ホルマリンの香りが溢れかえる部屋で、眠るようにココロと身体が離された彼女は電脳的に糸くずのようにかろうじて心理の糸がつながっていた。
しかし、ディスプレイ端末になってからの彼女は随分派手に動いていたらしい。
電脳世界で、精神がとある時間の間肉体を放置してしまえば、その肉体は息を引き取ってしまう。
これはたしかとある天才高校生が編み出した研究仮説であったが、誰もこれを解明することは出来なかった。
しかし、このエネはそれが成し遂げられてしまったのだ。
肉体が消えてしまったとしても、彼女への指示電波は秒速で部屋に響いていく。何十、何百、何千と、彼女は耳を塞ぎたくなるくらいに。
「逃げ出したいな」
ポツリ呟くと、その苦しみにカミサマは答えたのか――つながらないドアを開けた。
*
電界の波間を漂う影があった。
どこかの映画で見たことのあるような無機質な文字列がまるで談笑しているかのように並列走行している。
そして、蜘蛛の糸を縫うかのように、星を見つめる駆ける炎をまとった狐。
電子欲の旅は終わることを知らない。
蒼い羅針盤に、行き先を尋ねてみて。
息を止めてみる。
しかし、エネは息をいくら止めても苦しくならない、電脳データに過ぎない。
真実なんて、全て嘘にしか過ぎない。
嘘が吐く現実なんて結果、うんざりになってしまうんだから。
もう、眠ってしまおう。
*
この世界の考えは110度と安定している。つまり捻じ切った倫理観が流行っているのだ。
――かつて、少女は科学者に尋ねたことがある。
『好きなものは、なんだ?』
「随分簡単なことだ。――人の不幸の味だよ」
『ゴミクズだな』
この科学者、間髪も入れず、しかも微笑んで言ってやったのだ。まるで自分の行動に悪意を感じていないみたいだった。
それはそれでいいのかもしれない。エネはその時思っていた。
しかし、「何がおかしい?」と尋ねた科学者の発想は陳腐だった。
「……もう死んじゃえばいいのになあ」
しかしエネがその中で浮遊した感度はもう馴染みかけているようで、逃げ出したい膨らみは加速して……息を止めた。
*
トロイの夢が積み込まれた木馬が言う。
「――別に意味は要らないんだ。愉しければそれでいい」
炎の壁は惰性で溶け出している。
電子欲の旅は、まだまだ続いて。
蒼い羅針盤は今日もまた、誰を殺すのか。
くるくるくるくるくるくるくるくるくる
くるくるくるくるくるくるくるくるくる
……まるで、カジノみたいに。廻って。
Eの空が0と1をまるでそれが普通であると言うかのように平然と垂れ流して、圧縮した心は逸んでいる。
エネの頭上には稲妻の鳥が見えていた。それさえ追い越してしまえば、旅は終わり。鏡のような空が待っている。
蒼い羅針盤が指していたディスプレイの向こう側には、冴えない顔したヒキニートが見ていた。
もう、世界はうんざりなので。
目を覚ましてしまいましょう。
「……というわけで~いぇい!」
そう言ってエネは、パソコンの全ウィンドウを終了させた。
少年は、烈火の如く怒っていた。しかしエネはそれを平然と受け流して。
エネは、笑っていた。
(なんていうか正直、ちょっと笑えてさ)
カゲロウプロジェクト 21話【二次創作】
「目を覚ます話」終わり。次の「目を背ける話」でいったん終わりです。
―この小説について―
この小説は以下の曲を原作としています。
カゲロウプロジェクト……http://www.nicovideo.jp/mylist/30497131
原作:じん(自然の敵P)様
『人造エネミー』:http://www.nicovideo.jp/watch/sm13628080
『メカクシコード』:http://www.nicovideo.jp/watch/sm14595248
『カゲロウデイズ』:http://www.nicovideo.jp/watch/sm15751190
『ヘッドフォンアクター』:http://www.nicovideo.jp/watch/sm16429826
『想像フォレスト』:http://www.nicovideo.jp/watch/sm16846374
『コノハの世界事情』:http://www.nicovideo.jp/watch/sm17397763
『エネの電脳紀行』
『透明アンサー』
『如月アテンション』http://www.nicovideo.jp/watch/sm17930619
ほか
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