二度目のターン。やはり先手は亜紀のドラゴンであった。
「まあ、こんなものかな」
 亜紀は、基本的ながらも威力の高い攻撃を選択した。
 貴志子も対戦の経験が無いだけで、ゲーム自体はやったことがある。亜紀の選択した攻撃では、致命傷には至らないだろうとホッと胸を撫で下ろした。だがその予想は大きく外れてしまった。
「ええぇ! なんでこんなに減っちゃうの!」
「じゃあ解説するね」
 亜紀は言いたかったんだよと言わんばかりに胸を張り、自分のとった戦略の説明を始めた。
「私の中年ドラゴンはね。特性で毒状態だと攻撃力が上がるんだよ。さらに、今の攻撃は体力が減っているほど威力が上がる技なの。今の状態だと、通常と比較して2倍近い攻撃力になってるから気をつけてね」
「そ、そうなんだ……」
 貴志子は亜紀とマジモンに対する認識の甘さを思い知った。まさかここまでディープだったとは。最初の毒ブレス、あれは返されようが、そのまま敵に当たろうがどちらでも良かったのだ。最初のターン、亜紀はまさにどういう行動をされようが対処できるような行動を取っていたのだ。貴志子は亜紀の先読みに、素直に感心した。もしかしたら亜紀が将棋やチェスなどをやりこめば相当の腕前になるのではないだろうか。
 
 対戦は、結局その後も亜紀のドラゴンが先手を取り続け、貴志子は目標である一匹撃破を達成できなかった。
「うーん。全国四位の実力、恐れ入れました」
「ありがとう。でも、あそこで突風攻撃を出してくる辺り、貴志ちゃんもセンスあるよ」
「あはは、私は別にいいかな……」
 センスがあると言われても、ちょっと困ってしまう。貴志子は苦笑した。
 貴志子と亜紀、二人の会話が少しだけ途切れた。それを待っていたかのように、威勢の良い声が割り込んで来た。
「アッキーさん、対戦お願いします!」
「アッキー?」
 貴志子はまさかと思い、亜紀の顔を窺った。それを見た亜紀は、軽く頷いて返した。
「うん、私のことだよ」
「そうなんだ」
 全国大会4位入賞という実力と亜紀のルックス、さらにこの場に集まっている人間の7割以上が男性ということを考えると、亜紀の知名度が高いだろうということは容易に察することが出来た。
「貴志ちゃん、ゴメン。ちょっと待ってて」
「大丈夫。気にしないでゆっくり対戦してよ。私もちょっと腕試しに対戦してくるから」
「ありがとう」
 貴志子を一人にするのではないかと気にかけていた亜紀にとって、その言葉は安心できるものだった。もちろん、それが自分を気遣っての台詞だとは分かっている。それでも亜紀の心は幾分軽くなった。
「亜紀に貰ったモンスターで頑張ってくるから」
 貴志子は亜紀と別れ、空いている対戦テーブルを探しに歩き出した。
 この場所では、負けた人間が場所を退き、勝った人間が居残るという方法をとっているようで貴志子はすぐに対戦のテーブルに着くことができた。 
「お願いします」
 貴志子は対戦者に軽く頭を下げた。貴志子より少し若い。高校生だろうか。いかにもゲームやりこんでいますといった風貌に、ちょっとだけ不安がよぎる。勝てるのだろうか? 亜紀から貰ったモンスター、亜紀には簡単にやられてしまったけれど……。貴志子は下手なプライドを捨て、貰ったモンスター三匹に全てを託した。

 結果は―――強かった。恐ろしいほどに。対戦相手が全く歯が立たないくらいに。個々の力も強いのだが、三匹の組み合わせがとにかく強力なのだ。誰かが負けてもそれをフォロー出来る組み合わせ。三匹がそれぞれを支えあっていた。
 一人、二人……、貴志子はその後も連戦連勝で、周りには負けた人間による人垣が出来始めていた。貴志子の周りでは、賞賛や嫉妬の声が囁かれる。そんな中、当の貴志子は勝つ喜びに目覚めていた。勝つことがこんなに気持ちの良い事だったなんて。しかしそれも束の間、勝ちすぎて逆に冷静に頭が回り出す。一体いつまで対戦しなければならないのかと。

「次は、わいの番やで!」
 何人目かの挑戦者。彼の登場にまわりが急速にざわめき出した。
「あいつは!」
「終わったな……」
 貴志子も周りの空気が変わったことに気が付いた。一体なんだというのだろう。
「貴志ちゃんーーー! お待たせ!」
 対戦テーブル周辺は異様な空気であったが、そんなものどこ吹く風で、人垣を掻き分けながら亜紀がやってきた。 
「ギャラリー凄いね。強いでしょ、私のモンスター」
「うん。凄かったよ。それより――――」

「なんや、アッキーの知り合いかいな!」

 貴志子の目の前に立つ挑戦者、彼の声を聞いた瞬間、亜紀の表情が変わった。
「ゼロ……。あなたも来てたのね」
「当たり前やろ。限定モンスターいるっちゅうねん。そんなことより、その子。アッキーの友達か何かか? えらい強いって噂がバトルブース中で囁かれてんで」
「だったら何よ」
 亜紀は貴志子を守るように前に立った。
「強い相手がおったら対戦する。これ、マジモンプレイヤーの常識やで」
「……分かったわよ」
 亜紀は貴志子の後ろに回った。あくまで対戦するのは貴志子だということだ。
「貴志ちゃん、気を付けて。彼は、マジモンの日本チャンピオン。全国大会の準決勝で私を倒した人よ」
「彼が、マジモンの日本チャンピオン……」
 おちゃらけた態度からは想像できない。それでも亜紀がそうだと言うのだから、そうなのだろう。
「古城零や。よろしゅーに」
 零は慣れた手つきでゲームの準備を始めた。
 その隙に、貴志子は亜紀に小声で話しかけた。
「亜紀、大丈夫なの。この三匹……」
 この三匹はまさに零に負けた三匹であろう。これでは最初から勝負が決まっているようなものだ。貴志子が不安になるのも無理はない。
「五分五分……かな。貴志ちゃんのモンスターの出し方次第だよ」
 亜紀の答えは、戦略次第ということだった。
「ほな、いくでー」 
 零の掛け声でゲームが始まる。
 緊張が高まる中、二人の先発モンスターが出現する。二人の出したモンスター、それはなんと同じモンスターであった。貴志子は亜紀とのバトルを思い出す。まさにあの時の再現、ゲーム機には二匹の中年ドラゴンが表示されていた。
「貴志ちゃん気を付けて。ゼロの中ドラは―――」
「外野は黙っとき!」
 アドバイスを言おうとした亜紀が零に一喝された。亜紀は何か言いたそうにしながらも、渋々口を閉じた。確かに何か助言を与えるのはフェアではなかった。

 貴志子は考える。亜紀との対戦では、相手のペースでズルズルといってしまい、その結果惨敗だったのだ。ならば! 貴志子は行動を入力する。既に零は行動の入力を済ませているため、止まっていたゲーム画面が動き出す。
 先手を取ったのは貴志子のドラゴンだった。取った行動は攻撃力を大幅にアップさせる技。敵を早く倒すには、大きな攻撃力が必要だ。基本に忠実だが、それゆえに効果的な行動だといえた。
 次は零のドラゴンの番である。こちらの行動は雷系の攻撃であった。これにより貴志子のドラゴンは軽いダメージと状態異常麻痺を受けてしまった。麻痺状態では素早さが落ちる。貴志子のドラゴンは素早さで勝っていたのに、これで先手というアドバンテージを失ってしまった。
「ゼロ、やっぱり強いわね」
 亜紀の見立てでは7対3で零が有利だ。亜紀が対戦したときも、雷系の技で素早さを殺され、後手後手に回ったのが敗因だった。このままでは貴志子もその二の舞になるだろう。しかし麻痺を治す手段がない以上、貴志子には攻撃するしか手段がなかった。

 注目の二ターン目。貴志子は亜紀も使っていた体力が減っているほど攻撃力が増すという例の攻撃技を選択した。最初はそのような性質を持っていると知らなかったが、それを知っていれば戦略に組み込める。次の先手が零のドラゴンなのは、ほぼ確実。ならば、そこでさらに体力が減り、一ターン目の攻撃力アップの効果+体力減少威力増の攻撃で大ダメージが期待できる。
「フフフ、なかなかおもろい勝負や」 
 零は余裕の笑みを浮かべた。まるで全てお見通しだと言わんばかりに。
 二人が行動を入力し終え、ゲーム画面の二体のモンスターが動き出す。先に動いたのは、なんと貴志子のドラゴンであった。
「まずいわ……」 
 亜紀の囁き、それが全てを物語っていた。
「甘いで嬢ちゃん」
 画面上では攻撃を仕掛けた貴志子のドラゴンに、零のドラゴンがカウンターで攻撃を決めていた。カウンター攻撃、名前が示すとおり物理タイプ専門の返し技攻撃だ。貴志子が使った突風と似たような技だが、返せる技が極端に少ない。そのため使いどころを見極める必要があるが、決まれば相手の攻撃力に自分の攻撃力を上乗せできる恐るべき技だ。
 零のカウンター攻撃、これは強烈だった。貴志子の上がりに上がった攻撃力が逆に仇となる。貴志子のドラゴンのライフゲージがどんどん下がっていく。あわや一撃ダウンかと思われたが、貴志子のドラゴンはかろうじて生き延びた。
「くぅぅぅ……」
 貴志子は行動の先を読まれたのが悔しくてたまらなかった。普段の貴志子ならばゲームに熱くなったりしない。しかし、先程まで連戦連勝を続けていたのがまずかった。貴志子もバトルの醍醐味、勝利の味を覚えてしまったのだ。
 貴志子は無い知恵を絞り次の行動を選択する。先手を取れない以上、次のターンが始まれば貴志子のドラゴンはダウン必至だ。貴志子が選択したのは、直前のターンと同じ行動。もし、零の攻撃が外れれば相手を一撃でダウンさせることが可能かもしれない。貴志子は僅かな可能性に賭けた。
(頑張ってよドラゴン。伊達に年取ってんじゃないんだから、亀の甲より年の功でしょ)
 貴志子は心の中でドラゴンを応援した。貴志子の心の声が届いたかは定かではないが、画面上の中年ドラゴンの目が怪しく光った。しかし誰一人、当の貴志子本人ですらそれには気が付かなかった。
「ちょっと本気出しすぎてしもたか」
 零は普通に攻撃が決まればノーダメージで一匹撃破となる。完全に一匹分のアドバンテージを得れば勝利に限りなく近づくと言えた。
 二体のモンスターが三度ぶつかり合う。大方の予想通り、先手は零のドラゴンであった。
「この勝負もろたで」
 零のドラゴンが貴志子のドラゴン目掛けて火球を吐き出す。命中力の高さがウリの攻撃だ。この局面では確かに最善手と言えた。勝負あったかと思われた攻撃であったが、なんと貴志子のドラゴンはこれを避けた。いくら命中力の高い攻撃であっても外れることはある。しかし、この局面でそれが起きるなど、とんでもない強運であった。
「いけドラゴン!」
 貴志子の叫びに呼応するかのようにドラゴンが動き出した。大きく開けた口から黒色の光線が発射される。こちらの攻撃は命中した。それも急所に、上げに上げた攻撃力がいまこそ発揮される。零のドラゴンのライフゲージがみるみるうちに減っていく。
「な、なんやて!」
 零が慌てるのも無理は無い。この攻撃で零のドラゴンは一気にライフゲージを0まで持っていかれた。零のドラゴンが力無く倒れ伏す。これにはギャラリーすら息を呑んだ。このような展開を予想していたものは誰一人いなかったのだ。
「まだや。まだ、終わったわけやあれへん。勝った気になるんやないで!」
 幸運の女神は貴志子に微笑んだ。だが零とてマジモン日本チャンピオンの称号を持つ男。これで終わるとは思えない。零の表情からはいつの間にか笑みが消えていた。
「いくで」
 零は二匹目のモンスターを場に出した。そして二度目の対戦が始まった瞬間、またもギャラリーが沸いた。貴志子のドラゴンの麻痺が自然回復したのだ。
「こりゃまずいで……」
 貴志子のドラゴンの素早さが高いのは先刻承知済み。零は、このターンでこのモンスターも倒されると悟った。万事休すであった。
 そこから先は、説明するまでも無く貴志子のターンであった。零の残り二体のモンスターは貴志子のドラゴンの先手を取ることも、さしたる対抗手段を出せるわけでもなく倒れていった。
「納得いかんな……」
 零は中年ドラゴン一匹に全てのモンスターを倒されたのがよほど応えたのか、言葉少なにその場を去っていった。
「何だか悪いことしちゃったわね」  
「うーん。ちょっと気になるかな」
 一部始終を見ていた亜紀は納得いかない表情で貴志子を見つめた。
「何が気になるの?」
「貴志ちゃんの中年ドラゴンのパラメータがちょっとね……。でも私のあげた中年ドラゴンだし、そんなはずないのよね」
 亜紀の言葉に貴志子の背筋が寒くなった。嫌な想像が頭をよぎったのだ。
「私、ちょっとトイレ!」
 公式戦ではないが、チャンピオンの敗北を目の当たりにし大騒ぎのバトルブースから、貴志子は逃げるように駆け出した。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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Double 7話

閲覧数:120

投稿日:2010/05/21 22:58:13

文字数:5,281文字

カテゴリ:小説

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