「母の日か……」
俺はふとそう呟いた。
懐かしい言葉だ。
母がいなくなってもう何年経ったのだろう。
……。
思い出せない。
いや、正確に言えば思い出したくない。
思い出そうとすると頭が痛くなる。
痛いのは嫌い。
だから、結局思い出すのをやめる。
でも、なんだか懐かしい。
あぁ、なんだっけ。
何時だったっけ。
あれは……。
俺は何歳の時だったかな……。
とある商店街。
時刻は夕暮れ時。
少年が一人、小さな花屋の前にいた。
無愛想な顔で花をじっと見つめていた。
花屋の店員はその少年を横目に、他の客に花を見繕っていた。
店員が客に花束を作り終え、手渡し、お金を受け取る。
それが、終わっても少年は、まだ花を見ていた。
少年以外客がいなくなった花屋。
いつもより多くの花が客に買い取られ、在庫も少なくなった。
そんな花屋で、少年は少ない小遣いを手の中に握りしめ、花を見ていた。
その花は、霞草。
母の日に渡すのにも適した花。
少年はその花を母に渡そうと思った。
でも、現実は非情。
少年が持っているお小遣いでは到底買えない。
今少年ができるのは、店の店員に見つからないように、母に霞草を渡す事。
少年は悩んでいた。
盗んできた、花を母に渡すことのどこが、感謝の気持ちか。
感謝の気持に犯罪という黒く染まった色は必要ないだろうと。
盗んだ花を母に渡して、母は喜ぶのかと。
天使と悪魔が少年の頭の中で激しい口論を続ける。
未だに決めることが出来ない判断。
いつ、答えが導き出されるか、それすらもわからない。
そんな状況で、時間だけが冷酷に非情に経っていく。
「あら、日々也。花屋で何をしてるの?」
ふと、女性が少年に話しかけた。
「あ、お母さん。お花。あの花、お母さんにあげたいけど、買えない」
「あら、今日は、母の日だったのね」
「うん……」
「大丈夫よ、日々也のその気持だけで、十分よ」
「で、でも……」
「いい、日々也。感謝の気持は形に表さなくてもいいの。そう思ってるなら、形が無くてもいいよの」
「……。う、うん」
「さぁ、帰りましょ。お父さんが待ってるわ」
「うん」
二人が歩き出すのを見て、店員はホッと安心した。
霞草の花言葉は「清い心」
少年の心が黒く染まらず、捕まることもなかった。
店員は途中だった霞草のラッピングを再開した。
店を閉め、家に帰って母に渡すために。
昔に一輪の霞草を渡したあの日を思い出しながら……。
記憶の霞
母の日
なんとか間に合いました。
執筆時間一時間程かな……
例の如く、誤字脱字なの色々とあると思いますがご了承ください。
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