君恋る音(きみ・こうる・おと)
1.お代は39、640円なり(配送費無料) ③_1

ささき蒼衣(そうえ)

 …葉月の耳に、KAITOの優しく甘い声が届く。低く、強く、葉月の名前を呼ぶ声。
「……KAITO…………。」
 葉月が腕の中から彼を見上げると、KAITOの青い瞳が愛しそうに彼女を見つめた。強い意志を宿して言葉が紡がれる。
「僕達はロボットだ。プログラムで動いている。―でも、それがプログラムに依るものであっても、僕達は“心”を持っているんだ。“マスターに歌わせてもらう”のを待つんじゃない、僕達は“自分で歌っていく”んです。」
「…………うん……。」
「―でもね、僕達だけじゃ、ダメなんだ。貴女がいなければ、マスターが…愛する人がいなければ、僕達は歌えない。…そして…僕達は、“自分の愛する人には、自分を愛して欲しい”と、そう、願ってしまうんです。」
 葉月の肩口にKAITOが顔をうずめる。わずかに声が震えた。
「―そんなの、当然だよ。私達だって…人間だって、そう思うんだよ。“好きな人に、自分を好きになって欲しい”って。KAITOが気にすること、ないよ?」
 KAITOの背に腕を回して、優しく言葉を紡ぐ。…彼に、笑って欲しくて。
「マスター・葉月……。」
「ね、KAITO。…私の事、好きになってくれる?」
 顔をあげたKAITOに向かって葉月が笑いかけると、半泣きだった彼の顔が、困ったような、はにかんだような笑みになった。
「…―もう、好きになってますよ。」
 そして、KAITOは、真剣な表情になって葉月を見つめる。
「…マスター・葉月。僕は…僕の歌は、貴女のものです。」
 自分をまっすぐ見つめるKAITOの青い瞳に、葉月の心臓のドキドキがまた危険水域になる。
 ――ああ、私いつかどうかなってしまうんじゃなかろうか……。

「お二人さん、そろそろいい?こっちの方も終わらせちゃいたいんだけどさ。」
「―あ、はい、すみません。」
「…―先輩~…。どーしてもやんなきゃダメですか?」
 ピアノの鍵盤をいくつか叩いて苦笑している蒼衣(そうえ)に、情けない思いで質問する。いくらKAITOが『構わない』と言ってくれたって、こっちがそうはいかないのだ。
 ……と言うか、皆さん、今の“ラブシーン”見ても動じないなあ……
「何も一曲歌え、って言ってるわけじゃないんだから。ちゃんと口開いて、大きな声で『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド』ってやっていってよ。もちろん音階つけてね。」
 蒼衣(そうえ)がにやりと笑う。後の方では木原教授と春奈がにこにこと見守っていらっしゃる。
「………はあ………。」
 葉月は深々とため息をついた。他人事だ、と思って……。
 しかし…ここでやらなければこの状況からは逃れられそうもない。
 覚悟を決めた葉月は口を開いた。言われたとおりに声を出す。
「行きますよ……『ドー・レー・ミー・ファー・ソー・ラー・シー・ドー』」
 KAITOが心配そうな表情で葉月を見ている。葉月が『音痴だ』と騒いだからだろう。対照的に平然としていた(まあ当然だ)蒼衣(そうえ)が、鍵盤を一通りかき鳴らしてやれやれと息をついた。
「ちゃんと歌えるじゃない、葉月さん。葉月さんのは、声を大きく出さない事と、口をあんまり開けてない事で、音程が安定してないだけなんだよ。」
 木原教授がため息交じりに苦笑する。
「そもそも、歌の下手な人を一概に“音痴”と呼ぶ日本語の使い方が変なのよ。一般に“音痴”と言われている人たちは、歌う時に大きく口を開けてはっきりと発音していなかったり、音程の取り方が下手だったりするだけで、“音感がない”人なんて本当はいないんですもの。」
 普通、我々人間が使っているのは相対音感(基準となる音と比較して音程を見る)だ。絶対音感(その音単体で音程を読める)なんてものを持っている人など、VOCALOIDじゃあるまいし、そうそういない。
「―ま、“C”の音程じゃなかったけどさ。」
「“E”の音階だったわね。」
 肩をすくめた蒼衣(そうえ)に木原教授が続ける。“C”の音階だの“E”の音階だのと言う言葉が解らずきょとんとしている葉月に、席から立ち上がって手招きする。
「いらっしゃい、葉月さん。KAITO君も。」
 言われるがままに先生についてピアノの所に行く。葉月とKAITOの後から春奈もちまちまとついてきた。
「“百聞は一見に如かず”とも言いますから、実際の鍵盤を使って説明しましょうね。
 まず、普段みんなが使っている“ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド”だけど、これを音楽用語では“C”の音階と呼ぶのよ。」
「“ド”から始まるのに、“C”の音階なんですか?」
「この場合の“C”って言うのは、“ド”の音の事なんです。英語だと、“ド”の音から順番に、“C・D・E・F・G・A・B・C”って表記されるんですよ。」
 首をかしげる葉月に、KAITOが説明してくれる。
「―つまり…“E”の音階って言うのは、“ミ”の音階ってことか。」
「そうね。ただ、“E”…“ミ”から始まる音階の場合、ちょっとややこしくなるけど。」
 そう言って、木原教授が“ミ”の音から順番に鍵盤を叩いていった。
『ミ・ファ♯・ソ♯・ラ・シ・ド♯・レ♯・ミ』
「…え…?何でシャープの音……?」
「葉月さん、鍵盤見てみなよ。“ド”から“ミ”の間と、“ファ”から“シ”の間に黒鍵が挟まってるでしょ。…黒鍵がないのは“ミ”と“ファ”の間と“シ”と“ド”の間だけで。
 音階って言うのは、第1音から第3音の間と、第4音から第7音の間に、それぞれ半音が挟まって構成されているんだよ。で、“ミ”から始まる場合、次の“ファ”との間に黒鍵…半音がないでしょ?だから、“ミ”が音階の第1音の場合、次の第2音は“ファ♯”になるわけ。」
(図1、2参照)
 葉月の疑問に蒼衣(そうえ)が答える。
「はあ~……なるほど……」
「―ま、コレで葉月ちゃんが音痴ではない、とゆー事が証明されたワケで♪今度一緒にカラオケいこーね♪」
 蒼衣(そうえ)の説明に納得している葉月の背に春奈がじゃれついた。
「え……うええぇぇ!?」
「へーき、へーき♪KAITO君に教えてもらえばいーよ♪」
「…って、カラオケもいいんですけどね、その前に、やっておかなければならない事があるでしょう?」
 木原教授がくすくすと笑う。
「あ、そうだ!KAITOのユーティリティ!ちゃんとセットアップしなきゃ!―蒼衣(そうえ)先輩、手伝ってください!」
「―はいはい。」
 ばたばたと走っていく葉月の後を、ユーティリティその他の入ったトランクともう一つの大型トランクを両脇に抱えたKAITOが、木原教授に一礼して追っていく。蒼衣(そうえ)が苦笑してその後に続いた。
「―台風一過。」
「春奈さんたら。」
 ぼそりとつぶやく春奈に、木原教授が苦笑する。
「だって、そうじゃないですか。葉月ちゃんったら、あれだけ渋っていたクセに、いざKAITO君が来たら…ベタ惚れ、ってカンジでしたもんねー。」
「最初から、そうだったでしょ。あの娘(こ)はね、怖がっていただけよ。」
「ふーん……」

<To be continued>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

君恋る音(きみ・こうる・おと)1-③_1

君恋る音1話目の③…の前編。③を丸ごとあげようとしたら文字数制限に引っかかってしまいまして…(テキストは全6000字以内だそうです)
作中で使用している「図1」、「図2」は、イラストの項にあります。

とりあえず次の③_2で第1話は完結です。

閲覧数:237

投稿日:2011/08/22 17:42:41

文字数:2,986文字

カテゴリ:小説

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