『さぁさ皆様お立ち会い 楽しい噺を始めましょう
さぁて今宵のお話は 男も女も魅了する 美しい蜘蛛の物語…』
女はニヤリと笑い、紙芝居をめくる。観客が集まりそれに魅入る。

『もしもしそこのお兄さん 私を助けてくださいません?』
3拍子のリズムにのせて女が歌いながら紙芝居をめくる。現れたのは赤い髪の少女。
(違うな)
俺は心の中でつぶやく。「あいつ」の髪は月を反射して暗い森を照らす、美しい銀だ。



「もしもしそこのお兄さん」
月がいつもより白い夜。普段なら人がいるはずもない暗い森の入り口に立つ1人の少女。暗闇の中でまるで彼女だけ光を浴びているかのように、美しい青の着物、銀の髪、そして整った顔がよく見える。…不覚にも見とれてしまった。
「私を助けてくださいません?」
少女はふっと微笑む。つい足が進む。
「この暗い森奥深く眠った宝を手に入れたいの」
少女が森の中へ歩き出す頃には、足が勝手に彼女を追いかけていた。
…この森には人を喰らう蜘蛛がいるらしい…
そんな噂話を思い出したのは、意識がなくなる直前だった。

目が覚めた時、目の前には恐ろしい光景が広がっていた。生気の抜けたような顔をして、糸に吊されているのは紛れもなく人間だった。男も女も、隙間のないほどの量。逃げようにも手足が動かない。周りを見ると大きな蜘蛛の巣。…そしてその主。
「……!」
もう言葉が出てこない。目の前にいるのはおそらく噂話の人喰い蜘蛛。
(俺…もう死ぬのかな)
そう思った時、頭に浮かんだ1人の顔。
「俺はまだ死ねないんだ!俺の帰りを待つ愛する人のために…!」
蜘蛛の動きが止まる。
「愛…する…?」
小さな呟きと同時に蜘蛛が変えた姿は先ほどの少女。
「ねぇ愛とは何?愛するとは何?」
問いながら詰め寄る。いったいどうしたんだ?
「…その人とずっと一緒にいて、その人の幸せを願いたいと思うこと。」
そう呟くと、少女は俺の前に座った。
「…ずっと一緒になんていられない」
表情は変わらない。まるで人形のよう…。だが左手が少し動いた。みると、白く小さな手に握られているのは赤い姿が思い出せないほど枯れ果てた彼岸花。
「僕はもうあの人と違うから…」
「お前…人間だった…のか?」
気付けば恐怖はどこかへ行ってしまった。ちなみに、目の前にいるのが少年だと気付いたのはこの頃だった。
「そう。」
「じゃあ…どうして?」
つい口から出てしまった疑問。しばらくの沈黙の後、少年が口を開く。
「…僕にココロがあったから」
変わらない表情。この森よりも深く暗い何かに飲み込まれそうになる。
「…あの人を助けたかった」
静かに少年は昔話を始めた。ただ淡々と言葉を並べる。
生まれ育った村の掟。他の人を喰われないために毎年少女が蜘蛛の生け贄となる。少年が蜘蛛になった日、選ばれたのが『あの人』。
「もう、名前も顔も忘れてしまった。わかるのはこの花をくれたこと。」
少年は生け贄になった。『あの人』の代わりに。
「蜘蛛が何をしたのか知らないけれど、僕があいつと同じになったんだってことはわかった。」
目の前にいるのは人を喰らう蜘蛛。…のはずだ。なのになぜだろう。
「…寂しい?」
とても寂しそうに見えた。迷子になった子供かのように…。
「さぁね。もう忘れてしまったから。」
白い顔に映えるガラス玉のような瞳が光る。
「僕は、人間を人形にしても何も感じない化け物だよ。」
その時するりと手足から糸がとれた。少年が歩いていく後ろ姿が見える。
「帰りなよ。…愛する人のところに」
振り返ることなく呟く。
「助けてくれる…のか?」
「『気まぐれ』は残っていたみたいだ。……もうここに来てはいけないよ。次に会ったら、僕は君を食べてしまうかもしれないから」
少年は少しだけ振り返った。強い風が吹いて目を閉じる。目を開けた時広がっていたのはただの暗い森だった。
(優しさが残っているじゃないか)
本当にあの蜘蛛は人を喰らうのだろうか。最後にこちらを向いた時、少し微笑んだように見えたその顔が頭から離れない。あいつは…やっぱり寂しいんじゃないか?寂しくて、誰かの愛を感じたくて、人を誘うのではないか?答えの出ない無意味な問いがまわる。あの寂しい蜘蛛がしがらみの糸から早く抜け出しますように…そう祈らずにはいられなかった。



次の日、まだ太陽が照らす時間、あの場所にきた。もちろんただの森の奥。
一カ所だけ赤く染まっている。彼岸花だ。ひとつ、人間だとわかるほど綺麗に白骨が赤い色に囲まれていた。



その手のひらの上で巣を作る小さな蜘蛛。




『どうも皆様ありがとう 楽しい噺はお開きに
さぁて今宵の帰り道 美しい蜘蛛に惑わぬよう どうぞ足元にご注意を…』

紙芝居が終わる。女達が礼をして片付けを始めると人の群れは崩れていった。
(さて俺も帰るか。愛する人が待つ家に…)
何気なく空を見上げる。
一段と白い月がこちらを照らしていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Faden

イラスト:きゅうぷさんhttp://piapro.jp/t/UaGe、作曲・調声:Cosmos and Chaosさんhttp://piapro.jp/t/Bdpq、作詞:狐津衣http://piapro.jp/t/kKIwの鼎唄シノオリジナル曲「Faden」を元に書いてみました。この話を元に作詞したわけではありませんので、自己解釈のひとつと考えていただけたらと思います。

閲覧数:179

投稿日:2011/10/10 00:35:02

文字数:2,056文字

カテゴリ:小説

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