「ノンちゃん、入学おめでとうニョロ!」
陽気な日和の中、リズムはそう言って妹に祝いの言葉を贈る。
「ありがとうお姉ちゃん。」
出迎えてくれた姉にカノンは少し照れながら返事をした。
私、鼓カノンは3年間の高校生活の後、無事に大学受験を乗り切り、
この春から姉の鼓リズムと同じ工学系の大学へと通う事になったのです。
「さーて、工作室の場所は教えたし…学食や図書館なんかは特に紹介するほどのものでもないニョロねー。」
大学の施設を案内しながら、リズムは方々を歩いて敷地の外れまでやってくる。
「お姉ちゃん…一体どこに行くの?」
ちょっと不安になりながらカノンは姉の小さな背中を追った。
「フッフーン、折角だからノンちゃんにとっておきの面白いヤツを見せてあげるニョロ!」
そう息巻いて彼女が進んだ先には、プレハブのようなオンボロ研究室が建てられているのが見える。
「おっ、丁度よさそうニョロね。」
そう言うとリズムは近場の物陰に隠れ、カノンもその後に続く。
その建屋の入り口付近では、なにやら二人の青年が口論をしている姿が確認出来た。
「あれって…?」
カノンは鼻に掛けた小さなメガネを指で支えながらその様子を伺う。
大学入試に向けて受験勉強を頑張った結果、私の視力はガクンと落ち、
普段から視力矯正の為のメガネを必要とするようになっていた。
一般的なメガネとは違い耳に引っ掛けるフレームが無く、幾分使い勝手の悪い鼻眼鏡。
そのチョイスは、多少面倒でもオシャレに妥協したくないカノンのせめてもの抵抗だった。
コンタクトレンズにしなかったのは、眼鏡の方が知的な女性を演出出来るという打算もあったのかもしれない。
ただ…案の定鼻眼鏡は少し激しい動作をするだけですぐに傾いてしまうので、
毎度毎度ズレを直すハメになり却って間抜けに見える事もあっただろう。
「あいつらも、私と同じ天才ニョロ。」
そんなリズムの言葉が、メガネに想いを馳せる私を現実に引き戻す。
見ると目の前の青年二人の喧嘩を止めるように、プレハブ小屋の中から一体のロボットが姿を現した。
そのロボットは男達を諌める様子を見せながら辺りを見回し、
自らのカメラアイで遠くの女達…リズムとカノンをチラと一瞥する。
「ふぇっ!?」
咄嗟にそんな言葉を口にし、思わず姉の後ろに身を屈めようとするカノンだったが、
リズムの方は物怖じせずそのロボットの眼光を見つめ返していた…。
「どう?面白かったニョロ?」
オンボロ研究室を後にし、姉は嬉しそうに妹に語り掛けた。
「ビックリした…。あれ私達の事見てたんだよね?」
少し挙動不審になりながら、胸の鼓動が治まらぬ私は先程のロボットの姿を思い返す。
ただカメラに物体を映すだけではない、その奥に何か思考を巡らせている人型の様相を…。
「ここには何人もの天才がいる、そいつらがチームを組んで自分達の研究をしているんだニョロ。」
リズムはそんなカノンの気持ちなど意に介せず揚々と話を続ける。
「そして私一人でそいつらに対抗するのは分が悪い。」
そう言うと彼女は妹の方へ向き直り、鼻先のメガネを指差して言った。
「だからあんたも、ここで天才になるニョロ!!」
そのあまりに大きな声に、周りの大学生の何人かが立ち止まりこちらを見やる。
「えっ…ええっ!?」
いきなりな姉の激昂に、私は少々情けない返事を返すしかなかった。
「無理…、とは言わせないニョロよ?」
性悪そうに腕組みして仁王立ちになるリズム。
その姿を前に、妹は蛇に睨まれた蛙のように立ち竦む。
確かにカノンは、自分の可能性を信じてこの道を選んだ。
それが正しいかどうかはまだ分からないけど、とにかくやれるだけの事はやらないといけないだろう。
「ううっ、お姉ちゃんの意地悪っ!!」
私は頬を赤く染め上げながら、彼女を睨み付けるように両目を瞑り叫んだ。
妹の赤裸々な反応を目にして、春の空に姉の高らかな笑い声が吹き上がる。
鼓カノン18歳、楽しいキャンパスライフ…とは行きそうにありません。
これからますます、忙しくなりそうです。
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