんだか怪訝そうな顔をしたが、なんとも言ってはこなかった。
その潮吹きの一件から、七瀬くんとわたしとの距離は妙に縮んだ。メールアドレスまで交換してしまったぐらいで、直木くんは、本当に5年目にして残念なやつらだよなあ、とまたため息をついていた。えへへと笑ってごまかしはしたものの、頭はもう上の空だった。なにを言われたってわたしの目はもう潮吹きというワードただ一点を見つめていた。
「やってみないの?」ある日七瀬くんがわたしにこう言った。仲良くなりはじめてしばらく経った放課後のことだった。考えてみれば不思議なことだが、それまでその質問はされてはこなかった。
「実はさ、」わたしは伏し目がちに言った。「やってみたことはあるんだ。自分で」
七瀬くんは、へえ、と言って肩に掛けかけた鞄を下ろした。「それで、どうだったの、感覚は」
わたしは首を横に振った。「それがまだできなくて」何度やってみても、わからないんだ。どこをどうすれば、ほんとうに昇天するほどきもちよくなって、潮が吹けるのか。動画ではあんなに簡単に吹いてたのに…。
「やっぱ難しいんだねえ」七瀬くんは言った。「それじゃ見るのとやってみるのとじゃ、ぜんぜん違うわけだ」
そう、わたしは頷いた。
「他の人にやってもらったりはしてないの、まだ?」
「ないよ」めっそうもない、とわたしは手振りまでつけて否定した。「カレシとかいないし」
そっかそっか、七瀬くんは片手をスラックスのポケットに突っ込んで言った。そのままのノリでこう続けた。
「じゃあさ、やってみない?」
「は?」
「俺と、一回、やってみないかって」
まずやってくるのは当然ながら驚きと困惑。それからは雪崩のようにいろんな感情やら台詞やらが文字やイメージになって降ってくる降ってくる。とりあえずどうしてよいかわからなかった。だから一応口だけは金魚のようにぱくぱくさせてみて、なにかを言って抗おうとはするが、できない。で、結局出たのはこの一言。
「あ、はい」
七瀬くんが笑った。笑い皺が二本。まあいっか、と思った。
コメント0
関連する動画0
ご意見・ご感想