約束の時間を10分、20分、1時間と過ぎても流船は現れなかった。落ちたペンダントは確かに流船の物で、あの小さな手紙もそのままだった。

「あ、そっか、携帯…。」

すっかり忘れていた携帯を手に取り発信履歴を見た。

「あれ…?あれ?え?…何で?」

何度も掛けた筈の、掛かって来た筈の番号も名前も無かった。メールも覚えの無い文章が残っている。まるで他人の携帯を見ている気分になり本能的に恐怖を感じた。

「病院…とか?」

そうだ、幾徒さんの所に寄ったりしてるのかな?途中で何かあったのかも知れないし、研究所に呼ばれてるのかも…?

「考えるより行った方が早いよね…?」

言い知れない不安で歩いているのに心臓がドキドキと早鐘みたいに騒いでいた。いつも通りの電車、いつも通りの街並み、それで、この先の角を曲がればいつもの…。

「…何…これ…?」

威圧感すら感じる巨大なビルがあった。言葉も無く、ただ呆然とビルを眺めている事しか出来ずに居た。

「芽結?何してるんだ?そんな所に突っ立って。」
「っ!ゼロさん!頼流さんも!」
「仕事帰りか?報告書遅れると幾徒さんに怒られるぞ?」
「報告書…?え…?な、何それ…?」

奇妙な違和感を含んだ空気が流れた。仕事?報告書?一体どう言う事?それにこのビルだって明らかにおかしいじゃない…なのに皆どうして…?

「あの…流船君は?」
「流船?」
「えっと…待ち合わせしてたんだけど連絡取れなくて…それで…。」

何をどう言って言いか判らず話あぐねていると、いきなり頬に強い痛みが走った。

「きゃっ?!」
「…どう言うつもりなの?冗談にしても性質が悪過ぎるわ。」
「え…?」
「レイ、別に良い。」
「良くないわよ!」
「良いから…!」

頼流さんは辛そうな顔で一瞬こっちを見遣るとレイと呼ばれた人を連れてビルの中に入ってしまった。訳も判らず打たれた頬に手を当てて二人が消えた入口を見詰めていると、ゼロさんが溜息の後ポツリと言った。

「今のは芽結が悪い、頼流さんの前でその名前は禁止だろ。」
「ど…言う事…?」
「どうも何も…10年も前に死んだ弟の話なんか出すなって事。じゃあな、俺報告書
 出して来るから先行くぞ。」

私にはその言葉を受け止める事は出来なかった。

「死ん…だ…?」
「…おい…?!芽結?!芽結…?!」

殴られた様な衝撃の後、ぐるりと回った視界と共に私の意識はゆっくりと闇の中へ落ちて行った。

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コトダマシ-58.闇の中へ落ちて-

覚める夢なら悪夢でも良いから

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投稿日:2010/11/24 23:55:30

文字数:1,028文字

カテゴリ:小説

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