ようやく体調が回復し仕事に復帰した僕を社長が待ち構えていた。
何の御用かは分かる。この前鈴木君が知らせた、とある大規模な計画のことに違いない。
社長は僕と鈴木君を社長室に通し、鍵をかけた。
「掛けなさい。」
社長は社員である僕に応接用の椅子に腰を降ろすことを許し、雰囲気が静まり返ったところを見計らい、呼吸した。
「もしかしたら、すでに鈴木君から知らされていることかもしれんが、本社の方で、クリプトン全支社が連携して行うプロジェクトが、既に進行を初めている事を聞いているかね。」
「はい。ある程度は鈴木君から知らせを受けました。かなり大規模な計画になると、メディアとの本格的な連携もあると、聞いています。」
知る限りのことを伝えると、社長は僅かに頷くような仕草を見せた。
「遂に、クリプトンはエンターテインメントをも手がける事となった。今までのような商品開発ではなく、その技術力を世界に示すパフォーマンスを行う。そのために、先ずは君の力が必要だ。」
「・・・・・・アンドロイドの開発でしょうか。」
僕の言葉に社長は即答することができなかった。
一瞬、繋がっていた両者の視線が脱線する。
「計画も始まろうとしていた直前に、なぜミクの採用を却下したのかは分からない。だが、我々は本社の要求に答えなければならない。ミクの件は、残念だった・・・・・・。」
社長は言い捨て、軽くため息を吐いた。
その反応に、僕は一瞬惑った。社長と反応を共にするか、それとも平常心を保つか。
ミクの盗難と言う事件の原因である僕は、社長の気持ちを真摯に受け止めることができない。
ただ、察することだけはできる。
「分かっています。」
「今回のプロジェクトで、クリプトンはアンドロイドによる世界的パフォーマンスを行う予定だ。通称『Project VOCALOID』人間と同じ姿を持ち、メディアに出演するタレント、歌手、俳優などと同じ活躍を続ける。そのために、クリプトンは全支社総出でアンドロイドの開発と、広告を担当しもらう。網走君。君にはアンドロイド開発で現場の指揮を担ってもらおうと思っている。設計はミクのものを利用して欲しい。今後君には別の研究施設への異動が待っているはずだ。どうかね。」
「お任せください。」
と、僕は小さく頭を下げた。
社長は脇に置いていた分厚いファイルを取り出し、僕の前に差し出した。
「申し訳ないが口に出すことは控え、後でこの書類に目を通しておいてくれ。」
「分かりました。」
「・・・・・・・それでは、今日のところはこれまで。今日中にはその書類は熟読しておいて欲しい。後に伝えることがあれば順次報告する。」
「はい。」
機械的な言葉で僅かなやりとりが行われた後、僕はファイルを手に社長室を退出した。
その時、疲労を感じた気がした。肉体的ではなく、精神的な。
◆◇◆◇◆◇
何かがおかしい。
いつもの僕であれば、こんな大規模なプロジェクトの一端を担う地位を任され、期待を掛けられれば、もう少し意気揚々としているものではないのか。
機械的な言葉を繰り返し、最後まで眉ひとつ動かさず社長の話に応じていた。これはいつもの僕の反応としては静かすぎるものであるし、社長もあんな淡々とものを語る人物ではない。
原因は言わずとも分かっている。ミクの廃案、破棄。失踪。そして、その直後にも関わらず本社は、ミクの技術を流用した新型アンドロイドの開発を僕に任せた。
どこで、誰が、一体何を考えているのか。ふとそんなことを想像してしまった。そして同時に、僕の脳裏にある二人の人物が現れた。
本社の人間であるランス・ウォーヘッドと、彼と親しそうにしていた、大佐と呼ばれる青年、世刻・エウシュリー・アイル。
無論、本社上層部でもないようなたった二人の人間が、こんな大規模なプロジェクトも立ち上げて全支社を利用することなど不可能だ。だが、あの二人が今後の計画に深く関わることは予想がついていた。正直、嫌な予感しかしない。
最も、僕のこの計画に余り乗り気ではない。折角ミクとの新生活が緩やかに充実し始めたこの時にこんな仕事が舞い込んできては、と思ってしまう。
少し、ミクに気をとられすぎているのではないか、それとも、僕の心の底には今だ、皆に多大な迷惑をかけた罪悪感が残っているのだろう。さしあたりそんな理由で、今僕のテンションは平行に走っているのだろう。
あれこれと考えながら研究室で書類の文面に目を通していると、僕の肩に誰かが手を添えた。
「先輩。」
と、小さく背後から声がかかる。僕と年の変わらない、まだあどけなさの残る声。
「やあ。鈴木君。」
「もうお体は、よろしいんですか?」
「ああ・・・・・・。」
「そうですか・・・・・・。」
彼もまた余りテンションが上がらないのか、鈴木君は静かに僕の前にある椅子に腰を降ろした。
「それ、例の計画の事ですよね。」
「うん。鈴木君も知ってる?」
「ええ・・・・・・僕も先輩と同じく、アンドロイド開発部の副主任に。異動先も多分先輩と同じではないでしょうか。」
「クリプトン技術開発研究所と・・・・・・みなも福祉特別支援センター。」
僕は書類に書かれた文字を呟いた。
「ああ、そこです。やっぱり先輩もそこでアンドロイド開発を。」
「みたいだね・・・・・・。」
テンションの低さ丸出しのため息混じりに言葉を吐くと、鈴木君もまた口を噤んでしまった。
「・・・・・・あの。」
「え?」
「彼女の様子は、どうなんですか?」
「・・・・・・。」
僕も口を噤んだ。自然な会話のはずなのに、どこか物哀しい感じが否めない。
「今は内部電源を使い果たしてスリープモードに入ってる。充電は考えて入る。でも計画が忙しくて相手にしてあげられる時間が少なくなるとすると、あまり寂しい思いはさせられない・・・・・・。」
「そうですね・・・・・・。」
また不自然なところで言葉は途切れ、沈黙が始まる。今は少し、状況が不安定なのかもしれない。
「今回は、本社の支援があるから、計画の方はうまく行くさ。」
一言付け加え、僕は書類の中身を読み進めた。
だが、その中にあったとある人名を見つけた瞬間、僕は慌ててもう一つ付け加えた。
「多分・・・・・・。」
「え?」
開発に参加する二十名の中に彼の名があった。
世刻・エウシュリー・アイル。正直、嫌な予感しかしない。
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