螺旋階段を上がる3名の内、ほんの僅かだがレオナルドは身震いしていた。なぜなら、これからヒトを殺めなければならないからだ。それに闇の力に囚われてしまったとはいえ、カムパネルラは彼女にとっても恩人であるからだ。
 魔導国家の女王とその召使、身分の立場は違えど双子の姉妹である彼女たちは、幼き頃よりカムパネルラがいつも傍にいたからだ。
 両親が存命中だったとき、リアーナがした魔法の悪戯で城内の美術品を壊せば、カムパネルラが身代わりになってくれた。覚えることの多い勉強であっても、カムパネルラは隙を見て遊ばせてくれた。

 また、レオナルドが、カムパネルラへ最も恩を感じていることは、自分は本来ならば養子として貴族の家へ送られる筈であったが、姉と2人してそれを止めてくれたからだ。血は繋がってはいないが、この老人こそ姉妹にとって優しい祖父のような存在なのである。

「…………」

 ──カムパネルラさん、今まで…お世話になりました──心のなかで感謝の言葉を述べたレオナルドは、鐘塔の屋上へと出れる扉を開いた。

「おやまあ、ミスティークが3人もお揃いになって…どうなさいましたかな? フォフォフォフォフォフォ。まさか、このカムパネルラに御用がおありかな?」

 鐘塔の上にカムパネルラが居た。まるで、自分たちが此処へ来ることを待っているかのような言いようである。カムパネルラからの言葉に対し、レオナルドは困惑してしまう。

「大臣。ワタシたちミスティークは、女王陛下より与えられた命により、貴方を粛清するわよ。闇の勢力に力を借りたあなたをね……」

 魔術師の杖を構えたイザベラは、杖の先をカムパネルラに向けて目的を言い放った。筋肉質な腕で、杖の柄を握る手に血管を浮かび上がらせていく。

「さようで御座いますか……。どうぞ、この老体を葬ってくだされ……フォフォフォ」

 粛清の言葉にカムパネルラは嘲笑うだけだった。

「ふざけているのか? ……大臣」ダニエラも杖の先を向けていた。

「ふざけてはおりませんよ。少しでも“生き長らえよう”と努力しましたが、やはり……年老いた体では限界がある。こうなれば命なんぞ、要りませんよ……いりません…フォフォフォ……」

 闇の力を借りていたことを伝えていた。だが、それはもう必要ないと説明し、自分の命を奪えと3人に言ったのだ。それに対し、レオナルドは気掛かりになっていたことを聞いた。

「カムパネルラさん……貴方はなぜ、闇の勢力から力を借りてしまったのですか……?」

「フォフォフォ……レオナルド君、それはね……闇から与えられる力が素晴らしいモノであるからだよ。ヒトが持つ負の感情がね…絶望と恐怖を与える闇のエネルギーになるからさ……。それに…長生きしたいって思う年寄りの欲望が……この魂を闇に誘ってくれたんだよ。はぁ〜っ…なんて尊い力なんだ……もう死んでも構わない……さあ、早く! 君たちの目の前に居る、この醜い年寄りを殺してくれ!。意地汚くて、死ぬことを拒否していたこの年寄りを!。はやく、はやく、はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやく はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく! 殺してしまうんだ!。若者たちである君たちが……ね♡。フォフォフォフォフォフォ」

「…………」

 カムパネルラが3人に与えた印象は、まるで違うヒトであるかのように、狂気と混沌に満ちた言葉を並べていた。獣の瞳を琥珀色に輝かせながら、ただ不気味に嗤っている。相手の心へ不安感を与えながら、ただ……無気味にカムパネルラは嗤うのだ。

「あっそうそう……闇はね……簡単には……っ!」

 言葉の続きを綴ろうとしたが、それをレオナルドがナイフを胸に突きたてて止めた。

「ごめんなさい……カムパネルラさん……。ぼくは貴方を……こうしたくなかった……」

 彼女は声とナイフを握る手を震わせながら、そう言った。それと同時に……悲しみの雫が頬を伝い溢れていく。

「レオナルド、お前だけに重圧を背負わせはしないさ」ダニエラはそう言いながら手を貸している。

「あとはワタシの魔法に任せなさい。ブルチャーレ・フィアンマ!」

 呪文を唱えたイザベラが持つ杖の先から、炎の柱が燃え上がり、その炎がカムパネルラの身を包むのだった。夕陽の色で轟々と燃える炎の柱が、対象者の体を激しく焼いていく。その炎に包まれたカムパネルラは嗤ったまま断末魔をあげることなく、最期は炭のような霧となって姿を消した……。

「はぁはぁ……」

 粛清を見届けたレオナルドは、その場で泣き崩れてしまう。握っていたナイフの刃先に遺る、カムパネルラが着ていたローブの切れ端を見て、涙が止まらなくなっていた。

「女王陛下の元へ行きましょう……粛清は終わったのよ……」

 イザベラは切なげな表情をしたまま、レオナルドの肩を叩いていた。彼もまた、心のなかへ悲しみを背負ってしまう。

 こうして粛清を終えたミスティークの3人は、鐘塔をあとにした。塔の屋上で微かに残る灰となったローブの切れ端が、夜風に吹かれて宙を舞うと……闇夜に紛れた何者かが一人で語りだした。



へぇ……キミは優しいんだね。
こんな年寄りのために涙を流してあげるだなんて。
女王の娘(こ)だけ闇に堕とそうと思ってたけど、僕ね…キミにも興味が湧いちゃった♡。

あとさ…………闇を相手に攻撃なんて意味ないよ……クフフフッ。
普通のヒトで僕たちを倒すことなんてさ、絶対にムリだから。
さてと……この鐘に細工をしたあとは、人類絶望混沌ショーを開演させようかな……クフフフフフフフフフッ。


 姿を消した闇の者は、少年が持つ声色で高らかに嗤っていた。残虐かつ無邪気な狂気を秘めて…………。

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投稿日:2020/03/08 01:33:18

文字数:2,413文字

カテゴリ:小説

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