新宿駅周りを根城にしてるとある個人タクシーの運ちゃんが 
今年一番稼いだ日には陸奥(みちのく)で大きな地震があった

その日運ちゃんは吉祥寺へお客を乗せた帰りで 信号待ち 突然の揺れ
気付いたら東京中が真っ暗になっていた

帰れなくなった人が歩道に溢れ出す
東京中のタクシーが出動しても追いつかない有り様で
ピストン輸送というよりは ピンポンの玉が打ち回されるように
運ちゃんはせっせとお客を運んだのさ

次から次へ疲れた顔の人
まったく眼が回るような忙しさの中で
「これでかみさんに指輪を買ってやれる」と運ちゃんは取らぬ狸のナントカでほくそ笑んでた

まだ肌寒い三月の東京の夜を幸運なお客を乗せて走りながら
運ちゃんの幸運な一日は更けていった


夜勤明けの運ちゃんがご機嫌で一眠りして目を覚ましたら
日本中が思ったより大変なことになっていた

運ちゃんは約束通り奥さんに指輪を買ってやった、サプライズのルビー婚式のお祝いに
奥さんはたいそう喜んだ

だけど運ちゃんは照れ隠しでもなく仏頂面でただじっとテレビを見つめて
「すまんなあ」とだけ誰にも聞こえないように呟いた

あの時もしも自分があそこにいたのならば
自分の車に乗せて一人でも多く高台へと
運んでやったのに、助けてやれたかもしれないのに
記念のルビーが何だか憎らしく光っていた

人の禍福とは本当に因果なもので
なかなかみんなが幸せになるようにはいきません
例えば誰かが一つ幸せになる影で 他の誰かが命を失うようなこともままあるわけです

何にも知らない奥さんがどうしたのあなたと問いかけるその時
運ちゃんは奥さんを力いっぱい抱きしめた


あれからこの国の経済はどうも自粛ムードで後退気味のようで
飲み会帰りにタクシーを頼むお客も減りました

寒い海で今なお続いている行方不明者捜索のニュースを聞きながら
運ちゃんは今日も新宿でお客を待っている

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

運ちゃんの一番稼いだ日

“あの日”に遭遇した、あるタクシーの運ちゃんの話。

もうすぐ二年なので今更ながらメモリアルとして書いてみました。
東京ではタクシー待ちの列がずらーっと並んでたという話を思い出して。

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投稿日:2013/07/28 22:37:29

文字数:807文字

カテゴリ:歌詞

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