帯人が我が家を訪れてから、数日が経った。
毎朝、帯人の包帯を巻き直してあげるのが私の日課だ。
まだちょっと恥ずかしいけれど。

彼はボーカロイドなのだから、包帯なんて巻かなくていい。
本当はそうなんだけど、帯人は包帯をよっぽど気に入ったみたいで
決して解こうとはしなかった。
「なぜ?」って聞いても、答えてはくれなかった。

帯人の包帯を巻き直して、支度をすませて、私は家を出た。
一人で残しておくのは、すごく気がかりではあるけれどしかたない。
学校にボーカロイドを連れて行く人は、基本的にはいないから。
扉を閉めるとき、隙間から見えた帯人の顔はとても寂しそうだった。
…おみやげに、アイスでも買ってあげようかな。


私はクリプト学園に通っている。
学費は基本的にはいらない。
学生の出費は政府が全部、負担してくれるのだ。
あたりまえだけど、部費は別。個人出費が基本なんだ。
それに入学だって簡単。
学生証の申請をすれば、誰だって学生として一年生から入学することができる。
だから同じ教室に、ときどき大人の人が混ざっていたりする。
まあ、大学兼って感じの高校だから。

私が席に着くと、前の席のポニーテールの子が振り向いた。

「おはよー雪子」

「ネルちゃん、おっはよー」

彼女の名前は亜北ネルちゃん。この学校に通う同級生だ。
得意なことは…授業中にバレないようにケータイでメールすること。
あとはケータイでいろいろできるらしい。…いろいろってなんなんだろ?

今度は隣の席から、声をかけられた。

「おはよう。雪子ちゃん」

「おっはよう!ハクちゃん」

彼女は弱音ハクちゃん。長身銀髪でスタイル抜群。
文化祭で、男装させたらめちゃくちゃ似合ってて、女子が殺到して大騒ぎになった。
「男装の麗人」なんて言われちゃってる。本人はかなり困ってたけど。

「ねー、今日のニュース見た??」

亜北ネルがなにやら真剣なまなざしで尋ねてくる。
私は首を横に振ると、「えーマジでー」なんて言われてしまった。
眉間にしわを寄せる私を、ハクはくすくすと笑う。

「昨日のニュースでさ、また嫌な事件があったじゃない」

「もしかして、昨日の殺人事件のこと? 串刺しとか…」

「そう!それ!
 今日のニュースで言ってたんだけどさ、実は被害者の男性、
 ボーカロイド・バイオレンスだったらしいよ」

「…」

(ボーカロイド・バイオレンス。通称VV。
 ボーカロイドに対する暴力行為のことだ。最近、そういう人が増えているらしい)

「最悪だよねー。きっとそのボーカロイドが復讐したんだよ」

「復讐って…」

復讐なんてボーカロイドはするんだろうか。
ロボットは人間に忠実に作られていると、聞いたんだけど。

今度はハクが言う。

「そんなことして、なにが楽しいんでしょうか…」

「ボーカロイドにだって嫌がる権利があればいいのにね」

私の返答にネルはため息をつきながら言う。

「無理よ」

「え。なんで?」

「ボーカロイドっていうのは、心がないの。自律できないの。
 そういうものに権利を与えても、きっと行使なんてしない。
 …たぶん、できないと思う」

(…違う。帯人はちゃんと笑ってくれるもの。心がない、だなんて…。そんなこと…)

「そんなこと、ない!!」

思わず声が大きくなってしまった。教室が一瞬、静まりかえる。
妙な空気になってしまったところに、ネルがクラスのみんなにむかって

「ごめん。気にしないでー♪」

と言ってくれた。
そのおかげで、静まりかえった教室は再びにぎわいを取り戻していく。

「ごめん」

私が謝ると、ネルは笑った。

「こっちこそ、ごめんね。変なこと言っちゃって」

ネルは荒っぽく私の頭をなでた。
私はそのとき、本当に小さな声で言葉をもらした。

「私は、ボーカロイドにだって、心はあると思うの」

その言葉に、ネルは嬉しそうに笑った。ハクも笑った。

「雪子がいてよかった。
 そういうことを心から言ってくれる。そういうの、超嬉しい。
 世の中にあんたみたいなのが、たくさん増えればいいのに、ね」

ネルは二カッと笑った。
私はネルの言葉が嬉しくて、ネルを直視できなくて、黙ってうつむいていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡 第04話「クリプト学園」

【登場人物】
亜北 ネル(あきた ねる)
 ポニーテールの女の子。ケータイを何機も持ってるらしい。
 なんに使うんだろ…?

弱音 ハク(よわね はく)
 スタイル抜群。同い年のはずなのに、ときどき酒を飲んでいる。
 嫌いな物は緑。理由は不明。

【単語】
ボーカロイド・バイオレンス
 通称VV。
 ボーカロイドに対する暴力行為。社会問題になっている。

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投稿日:2008/11/02 11:21:18

文字数:1,766文字

カテゴリ:小説

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