[魔導国家ジャッロの城下町]
ジャッロ城に併設される教会の鐘塔時計が午後7時を示していた頃、民が住まう城下町にはガス灯の明かりが点いている。ガス灯が放つ明かりは、美しい夕陽のような暖色で夜の町を彩っており、古き良き時代のロマンを演出するのだ。
過ぎ去った時代を彷彿とさせるジャッロの城下町を、闇のセカイに属する者が歩んでいた。闇が目指す場所は教会の鐘塔であった。
甃の道を黒色のブーツで早足に歩ませる闇は、身長が約158cmある。自身の姿を漆黒色のロングコートへ包み、周りに露見されぬようフードで頭から顔を隠していた。僅かではあるが、フードの中から時折、見せるのは琥珀色に輝いた、縦に長い瞳孔を持つ獣の瞳。
闇の者がする全身黒尽くめの格好だと、暖色の明かりが灯る城下町で浮いた存在になるのだが、不思議なことに誰もその存在には気付いていない。
まるで影のように人混みに紛れ、目的地へと足を進ませる闇の者へ、なぜか…誰一人と関心を示さないのである。
「…………」
目的地へ近付いてきた闇の者は静かに足を止め、ジャッロ城のバルコニーを見上げていた。夜の時間帯だが、闇の者は城のバルコニーの屋根に無数の烏(カラス)たちが留まっているのを理解した。
すると突然、闇の者は霧のように姿を消したかと思えば、瞬時に教会の鐘が在る塔の上へと着いたのだ。
「おやおや……貴女様が来られましたか? フォフォフォ…クフフフッ……」
闇の者がこの塔へと来た目的は、ジャッロの王室で大臣を務める老人、カムパネルラに用があってのこと。どうやらカムパネルラは、教会の鐘に何かしらの細工をしていたようだ。
老人のカムパネルラに対し、闇の者はこう言った。
「テメェ…また遊んでんのか……?。それによ……笑いかたに癖がでてるぞ…………」
闇の者が発した声は少女のものであった。容姿は解らぬが、この漆黒の闇は閑散とした荒々しい口調を用いる少女である。
「おっと! それはいけませんね……フォフォフォ。さて、闇のお嬢さんや。このわしに、なにか用がおありですかな?」
カムパネルラは闇の者に対し、態とらしく演技をしているかのような応対で話を進めだした。
「マザリアがテメェに早くよ……イビルマリスを溜めろと言ってきやがったぜ……。オレはそれを伝えるためにきたんだ…………」
「催促で御座いますか……。ご心配なさらずとも、今はこのカムパネルラが、極上の混沌に満ちた品を献上しますとお伝えくだされ」
そう言ったカムパネルラは、闇の者が放つ影へ身体を重なるようにしたあと、薄気味悪い不敵な笑みを浮かべる。笑みで閉じていた細い目を開くと、カムパネルラの瞳も琥珀色に輝く、獣の瞳孔を持っていた。
「わざわざ伝言を伝えるために……帰るのは面倒だ……。オレは……ことが終わるまで、このセカイに留まるよ……」
「フォフォフォ、異世界観光で御座いますかな?。まあ、邪魔だけはしないで下さいね。でないと……極上のイビルマリスは手に入りませんのでな……」
「わかってる……じゃあ、オレは行くとするわ……。なにか……変わったことが起きたらよ……連絡するぜ……。あっ、どうやらこの近くに……ネズミが潜んでるな……」
少女の声で閑散とした荒々しい口調をする闇の者は、用件を告げたあと塔の上から飛び降りていき、その姿を消した。教会の鐘を前にして、一人で残る老人はこう言い残すのだ。
「なんだかんだで……貴女は頼りになりますなぁ……ザッツネ……」と言ってカムパネルラは、塔の向こう岸に在るバルコニーへ顔を向けていた。
同時にザッツネと発した言葉。それがカムパネルラの前に現れた、闇の者の名前である。
「…………」
女王の間から外に出れるバルコニーに潜んでいたのは、召使のレオナルドであった。
魔法の力でヒトから動物へと姿を変え、屋根の上に留まる烏たちに紛れていたが、それを闇の者へ見抜かれていた。
レオナルドは思わぬ事態への焦りで、屋根の上から飛び立っていくが、鐘塔に一人残るカムパネルラは行動を起こさなかった。
ただ不気味に笑いながら……闇が生む……漆黒の影から……城下町を見渡すだけなのだ………………。
G clef Link 元騎士団長5
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