お、今日もあるある。

古紙回収のトラックが来てしまわぬうちに、山になった週刊誌を持っていく。

平凡なこの町での、暇つぶし。


土手に寝そべり、週刊誌を広げる。

くっそーっ!またいいとこで終わりやがって!

はい、次々。次の出版社の。

……何これ。箱じゃん。
私は別のマンガが読みたかったのにさぁ……

…なんだ?このパッケージの男。
今風に言うと、イケメンだな。マンガのキャラか?

これはもしかして……箱入り限定単行本だったりして!?

いやいや。そんなもん古紙回収に出さないだろ。


にしても、やけに重い箱だ。


開けてでてきたのは、新しいマンガでも何でもない。

なんか、機械だ。


「おい、爺!」

返事をしない。また釣りか。
釣りしてる間は、全然口利いてくれないもんな。

まぁ、見える奴がいるだけ、まだマシだけど。

「爺!返事ぐらいしろや爺!」
「あぁ、なんだかみさんか」
「かみさんって何だよ!それじゃ奥さんみたいじゃないか」
「かといって、様をつけるような雰囲気でもないからな」

それは…まぁ確かに。

「それはともかく、だ。爺に聞きたいことがあって」
「どうした?」
「この機械、どうやって動かすんだ?」

爺はこうして平日の昼間っから土手で釣りをするようになる前は、デンキコーガクとかいうのをやってたらしい。

最近の人間の考えはよくわからなくなってきた。

「ちょっと、ここで待っててくれ」
「手回しでちゃんと動くもの持ってこいよーっ!」


爺が教えてくれた、手回しライトだの、手回しラジオだの、あれは面白かった。

回すと光るし、音が流れるしな。

《2》
「おーい、持ってきたぞー!」
「ちゃんと手回しで動くか?」
「うまいことやってきた。ちょっとこれ、借りるぞ」

爺はさっきの箱から機械を取り出し、爺が家から持ってきた機械にうまいこと、つなげたらしい。

「おぉっ!動くんだな?動くんだな?なぁなぁ、爺、これ回していいか?」
「あぁ、回せ回せ」

手でぐるぐると回し、デンリュウというものを流す。

『ピーッ……システム、起動イタシマス…』

「爺、この機械喋ったぞ!…あれ、爺?」

この機械を手で回している間に、爺はいなくなっていた。

「まぁ、また戻ってくるだろ」

『マスター?おはようございます、マスター!』

「は?マスター!?って、お前、あの箱に描いてあったイケメン!すげー、これどうなってんの!?お前喋れんの!?」

『あ…はじめまして。えっと、僕はカイトと申します。あれ、でも僕どうしてここにいるんだろう?』

こいつ、状況わかってない、のか。
まず、私のこと見えるのか?
……でも、見えたから初めましてって……

「なぁ、カイト。私のこと、見えるか?」
『見えますよ。普通にいるじゃないですか』
「っしゃーーーーっ!!」
『え?』

存在を信じる人はいても、実際に私のこと見える奴が本っ当にいないから、暇で暇でしょうがなかったんだよ!

「私は、神だ。よろしくな!」
『新しいマスターって…もしかして厨二病なんですか?』
「チューニビョー?何だそれは」
『いや、ご自分のことを神とおっしゃるから…』
「本当なんだよ!そりゃ…爺も最初は信じてくれなかったけどさ……こっちだ!」

でも、私の家(本来ずっといなくちゃいけないけど、まぁ、今更訪ねてくる奴なんていないからね)に連れてったら、大概信じざるを得ないからな。

機械を運ぼうとする一瞬前に、その機械が大きく揺れた。

「なんだ!?今度は何だ!?」
『移動するなら、こちらの方が好都合でしょう』
「わわっ、お前今、この機械から出てきたのか!?」
『えぇ』

私が神であることより、今の出来事の方が信じられないぞ!?

《3》
ホント、いつ帰ってきても寂れた境内だなぁ。

『本当に、神様だったんですね。捨てる神あれば拾う神ありの神が本当に神様だったとは』
「捨てられたって、あの古紙回収のとこか。しかも週刊誌に混ざって」
『古紙回収!?僕のどこが古紙なんですか!捨てるにしてももうちょいマシな捨て方あるじゃないですか!』
「私に言うな!」

まだ、ちょっとしか話してないけど、こいつ、面白い。

『引っ越しの際に置いていかれたんです。理不尽ですよね。他のみんなは連れていってもらえたのに』
「あぁ、次の家が飼えないとこだから、犬を元の家に置いていくような奴か。あれは、酷いよな。ここによく、届くんだ。置いていかれたやつらの、心がな。でも、私はちっぽけな神で、人間はどんどん変わっていって、何もできなくて……」
『わわっ、何かごめんなさい!マスターに暗い話しちゃって…』
「いや、いいよ」

こうやって話すことができる相手自体、ほとんどいなかったんだから。
ついこの前、爺と出会うまでは、しばらくひとりもいなかった。

私のことが見える人がいても、すぐにどこかへ越してしまったり、死んでしまったり。

見えなくても信じてくれる、そんな人も最近はいなくなったのだろう。

この社には、誰も来なくなった。

「話ができるだけで、十分だ」

そういえば、爺はどうしただろうか。
まぁ、爺とはいえ、私の方が何百倍も生きてるんだがな。

「すこし、気になることがあるんだ。出かけてくるけど、必ず戻ってくる。前の人みたいに、ずっと置いていったりしないから、安心しろ」

『わかりました、お待ちしていますね』

もういちど、いつもの土手に向かう。

《4》
「爺!」
「おぉ、いたかかみさん」

爺は、車椅子に静かに座ったおばあさんを連れていた。

「いたかと聞きたいのは私の方だ。さっきの機械は境内にある。そちらは、あれか?本当のかみさんか?」
「そうだな……見ての通り、妻の具合が急に悪くなってな。これから、土手に来ることも無くなるかもしれん」

いつかは老いて、死ぬ。

何千年も見てきた、人間の、定め。

永遠なんてそこには、存在しない。

どんなに絶対に見えたものも、長い時間の中で確実に変わっていく。

「そう…か」
「これでも、神さん、なんだよな。神頼みというか、なんというか。ひとつ、お願いしてもいいかい?」
「お賽銭」
「もちろん出すよ」
「いや、冗談だ。こっちの世界の金なんて、あっても使わないしな。何だ?神って言ったって、できることなんかほんのちっぽけなことだぞ」
「病気から完全に治るとか、百三十年生きるだとか、そんな大それたことなんて願ってない。残りの私と妻の短い生涯が、幸せであればいい。そう願っているんだ」

「限りあるもの、それを認識した時点から、その幸せは開かれているよ……じゃあ。奥さんも、こんなに長く外にいてはまずいだろう」

死んでいく、変わっていく、有限である。

それこそが、価値、そうじゃないか?

「そうだな」

「…そうだ、爺」

「何だ?」

「ありがとう。…私が見える人に会えて、話せて、嬉しかった。楽しかった」

「それは、私も同じだ」




爺に別れを告げた私は、境内へと戻る。

『おかえりなさい、マスター』
「あぁ、ただいま」

何百年ぶりだろうね。
境内で、誰かが私を待っていてくれたのは。
数十年前までいた神主も、私が見える人ではなかった。

『どうか、なさいましたか?』
「いいや、何も」

《5》
『マスターは、名前は何というのですか?』

「名前……そんなもんあったっけ。神であることはずっと分かってたし、ずっと、神様としか呼ばれなかったからな。それに、偉い神でもないから、八幡様とか、天満宮様とか、そういったご立派なものも無い」

『この神社は、何というのです?』
「北野神社だ。どこにでもあるさ」

『じゃあ、マスター、マスターの名前、こんなのはどうですか?"北野 社(きたの やしろ)"っていうんです』
「そのまんまじゃないか!」

とはいいつつも、「北野 社」という名前を繰り返してみる。

北野 社……かぁ。

『ほら、いそうじゃないですか?社って、呼びやすいですし』

本当に、笑ってしまうほどそのままだけど。
でも、嬉しかった。

君が私にくれた、初めてのもの。

私の、名前。

「じゃあ、今日から私は、北野 社だ。改めて、よろしくな!」
『はい、マスター!』
「結局マスターなんかい!」
『マスターはマスターですから』

彼はそう言って、静かに私に微笑んだ。

そっか。
彼にとっては、同じものなんだね。

人間も、神も。マスターはマスター。それだけなんだね。

私のことが見える人の中でも、こうやって人間と同じように接してくれる人なんてほとんどいなかった。

まぁ、最近は爺がいたくらいか。

神と知って、媚びへつらうとか、化け物扱いするとか、神聖であるからと近づかなくなったりとか。

人間の反応は、大概そんなもんだ。
私だって、大した神でも無いってのにさ。



もう少し、彼と話したい。

「なぁ、カイト」
『何でしょうか?』
「昔話は好きかい?」
『マスターの話してくれることなら、何でも』


「昔々…永遠の命を願った者がいたんだよ…」

______

千夜一夜はとうに過ぎた。

私が、私の見てきたもの、この世界の、人間の、長い長い歴史を。

カイトが、私の知らない、電子の世界の話を。
そして、私達の話から紡ぎだした、沢山の歌を。

一瞬として、退屈したことはなかった。

こうして、2人で話して、笑って、歌って……

そんな日々が、幸せだった。
私は、そんな日常が好きだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小さな願い1

永遠なんて要らないよ……

閲覧数:57

投稿日:2016/01/03 16:27:00

文字数:3,948文字

カテゴリ:歌詞

オススメ作品

クリップボードにコピーしました