ちりん
外で、鈴を鳴らすような音がした。
「どうやら、客人のようだな少年。『欠片』ならば重畳。敵ならばこちらから撃って出る、またとないチャンス。」
にやり、と笑うダイナ。
その極悪人の笑みが凛歌の面影を多分に残していてひどく懐かしかった。
「帯人、預ける。」
ぽん、とダイナが僕に向かって、何かを放り投げる。
トランク。
革張りの、霧立ち込めるロンドンをさまよう旅人あたりが持っていそうな古めかしい作りの、小さなトランク。
「中に、廃棄する卵が入っている。割るなよ。小鹿に渡すやつだからな。」
その身体が、発光。
ぼんわりした光の塊になったかと思うと、それが、すいっと縦に伸びた。
光が収束、紺のワンピースと白いエプロンが眼に入る。
ダイナが、成長していた。
元々少々成長不良気味の外見を持つ凛歌が、正常に成長していたとしたらこんな風になるだろう。
身長は凛歌より5~7センチ程高く、顔つきもどこか大人びている。
身に纏っているのは、所謂メイド服。
頭には白いレースのヘッドドレスが乗っている。
「お初にお目にかかります。わたくし、『うたたね森・兎穴の館』の領主である白兎様に仕えるメイド長兼ボディガードのメアリ・アンと申します。」
スカートを控えめにつまみ、優雅に一礼。
その直後だった。
それ、が出てきたのは。
じゃきん、と禍々しい音を立ててスカートの中から取り出される、黒光りする、それ。
眼と記憶が確かなら、それの名前は確か、マシンガンといったはずだ。
「ダイナは『卵』だからね。三つの『役』に『孵る』ことが出来る。超攻撃型の『メアリ・アン』、能動的防御型の『ハリネズミ』、特殊能力型の『ビショップ』にね。『メアリ・アン』のときは、ボクのメイドをしている。なかなか優秀だよ?メイドとしてもボディ・ガードとしても、ね?ただ・・・・・・。」
がつん。
メアリ・アンが正面玄関のドアを蹴り開ける。
パールが、長い耳を頬に寄せるようにして耳を塞いだ。
次の瞬間、もの凄まじい銃声が脳をシェイクした。
「出てきなさい不届き者っ!そんなに蜂の巣になりたいのですか!?」
「・・・・・・少々過激だけれどね。」
アマルの言葉に被せるようにして、ががががががががががっ、とさらに銃声。
銃声。
銃声。
銃声、銃声、銃声。
先程までの途方もない話とは別の意味で、頭がくらくらしてきた。
「メアリ・アン、撃ち方やめ!やめだってば!」
慌てて止めに入るパール。
パールの命令は聞くのか、とりあえず銃声はやんだようだった。
「ぐる・・・ぅるるるるっ・・・。」
獣の、唸るような声が外の茂みの中から聞こえてくる。
灰色の、三角形に近い形をしたものがふたつ、茂みの上に覗いていた。
思わず近づくと、がさり、と身を捩るような音がする。
「う・・・ぐるるるるるるぅっ!!」
灰色の長い髪。
灰色の柔毛に覆われた、鋭い爪を供えた手足。
びっ、と警戒を示すように後ろに倒された獣の耳。
ふさふさぽわぽわとした灰色の尻尾。
布袋に穴を開けて、腰部を縛っただけのような衣服。
青灰色の眼が、きょときょとと不安気に彷徨っていた。
凛歌と同じ顔をしているのに、それの顔には覇気が綺麗に消失している。
それは僕を見るなり背を向けて・・・・・・。
逃げ出した。
「帯人様!」
後ろから、メアリ・アンが駆けてくる。
マシンガンを構えて。
「追いますよ!」
速い。
メアリ・アンも勿論だが、それ以上に目の前を走り抜ける灰色の方が速かった。
「まずいな、アレ多分、『バンダースナッチ』だ。まったく、『時を留めるのと同じくらい拘束が難しい獣』だなんて、どうやって捕まえろって言うのさ!?」
パールが必死に併走しながら、腰の二丁拳銃を抜く。
アマルはといえば、この手のことは得意でないのか、『奇譚図書館』の正面玄関の前に膝を抱えて座っている。
「・・・・・・問題は、なんだけどさ。」
目の前の標的を血眼になって追っている2人に、控えめに声をかける。
「あれが、凛歌の『何』なのか、ってことじゃないかな?それが判れば、説得なり何なり出来そうなんだけど。」
「知らない。考えてくれ。」
2秒で放り出しやがった。
「言っておくが・・・っは、それはボクが考えることじゃない・・・っはぁ・・・欠片を集めるのは・・・っひ、あくまで『君』・・・・・・もうダメ息が続かな・・・。」
べしゃり、とその場にへたり込むパール。
こっちもこっちで、体力不足のようだ。
「アマル様は最初から戦力に数えていなかったのですが・・・白兎様まで戦力外とは嘆かわしい・・・。」
メアリ・アンがマシンガンを抱えて全力疾走しながら大仰に嘆いてみせる。
唐突に茂みが終わり、目の前が開ける。
石造りのアーチが目の前に飛び込んできた。
この向こうは、どうやら迷宮庭園になっているようだった。
ことり、と小さな音がする。
ふーっ、ふーっ、と微かに息をつく音。
メアリ・アンが、アーチの片隅に無造作に積んである、木箱のひとつを視線で示す。
木箱の蓋から、灰色の毛が覗いていた。
足音を殺して、木箱に近づく。
蓋に手をかけ、そぅっと持ち上げた。
「う・・・うるるるっ!?」
おどおどとした青灰色の眼が、いっぱいに見開かれる。
バンダースナッチは逃げようとしているようだが、狭い箱の中、それが叶わずにいた。
青灰色の眼を見て、かちりと頭の中で配線が繋がった。
「この子は、『恐怖』じゃないのかな?」
あの堂々とした凛歌が、彼女自身と同じぐらいに育っている『恐怖』を身の内に飼っていると、今まで気付かなかったが・・・。
「ほら、怖くない。怖くない。」
しゃがんで、小さな子供にするように視線の高さを合わせる。
そっと頭を撫でると、バンダースナッチは大人しくされるままになっていた。
「・・・ぅるる・・・・・・。」
喋ることができないのか、その口から意味のある言葉は出てこなかったけれど、その手がぎゅっと僕の袖を握ってくれたのが嬉しかった。
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 20 『Bandersnatch』
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章20話、『Bandersnatch(バンダースナッチ)』をお届けしました。
副題は、『バンダースナッチ』。
鏡の国のアリスに描写される、『時を留めるのと同じくらい拘束が難しい獣』です。
今回、久しぶりの更新になりますねー。
(主に誕生会準備とか、ケアプランの作成とか、会議とか会議とか会議とかで忙しかった結果・・・言い訳ですゴメンナサイ)
それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。
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dkbooy
ご意見・ご感想
メアリ・アン・・・名前しかでてこないけどとても好きなキャラがでてきて感激ですっっ
あぁ最近自分が乙女主義に走ってる気が・・・どこで道を間違ったんだ・・・
久しぶりの更新お疲れ様ですっっ
次の作品しっぽ振って待ってますっ!!!!
2009/07/20 16:02:04