――――――昔々、ある所に小さな王国がありました。
その王国には仲のいい王様と王妃様がいて、とても平和に暮らしていました。
ある年、王妃様は子供を授かりました。
王様も、お城で働く人達も、国民も、みんなみんなそのことを喜び、その誕生を心待ちにしていました。
しかし、待望の子が生まれた時、喜びのものではない悲鳴が上がりました。
子供は二人いたのです。そう…双子だったのです。
そして、その国では、双子は不吉なものの象徴とされていたのです。
王妃様は気を失ってしまいました。
王様はとてもとても困りました。
めでたい次の王様になるべき王様の第一子が不吉な双子ではいけないのです。
そこで王様は、先に生れ落ちた女の子を生まれた子「第一子である王女」として、後に生まれた男の子を「いなかったこと」にして深い深い森の中の塔に閉じ込めてしまいました。
お城と森の奥の塔。
別々の場所で育てられたというのに女の子と男の子…いいえ、お姫様と王子様はそっくりに育ちました。
そう、違う場所なんて、片手で数えられるくらいにそっくりに。
そんなある時、お姫様は森で遊んでいて、帰り道がわからなくなってしまったのです。
お姫様は怖くなって、寂しくなって泣いてしまいました。
そこに、王子様が通りかかって、尋ねました。
「ねぇ、どうして泣いているの?」
「帰り道がわからないの…それで、怖くて、寂しくて…」
「森の外へなら、案内してあげるよ」
「本当!?」
顔を上げて、お姫様は驚きました。
だってそこには、自分を鏡で映したようにそっくりな顔の少年がいたのですから。
王子様も、驚きました。
だって、泣いていた少女の顔が水面に映る自分の顔とほとんど一緒だったのですから。
「凄い…あなた、私にそっくりね」
お姫様が驚いて言うと、王子様はちょっと気を悪くしたかのように言い返しました。
「違うよ。君が僕にそっくりなんだよ!」
こんな出会いでしたが、お姫様と王子様はとても仲良くなりました。
そして、誰にも内緒にして二人っきりで森の中で遊びました。
そしていつしか、お互いにお互いのことが大好きになりました。
しかし、そんな幸せな毎日はいつもでも続かなかったのです。
いつからか、森でお姫様はずっと泣くようになりました。
森の外でとても辛いことがあるのだと、森の外で泣いてしまえないのだと、そう言って。
王子様は、ただ、話を聞いたり慰めたりすることしか出来ませんでした。
そしてそれが、王子様にとって酷く悲しく、悔しいことでした。
そしてある時、あまりに辛そうにお姫様が泣くので王子様はある提案をしました。
「交代をしようよ」
「…交代?」
「そう…君は、僕の変わりに森の奥の塔で僕のふりをする。そして僕は、君の代わりにお城で君のふりをするんだ」
「でも…ばれない?」
「大丈夫、だって、こんなにも僕たちは似てるんだよ? ほんのちょっとなら、絶対にばれないよ」
王子様はお姫様のふりをして森の外に出ました。
そこで、王子様は自分とお姫様が実の姉弟であることを知ってしまいました。
そして、お姫様が選ばれたために自分が捨てられたことも。
けれど森に帰ってきた王子様は今日あったことを久しぶりの笑顔でとても楽しそうに話すお姫様を見ると、胸の中に凝っていたお姫様への嫌な感情は最初からなかったかのように綺麗に消え去ってしまいました。
ただ、お姫様が笑顔なら、王子様は幸せだったのです。
お姫様は泣き止みました。
けれど、お姫様はもう元には戻りませんでした。
泣かない代わりに、今度は傷だらけになって森で寝るようになりました。王子様が声をかけても目覚めないくらい深く、深く。
そして、森にいる時間も王子様が心配するくらい長くなっていきました。
ある時王子様が聞きました。
「どうしてそんなに寝ってしまうの?」
傷だらけのお姫様は答えました。
「森の外であったことを忘れてしまいたいの」
王子様は、お姫様が眠っている間にお姫様のふりをして森の外から出ました。
そこで、お姫様が周りの人みんなから嫌われてしまったいることを知りました。
王子様は悲しくなりました。
お姫様は他の人とほんのちょっと違うだけなのに、自分の大好きなお姫様が嫌われて傷つけられているのですから。
森に帰って、お姫様の寝顔を見ながら王子様は考えました。
「このままだったら、きっと彼女は眠ったままになる日が来るだろう。そしたら、もう二度と眠ったまま、目を覚まさないかもしれない。僕はそれでいいんだろうか?」
答えはすぐに出ました。
王子様は、お姫様が眠ったままになるのはいやでした。
だって、眠ってしまったらもうお話しすることも一緒に遊ぶことも出来ないのですから。
王子様は考えて、考えて、考えて…ある方法を思いつきました。
そして、ちょうど目を覚ましたお姫様にそれを提案しました。
「交代をしようよ」
「交代…? また?」
「似ているけど、前のとは違うよ。君は君の気が済むまでここにいて眠っていていいんだ」
「でも…それでは、いつ私が目覚めるかわからないわ。それに、もし長い時間眠ってしまって帰らなければ、お父様たちにばれてしまうし…」
「大丈夫…だから、交代だよ。君の眼が覚めるまで、僕が君になっているんだ」
王子様の提案にお姫様は驚いて目を丸くしました。
「大丈夫だよ。君の事は僕が守るから、君は君を守ることだけを考えていて?」
「でも…でも、もしばれてしまったら…」
フン、と王子様は勝気そうに鼻を鳴らしました。
その姿は、泣き出す前のお姫様と本当にそっくりでした。
「僕らが何回入れ替わっても何にも気付かないんだ、ちょっと長くなったぐらいじゃ気付かないよ」
「そう、かな」
「そうだよ」
お姫様は納得したようで、それでも申し訳なさそうに王子様を見ました。
「ゴメンね…ありがとう」
「どういたしまして……お休み」
そして。
王子様とお姫様は入れ替わりました。
王子様は、こう考えたのです。
このままでは、森の外のことに疲れてもう二度とお姫様が目覚めない日が来てしまうかもしれない。
なら、森の外のことに触れさせずに、その傷を癒せばいいと。
お姫様の傷は一つ一つは浅いけれど、彼女の全身にたくさんついたそれは見るからに痛々しいものでした。
全てを治すにはきっと時間がかかるだろうけど、それでもいつかは治る。
だから、いつかは目覚めてくれる。
そう、信じているのです。
そして王子様はお姫様になりました。
案の定、王様も、王妃様も、お城で働く人も、国民も、お姫様が王子様であることになど気付きませんでした。
誰一人として、お姫様が長い長い眠りについていることになど気がつかないのです。
誰もお姫様が王子様に成っていることなど気付かぬまま、日常を繰り返していくのです。
王子様はそれを見て人知れず笑いました。
笑って、笑って、笑って……笑いながら、泣きました。
僕は、あの子は……『僕たち』は、所詮その程度のものだったんだと。
―――――――――そして、王子様はお姫様が目覚める日を今も待ち続けているそうです。
目覚めるかどうかもわからぬお姫様を、お姫様のふりをしながら、ずっと、ずっと。
もうこのまま眠ったままなのではないかという不安と戦いながら、ずっと、ずっと。
ほんの僅かな幸せな時に見たその笑顔だけを耐える糧にしながら、ずっと、ずっと。
そう、今もなお……
王子様はお姫様のふりをし続けて、待っているのです。
……俺にその話を教えてくれたその人は、その青い目を細めて笑うと雑踏の中に消えていった。
この王国の酒場に偶然立ち寄っただけの旅人の俺に、その人が何故その話をしてくれたかは知らないけれど。
ん? 俺がよく知らない人を「その人」なんていうなんて珍しいって?
体系も顔も隠すようにローブを目深に被っていたんだからしょうがないだろう? 判別つかなかったんだよ。
……ああ、でも、そういえば。
フードの中から一瞬見えた髪の色は…確か、金、だったな。
まぁ、その人が誰だろうと俺にとっては関係ないんだけどね。
そうそう。最後にその人が言っていたんだ。
「ようするに、これは単なる御伽噺なのです」
ってな。
ま、酒飲み話には確かに向かないな。
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