ホームシアタールームで、わたしたちは、ミクちゃんが選んだクリスマスが題材のラヴコメ映画を見た。ミクちゃん好みの、可愛くて楽しくて、そして少し心が温かくなるような、そんな映画だ。
 映画が終わると、わたしたちは食堂に移動して、みんなで一緒にお昼を食べた。クリスマスだからなのか、食卓も綺麗に飾りつけてある。
「ミクちゃんが飾りつけもやったの?」
「ええ。素敵でしょ」
「うん、とても綺麗ね」
 わたしは、ヒイラギや松ぼっくりで作られたクリスマスリースを眺めながら答えた。
「リンちゃんに頼んで、ポップコーンボールも作ってもらえばよかったかしら」
「あれはちょっと地味じゃない?」
「でもキャラメルの甘い香りがするわ。ツリーからその香りが漂ってくると、すてきじゃない?」
 それはそうだけど……わたしは食べられるものと、飾るものはわけておきたい。あ、でも、一緒に作ったら楽しかったかも。
「なあおい、ミク。午後はどうするんだ」
 お昼を食べ終わる頃、ミクオ君が声をかけてきた。ミクちゃんが、ミクオ君の方を見る。
「やっぱり映画?」
「ラブコメなんか一本でいいだろ。他の見ようぜ」
「クリスマスホラーなんかお断りよ」
「なんでお前まで、俺とホラーを結びつけるんだよっ!」
 ミクオ君ってそんなにホラーが好きなんだ。わたしは、ホラー映画って見たことがないから、よくわからない。レン君も好きみたいだけど……どんな感じなのか、今度訊いてみよう。
「じゃあ、クオは何が見たいの?」
「『メトロポリス』を……」
 全く知らないタイトルがでてきた。どういう話なんだろう? レン君の方を見ると、微妙な表情をしている。知っている話みたい。
「却下」
 ミクちゃんは、ミクオ君が全部言い終わらないうちにそう言ってしまった。
「なんでだよっ!」
「重苦しいのは却下! 今日はクリスマスよっ!」
 確かに、わたしもどちらかというと明るい話がいい。『クリスマス・キャロル』みたいに、最後ハッピーエンドになるのなら、最初は重苦しくてもいいけど。
「……なんでいつも俺がお前にあわせなくちゃならないんだ」
「リンちゃん、何か見たいのある?」
 突然、ミクちゃんがわたしの方を向いたので、わたしはびっくりした。
「え?」
「だから、リンちゃんは何が見たい?」
 え……別に、何でもいいけど……。でも、わたしも何か言った方がいいのかも……。
「あの……わたし、ミクちゃんと一緒に見られないかと思って、オペラのDVDを持ってきたの。もし良かったらだけど……それ、一緒にどう?」
 ミクちゃんはオペラはあまり好きじゃないけど、『チェネレントラ』だし、キャストの見た目もいい方だし……。
「オペラねえ……わたし、オペラはあんまり……何のオペラ?」
「ロッシーニの『チェネレントラ』よ。喜劇だから楽しめると思うわ。キャストもかなりいい感じなの。王子様が、ちゃんと王子様に見えるし」
 横幅があって、年を取っている王子様は認められない。以前、ミクちゃんはそう言っていた。オペラは声でキャストを決めるから、どうしても役の年齢と実際の年齢に開きができる。だから見た感じものすごく年齢差のあるカップルになっていたり、親子のはずが逆にしか見えなかったりしてしまうこともしょっちゅうだ。
「……たまには、オペラを見るのもいいかもしれないわね」
 ミクちゃんがそう言ってくれたので、わたしはほっとした。
「おいこらちょっと待て。俺はオペラなんて見る趣味はないぞ」
 あ……しまった、ミクオ君のこと、考えに入れてなかった。どうしよう……。
「鏡音君、オペラ嫌い?」
「俺は好きだけど」
 わたしが困っている傍で、ミクちゃんがレン君に訊いている。レン君はあっさり好きだと答えた。う、うん……レン君は、オペラには抵抗がないわよね。
「はい、賛成三票、反対一票。よってオペラに決定しました」
 言って、ミクちゃんはぱちぱちと自分で拍手した。
「ふざけんな、いつもいつも俺の主張却下しやがって。今日という今日は黙ってられるかっ! 勝負しろっ!」
 え? 嫌だ、とんでもないことになってきちゃった。勝負って、まさかミクオ君、ミクちゃんと喧嘩する気なの?
「勝負? 何で?」
「音ゲーでだ。俺が負けたら、大人しくオペラでもなんでも見てやろう。その代わり、勝ったら俺が見たい奴を見るぞ、ホラーだろうと何だろうと!」
 ……音ゲーって何? 危ないことじゃないといいんだけど。
「望むところよ、受けてたつわ!」
 ミクちゃん、そんなことを言っちゃった。大丈夫なの?
「あの……ミクちゃん……」
「あ、リンちゃん。平気よ平気。わたし、音ゲー得意だから。クオなんかには負けないわ」
 ミクちゃんにそう言われてしまった。えーと、そういうことじゃなくて……。
「そういうわけだから、リンちゃんは鏡音君と……あ、ここは駄目だわ、片付けがあるし。そうね、ホームシアタールームで待ってて。暇なら、ラックの中のDVD見てていいから」
 わたしが言いたいのは、そういうことじゃない。けど、ミクちゃんの頭の中は、すっかり勝負モードに切り替わっているみたいだった。
「あの……音ゲーって、何?」
「あ、リンちゃん、ゲームには詳しくなかったわね。音楽を使ったゲームよ」
 ゲームなんだ……。じゃ、そんなに危なくはないのね。
「ミク、行くぞっ!」
「待ちなさいよっ!」
 ミクちゃんとミクオ君は、一緒に食堂を出て行ってしまった。わたしとレン君が残される。
「リン、初音さんもああ言ったことだし、ホームシアタールームに行こうか」
「え、ええ」
 レン君に言われたので、わたしは頷いた。周りではお手伝いさんたちが食器を片付けようとしている。
 わたしたちは、立ち上がって食堂を出た。ホームシアタールーム、確かこっちよね。
「ところでリン、『チェネレントラ』って、どういう話? さっき喜劇って言ったけど」
 レン君がそう訊いてきた。あ、そうか。『チェネレントラ』じゃわからないわよね。
「レン君も知ってる話よ」
「え?」
「『チェネレントラ』は、イタリア語なの。イタリア語のオペラだから。英語にすると『シンデレラ』」
 英語ではシンデレラ、フランス語ではサンドリヨン、イタリア語ではチェネレントラ、ドイツ語ではアッシェンプッテルだ。
「『シンデレラ』って、喜劇だっけ?」
 確かにもともとの『シンデレラ』は、喜劇とは言いがたい。でも、オペラの『チェネレントラ』は、喜劇だ。
「もともとの話は違うけど、これは喜劇になってるの。見ればわかるわ」
 あ、でも、見れるのかな? 長いから、二人の勝負があんまり長引いちゃうと、見る時間が無くなってしまう。……クリスマスぐらい、門限が緩んでくれたらいいのに。
 話しているうちに、ホームシアタールームについた。中に入る。さて、これからどうしよう。
「とりあえず座ろうか」
「う、うん」
 わたしは、ソファに座った。……そう言えば、十月にやっぱり、こんな風にレン君とここで二人っきりになったのよね。あの時はレン君のこと、知らないに等しかったから、ちゃんと話もできなかったっけ。
 ……なんだか、少し不思議な気がする。だってこんな短い間に、色々と話ができるようになっているんだから。どうしてなのかな。今まで、こんなことってなかった。
「リン……これ」
 またレン君に声をかけられて、わたしは自分の思考から引き戻された。見ると、レン君が手に、綺麗にラッピングされた箱を抱えている。
「え?」
「クリスマスプレゼント」
 わたしは最初、言われた意味がわからなかった。クリスマスプレゼントって……。
「……わたしに? だってレン君、今日わたしがここに来るって知らなかったのよね?」
「あ~、実は、クオから聞いてたんだよ。リンも来るって」
 ミクオ君、そんなこと話したんだ。わたしは、少し驚いた。まさか、そんな話をしているのなんて、思ってもいなかったから。
「リン、クリスマスおめでとう」
 レン君は、わたしの膝にプレゼントの箱を置いた。……大きさの割に軽い。中には何が入っているんだろう。大きさからして、アクセサリーではなさそう。かといって、花瓶のような、部屋に飾るものでもないみたいだし……。
「あ……ありがとう……」
 まだびっくりしすぎていて、上手く頭が働いていないけれど……。わたしはそっと、箱に触れてみた。プレゼントをもらえたことは、嬉しい。
「開けてみて」
 もらったプレゼントを、その場で開けることには慣れていない。でも、レン君が開けてほしそうだったので、わたしは箱を開けることにした。リボンをほどき、包み紙を開いて、中の箱を開ける。
「……え?」
 わたしは、自分の目が信じられなかった。だって……。箱の中に手を伸ばす。指先が、柔らかいそれに触れた。なんで? どうして? わたし、あの話はレン君にしていない。なのにどうして? なんでこれが入ってるの?
「なんで……」
 箱の中に入っていたのは、ピンク色をしたうさぎのぬいぐるみだった。昔持っていたものの半分ぐらいの大きさし、デザインも違うけれど……。
 これは、受け取るわけにはいかない。だって、この子はうさちゃんじゃないし、うさちゃんと同じ目にあわせたらこの子がかわいそうだし……。
 そう思いながらも、わたしは、伸ばした手を引っ込めることができなかった。ぬいぐるみを箱から取り出す。記憶の中にあるのと同じ、ふわふわした手触り。
 わたしは、思わずぬいぐるみを抱きしめた。ああ、うさちゃんと一緒だ。この子は小さいから、完全に一緒じゃないけど、同じように柔らかい。
 なんだか……胸の奥が熱い。熱くて、苦しい。わたしは、その気持ちが落ち着くまで、ぬいぐるみを抱きしめていた。
 少し落ち着いたわたしは、ぬいぐるみを離してもう一度眺めた。あ……ぬいぐるみの胸のところに、ピンでカードが留めてある。わたしはピンを外してカードを手に取り、開いた。
「"I should tell you I love you"」
 わたしは、カードの文面を読み上げた。……あ、これ、『RENT』の歌詞だ。思わず口元がほころぶ。
「ありがとう……この子の名前は、ミミにするね」
 うさちゃんじゃないんだから、同じ名前は駄目だ。ミミは、この子にぴったり。『ラ・ボエーム』のヒロインの名前で、翻案作品である『RENT』のヒロインの名前でもある。
「ミミって……」
 レン君は、何故か困惑した表情だった。え? ミミはいい名前よね? レン君は他の名前が良かったのかしら。
「レン君は、この子の名前はエンジェルの方が良かった? わたしは、ミミがいいと思うんだけど……」
「いや、ミミでいいと思うよ」
 じゃあ、やっぱり、この子はミミだ。わたしは、ミミの頭をそっと撫でた。……ふかふかしてる。
「あの……リン、そのメッセージカードだけど」
「ありがとう、可愛いカードね」
「いやだから……意味、わかってるよね?」
「『大好きって言わなくちゃ』って意味でしょ?」
 確かミミが、ラストの方でロジャーに歌うのよね。字幕でこうなっていたかどうかまでは、ちょっと憶えていないけど……あれ、レン君、どうして困った表情してるの?
「ミミがそう思ってくれるんなら、わたしもこの子を大事にしなくちゃ」
 クローゼット暮らしだけど、我慢してね。お父さんにみつかったら、捨てられてしまうから。厳重に隠しておこう。
「リン……そのカード、俺が書いたんだけど」
 なんでレン君、そんなことを言うんだろう。わたしだって、ぬいぐるみがカードを書くなんて思ってないわ。それにこれ、レン君の字だし。
「ええ、ぬいぐるみにはカードは書けないわ」
 レン君はわたしの前で、まだ困った顔をしている。……あんまり子供っぽいこと、言わない方がいいのかな。浮き立っていた気持ちが、さーっと沈んで行く。
 でも……レン君が、ミミをくれたのよね。くれたということは、ぬいぐるみが子供っぽいとは、思ってないからよね?
「ね、ねえ……ぬいぐるみに名前を付けて、お友達として扱うのって、子供っぽい?」
 本当のことを言えば、わたしは今でも絵本や童話が好きだ。お父さんがうるさいから、今、部屋にあるのは英語のものだけだったりするけれど。部活が英会話だし、英語の勉強の助けにもなる、そう言ってなんとか承諾をもらったもの。
 でも……そろそろお父さん、また言い出すかもしれない。高校生なんだから、英語のものでも絵本や童話は卒業しろって。そんな時が来ることを思うと、怖くてたまらなくなる。
「……そんなことないよ」
 レン君は、わたしの隣に座った。そう言ってくれたけど、わたしはレン君の方を見ることができなかった。
 その時、レン君がわたしの手を握った。びっくりして、思わずそっちを見てしまう。
「リンがそういう感受性を持っていたから、俺はリンのことを好きになったんだ。……そのカードは、俺がリンに自分の気持ちを伝えたくて書いたんだよ」

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  • 非営利目的に限ります
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ロミオとシンデレラ 第五十四話【もつれた糸玉】前編

閲覧数:1,173

投稿日:2012/02/16 18:40:43

文字数:5,361文字

カテゴリ:小説

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    ご意見・ご感想

    とてもどきどきしましたー!

    クオ君とミクちゃんナイスすぎですね!

    これからがとても楽しみですー

    2012/02/21 18:53:46

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