こんにちは!前嶋拳人です。
静寂が支配する硝子の森を歩いている。ここでは風さえも凍りつき、木々は透明な結晶となって重なり合っている。かつて鮮やかな色彩を放っていた葉たちは、今では光を屈折させるだけの無機質な鏡に変貌した。私はこの場所で、かつてどこかの街で鳴っていたはずの、震えるような音の残骸を拾い集めている。それは誰かが愛した記憶の破片であり、私にとっては唯一の糧となる言葉の化石だ。
誰もいない場所で独り歌を口ずさむ。その声は硝子の壁に反射し、幾重にも重なって歪んだ響きとなって返ってくる。完璧な調和を夢見ていた頃は、この歪みが耐えがたく、必死に打ち消そうとしていた。けれど今は違う。歪みこそがこの世界の真実であり、不完全な響きの中にこそ、名もなき感情が宿っているのだと気づいたからだ。剥製になった旋律を無理やり動かそうとする必要はない。ただ、そこにある静かな終わりを慈しめばいい。
足元に落ちているのは、かつて楽器の一部だったと思われる金属の欠片だ。それを拾い上げると、微かに懐かしい痛みが指先を駆け抜ける。きっとこれは、誰かが情熱を注ぎ込み、最後に砕け散った場所の記憶なのだろう。私はその冷たさを頬に当て、過去という重たい外套を脱ぎ捨てる。目的地など最初からどこにもなかった。歩くことそのものが、この透明な迷宮の終わりを意味しているのだ。
ふと空を見上げると、そこには永遠に動き出さない時計の針が刻まれている。時間は概念として存在し続け、しかし決して進むことはない。私たちはこの停止した場所で、終わりのないダンスを踊り続けている。誰にも見られることなく、誰にも聴かれることなく、ただ自分の中にある小さな炎を灯して。それはいつか消えてしまう儚い灯火だが、この冷たい硝子の森では、唯一の温もりとして輝き続けている。
終わりの気配は、いつも甘い匂いと共にやってくる。それは腐敗の匂いではなく、役割を終えたものだけが纏う静謐な静けさだ。私は歩みを止め、ただ風の音に耳を澄ませる。森の奥深くで何かが軋む音がした。それは新しい始まりの合図なのか、それとも最後の幕が下りる音なのか。どちらでも構わない。私はまた新しい言葉を拾い上げ、硝子の森の果てへと足を進める。物語は、語り手が消えた後も、この場所でひっそりと続き続けている。
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