武器よさらばじゃ 記憶P


「おじいさん、お元気でしたか?」
「おお、来よったな。茶でも入れるけん、その辺に座ってくだされや」
「お構いなく」

茅葺の古屋の座敷。
いろり端に荷物を置いて腰掛け、僕は老人の入れてくれた茶をすすった。

「先日は【かやく】と言うものを作ってみましたわい」
「ほほう、火薬ですか。どういったものが出来たのですか?」
「火を付けるとじゃな、ポーンと燃えるのじゃ。
 ゆっくりとではなく、何と言うか、爆発的な燃焼じゃ。
裏庭の犬小屋が吹っ飛びましたわい。ポチはいま、どこにいるのやら」
「それは大変ですね」

長年の畑仕事で顔に刻まれた深いしわが、古老の年齢をうかがわせる。
彼は昔の日本人の着物っぽい衣服であり、スーツ姿の僕とは対照的だ。
村から出た事がない、いや、一生出たくないと言う老人は、奇妙な能力を持っていた。

IQが異常に高いのだ。

僕の仕事は、異世界の探索だ。
高度に発達した僕の住む地球では、もはや戦争もなく、人々は飢える事も無くなった。
ついに人類は究極の平和を手に入れたのだ。
しかし、人間の探究心は留まる事を知らない。

ワープ航法も開発され、高度に進化したそれによって
人類は宇宙の隅々までの探索を終えた。
そして、ワープ航法の研究の過程で生み出された異世界への転送技術は、
僕たちの存在する宇宙ではない、数多くの別世界の存在を教えてくれた。

僕の仕事は、その様々な異世界を調べまわる事だ。恐竜ばかりの世界もあった。
僕たちの世界よりも遥かに進んだ世界もあった。桃源郷すら存在した。

しかし、僕が好きなのはこの老人の住んでいる世界だ。

数個の村だけで占められているここは、どう進化したのかさっぱり分からないが、
昔の日本の田舎をそのまま切り取ってきたようなところだ。

実に居心地がいい。

仕事の疲れを癒してくれる、新婚である僕に、この場所は可愛らしい妻とのひと時とは
また違った至福の時を与えてくれる。
まるで、もう亡くなってしまった田舎の祖父母の元を訪れたかのような懐かしさを、
ここでは享受出来るのだ。


最初にここを訪れたときに、僕はこの世界をただのつまらないところだと思っていた。

平凡で何も無い、普通の田舎だ。
偶然話しかけてきた老人が、収穫した野菜を板に載せて、
紐で引き摺りながら家に持ち帰る姿を見て、僕は、ここには車輪が無いのですねと、
つい言ってしまった。
それはなんだと問う古老に、僕は車輪と言うものを説明した。
老人は頷きながら話を聞いていた。

驚くべき事にその次に訪れた時に、老人はすでに車輪を完成させていて、
野菜の運搬に使用していた。
僕は彼の頭のよさと行動力に感心して、クイズという形で、
彼にIQテストを受けてもらった。
結果は、IQが400という、驚くべきものだった。

彼に【電池】の話をして帰ると、次の時にはもう老人の家には電灯がついていて、
彼の出してくれた古い酒で僕たちは深夜まで飲み明かす事が出来た。
天才、と言うのが、僕が彼に下した評価だ。
僕は彼に、僕たちの村に来て色々な物を作ったり、調べたりしたりしませんかと勧めた。

異世界どうたらという説明はややこしく、
この村から出た事がないと老人が言った言葉を信じて、
僕は隣村から来た事にしてあった。

老人は、村から出たくないと言い張った。
村から出ると良くない事が起きそうな気がすると言うのだ。

だからあんたはちょこちょことここを訪れて、
また、ワシの知らない物の話をしてくれと言ったので、僕は諦めた。

無理やり地球に連れ帰っても、いい結果は出ないだろうと思ったからだ。
この人はここで暮らすのが幸せなのだ。先もそんなには無いだろうし、
むしろ彼がここにいて、僕にひと時の安らぎを与えてくれる方が、
僕には都合が良かったのだ。
 

「おお、そうじゃ」
「どうかしましたか?」

古老は、隣の部屋に行くと、木で出来た箱を持ってきた。
コードがずるずるついてくる。

「先日の話で出た、【ぱそこん】という物を作ってみましたわい」
「パソコン、ですか?」

壁にいつの間にか備え付けられていたコンセントに、
箱から伸びているコードを繋ぐと、パソコンが動き出した。

「【ねっと】とやらは無いのでな、
 【じゅんかい】とかいうものは出来んのじゃが、
取り敢えず、ワシの【ぶろぐ】を作ってみましたわい」

手作りのキーボードを叩いて、老人は画面を出した。
本人に似た、ひげ面のアバターが手を振っていた。

凄すぎる。

天才の域を超えている。僕は少し不安を覚えた。
もうあまり頻繁にここには来ない方がいいのかも知れない。
この人は、知り得た物を直感だけで作ってしまうからだ。

「お茶をご馳走様でした。
さあ、僕は、今日は、あまりゆっくりしていられないのです。
次に行くところがありますから」
「そうか、寂しいのう。また寄ってくれや」
「ええ、また来ます。また、飲み明かしましょう。
今度は僕が隣村の美味い酒を持ってきますからね。
期待してくださいね」

「うれしいのう」


僕は、老人の家を出て少し離れたところで、
地球に戻るために転送機械をポケットから取り出して、スイッチを押そうとした。
おおい、と大声がして、僕は振り向いた。

「忘れておったわ。これを返すのを」
「何か忘れ物でもありましたか? おじいさん」
「そうじゃ、あんたが何回か前に来た時に忘れていった物じゃ」

渡されたのは、小さなポケットサイズの辞典だった。
老人に新しい物の話をする時の参考にと、地球から持っていっていたのだ。
普段使わない物なので、僕は辞典の存在そのものをすっかり忘れていたのだ。

「どうもすみませんでした。それでは失礼いたします」

辞典を受け取り軽く会釈して、僕は村外れに向けて歩き出した。
転送装置を使っているところを、老人には見せるわけにはいかないからだ。

「気をつけてな。
 ああ、思い出したが、今頃、隣村ではちょっとした騒ぎがあるかも知れんよ」

「どう言う事でしょうか?」

立ち止まり振り向いた。少し悪い予感がする。


「その辞典じゃ。それには今まであんたが話してくれた事以外にも、

 ワシの知らん事がいっぱい載っておった。

 面白かったぞ。

【てんそう】とやらの技術もあった。【かやく】で起爆する【げんばく】、

そしてそれで起爆する【すいばく】とやらも載っていた。

そこでちょっとしたイタズラを思いついたのじゃ。

先日あんたが隣村から来た時に、

【まーかー】をあんたが気付かない時にこっそりつけたのじゃ。

それでさっき、あんたが来た後で、あんたがいつもいる隣村に、

【すいばく】を【てんそう】したのじゃ」


僕は震える手から、辞典を取り落とした。


「もう爆発していてもおかしくは無いのじゃが、音が一向にせんのじゃ。

どうやら不発だったみたいじゃな。

隣村の犬が心配だったのじゃが、どうやら杞憂だったみたいじゃの?」



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

武器よさらばじゃ

戯言です。過去作です。

一応続きもあるのですが、未完なので・・・

感想など頂けましたら、ありがたいです。

閲覧数:144

投稿日:2011/02/04 17:11:00

文字数:2,983文字

カテゴリ:小説

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  • 背黄青_もみじP

    背黄青_もみじP

    ご意見・ご感想

    読ませていただきました!
    すごいです!!セリフの数と解説の数のバランス良いです!!
    私はどうしても説明下手で・・・内容も結構惹かれましたよ!
    おじいさんの送った水爆と隣村がどうなったのか気になります・・・!
    しかし未完かぁ・・・あ、私の(ブログの)も未完だわwwww

    ではっ!

    2011/02/06 16:52:24

    • 記憶P

      記憶P

      >背黄青様

      うぉぉぉ、読んでもらえたw

      嫁さん以外に感想もらうのは、初めてです。

      しかも感想まで頂いて、ありがとうございます。


      実際のところ、この作品は短編で作ったものなので、本当はこれで完結しているのです。

      ただ、調子に乗ってだらだら続きを書いていたら、なんかグダグダになりまして。

      短編書きの方が、記憶は向いているのかも知れませんね。


      この作品には、ちょっとしたエピソードがあります。

      それは、記憶が書いた膨大な(いい過ぎ)作品群の中で、

      唯一、嫁(監査役P)が合格点をくれた作品だという事ですw

      また、新作が出来たらうpしますので、その時には感想など、よろしくお願いいたします。         



      キーワードは『犬』でしたwww

      2011/02/06 17:49:31

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