美しい緑髪(りょくはつ)の少女、「ミカエラ」は森の中を散歩していた、今日は仕事が休みで、クラリスも一緒に行こうと誘おうとしたのだが、疲れでぐっすり眠っていたので、起こさずにこっそりと出かけたのだ。
街で働き始めてもう数か月、街の空気にも少しずつ慣れてきたが、やはりミカエラは森の中の空気が好きらしく、休み以外でも、仕事に合間があると時々森に来ている、ミカエラは鼻歌を奏でながら歩いていた。
小石を飛び越え、木と木の間を潜り抜け、岩場から流れる小さな滝の水を飲んで、ミカエラはずんずんと森の奥まで進んでいた、この森にはまだ数回しか足を踏み入れていないミカエラは、冒険心や探求心で心がいっぱいだ。

「・・・・・?」
ふと横を見ると、木々の隙間から何かの建造物が見える、ミカエラは気になって近づいて見ると、それは真っ白な石でできた小さな神殿だった、周りの柱には蔦が伸び、石の階段の隙間からは草が生えていた。
もう放置されて何年もたっているのか、石碑には百数年前の誰かの名前が彫られていた、だが名前の部分は苔がびっしり生えていて全く読めなかった、ミカエラは恐怖心半分その石の階段をのぼる。
かなり古い階段だったので若干転びそうになったが、全てのぼって真っ暗な神殿の中を覗いてみた、すると妙なモノがミカエラには見えた、人間の後ろ姿に見えるのだが、下半身が薄れていた。
ミカエラは逃げ出したい気持ちもあったのだが、好奇心に負けて足音をたてないようにゆっくりと近づく、しかし床は小石だらけなので、不意にミカエラは小石を蹴ってしまい、小石の転がる音に気づいたのか、ソレがミカエラの方に振り向く。
ミカエラは近くでソレを見て声は出なかったが驚いだ、ソレは人間の形をしているのだが、髪の色や瞳の色がクラリスそっくりの、白い髪に赤い瞳、ミカエラは声をかけずにはいられなかった。
「・・・・・あなたは・・・?」



「・・・・・。

俺はな・・・・・

 お前たち一族に殺されたんだよ。」

「・・・え?」

「・・・・・その顔だと、何も知らないみたいだな、なら教えてやろう、こんな所に生きている『人間』が来るなんて珍しい事だ、俺も退屈していたんだ、まぁ聞くだけ聞いてくれよ、今から俺が話す事を『真実』と認識するのか、ただの俺が作った『戯言』だと認識するのかはあんた次第だがな。

 昔、まだこの国が創立されて間もない頃、俺達『ネツマ族』は魔術に長けた一族で、この国を裏でずっと支え続けてきたんだ、困っている人を助けるのが使命であり、宿命でもあったんだ。
 俺達のおかげもあってか、この国は他の国に劣らない、大きな大国になり、武力も資源も豊富になった、国の人々は俺達に感謝してくれて、沢山のお礼の品を貰う事もあったな、それで俺達は生計を立てていたんだ。
 だが、国が大きな大国になって間もない頃、誰かがこんな事を言い出した、『緑の髪の人間がこの世界で一番偉い』、『緑の髪の人間は一番神の恩恵を受けられる』、そんな人間の作った戯言は、少しずつこの国に伝染していった。
 そんな戯言がこの国中に広がった頃だった、緑の髪ではない者たちが、他の国に一人、また一人と旅立ってしまったんだ、そうして少しずつだが、この国は緑の髪の人間が多くなっていた。
 昔は紅い髪の人間もいたし、黒や茶色や青や黄色い髪の人間もいたんだが、気がついた頃には、この国で唯一緑色の髪ではない人間は、俺達しかいなくなってしまった、だが俺達はこの国から出る気は無かった、この国は俺達の先祖が守ってきた国でもあったし、何よりこの国の自然が好きだったからな。

 だが、この国が創立されてから百数年が経ったある日の事だった、俺達はいつものようにこの国の平穏を此処で神に祈っていたら、この国の兵士達に取り押さえられてしまったんだ、そしてネツマ族は女も子供も含めて全員、白の牢屋に監禁された。
 最初はすぐに解放されて、元の暮らしに戻れると思っていた、だが牢屋に入れられて次にその牢屋から出されて向かったのは、王族や貴族達が取り囲んでいた処刑台だった、そして俺達には何も教えられないまま、俺達『ネツマ族』は全員処刑された。」
ソレは立ち上がって、ミカエラの方に振り返り、自分の首を指差した、その首には真横に真
っ直ぐな紅い線のような模様があった、ミカエラは思わず口に出を当てた、そしてソレはミ
カエラの方に歩み寄り、すり抜けて神殿の入り口で立ち止まって空を眺めていた。

「亡霊になってから分かったんだが、俺達ネツマ族を処刑した理由は単純だった、ただ『怖かった』だけだったんだ、いつか俺達がこの国の実権を握るんじゃないかと王族達は危惧していたんだ、俺達にそんな気は微塵も無かったんだがな。
 俺達の魔術の力は、『実は自分たち王族達が教えた事』だって戯言を国中にばらまき、それでも物足りなくなった王族達は、『ネツマ族の人間達は魔術を使ってこの国を破滅される気だった』なんて戯言までばらまいたんだ。
 その王族が作った戯言達を、この国の民衆たちは全て信じたんだ、まぁ王族に逆らったら俺達と同じ末路を辿るかもしれないしな、民衆たちを否定する気にはなれないがな、こうしてこの国の人の殆どは、緑色の髪になって、逆に言えば緑色の髪以外の人間はよそ者にして、白い目で見るような風習ができたんだ。
 
俺は最後のネツマ族長でな、処刑されたネツマ族全員を無事に天に送る事はできたんだが、俺はどうしても天に昇る事ができないんだよ、だからずっとこの神殿で一人、まだこの国の平穏を祈っているんだ。
 色々あったが、やはりこの国が好きなんだ、だからせめてこの国が終わるまでは、此処で国の平穏を祈っているんだ、ちなみにこの神殿も立ち入り禁止だったんだが、時が経ってもうこの場所を知る者は俺しかいない。」
話を終えると、ネツマ族族長はミカエラに近づいて、ミカエラの目の前で止まり目を合わせ
た、ミカエラの心は複雑な気持ちで一杯だった、罪悪感と恐怖で満ちてしまったミカエラの
体は無意識に震え、泣き顔になっていた。
そしてその空気に耐えきれなくなったミカエラは、思わず神殿から飛び出し、森の中へ消え
でしまった、ネツマ族長は小さくため息をつき、逃げて行くミカエラは静かに見守りながら、
その場で座り込んだ。
「人の話は最後まで聞けよ、俺だって聞きたい事があったのにさ。
 
 あの時唯一、神殿に行かなかったネツマ族がいたんだ、その女性は子供を身籠っていて、悪阻がひどかったから家で安静にしていたんだ、その女性だけは兵士達に捕らわれず、俺達が処刑された丁度その日に、子供を無事に出産した。
 後から調べたんだが、その子供の名は・・・確か・・・『クラリス』だったか、そいつがまだこの国にいるんだったら、『この国から去ってほしい』と伝えてほしかったんだが・・・。」

その後、この神殿は他の国から来た兵士達によって壊され、ただの開けた土地になってしま
った、ミカエラはこの事をクラリスに伝えられなかった、伝える勇気がなかった、そしてその記憶を誰にも知られぬまま、底へ落ちていった。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

血塗られた白ノ一族

今回は悪ノ娘のショートストーリーに応募させていただきました!
またネタが浮かんだら投稿しようと思います。

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投稿日:2018/08/25 21:49:57

文字数:2,938文字

カテゴリ:その他

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