"trick or treat"

お菓子か悪戯か。
わかりきった二択を迫り、自らの行動で幸福を満たす菓子や悪戯の『糖度』が決まる。
西洋から伝わった伝統は、やがてこの国にも楽しみな行事として根付いていく。

無邪気な子ども達は仮装してお菓子をもらい、時に可愛らしいイタズラをして帰っていく。
大人達は淡々と呪文を告げ、様々な理由により菓子よりも甘い悪戯を仕掛けるのか、それとも悪夢よりも苦い悪戯を絶望として植えつけるのか。


『trick』と『treat』。
どちらも所詮は人間が作り出したカードの一枚にすぎない。
人間は無から有を生み出すことも、0から1へ変えることもできない。
だから人間の想像する悪戯も、人間の想像を世界の端まで広げたところで限界を超えることなど不可能。

時々耳にする「悲報」や「悪夢」も、テレビの向こう側の出来事で全て自分とは関係ない――それさえも「ハロウィンの魔法」で現実になるとしたら。
あなたはどんな顔を…なんて、わかりきった質問はしない。

お菓子か悪戯か――天国か地獄かを決めるのは、全てあなたの行動次第。
物語の最後のページをめくったとき、あなたがとった選択の解答が浮かび上がる。


さあ――時は満ちた。
あとの物語は誰かが導いてくれる。










<<Bitter Caramelle>>










「ハロウィン?」

「そう。ほら、お菓子を皆からひったくって時にピンポンダッシュを仕掛けて逃げるイベントだよ!」

「そんな物騒なイベントだったかしら…」



ハロウィンというものをどこで勘違いしたのやら、ミクちゃんは腕をぶんぶん振り回しながらはしゃいでいた。危ない。



「お菓子はひったくるものじゃないし、ピンポンダッシュは悪戯のことかしらね…いろいろ趣旨違ってるわよ?」

「はうっ!?ばれたか。じゃあもう素直にお菓子ちょうだいよー」

「ハロウィンのハの字もないわよその言い方。ただお菓子ねだってるだけじゃない。そんな子にはあげません」

「けちー」



と言いながらもミクちゃんは渋々諦めたようだ。

悪戯しないのね。ありがたいことだけど。



「じゃあ私は疲れたし家に帰るわね」

「えっもう帰っちゃうの?」

「最近疲れやすくてね〜…仕事帰りでもうフラフラなのよ」



それにハロウィンなんてお菓子を用意しなければならないし、お菓子がなければ厄介な悪戯をいちいち仕掛けられるという面倒ごとでしかない。

面倒ごとにはなるべく関わりたくない。

街の喧騒から逃れるように、足早にその場を立ち去るのが私の中の最善策だった。

逃げるが勝ちである。












夕飯の支度をしていると、突然インターホンが鳴った。

こんな時間になんだろう?

まさかお菓子をもらいに来たミクちゃんだったりしないよね?


だがそんな心配は無用だったようで、扉の向こうの人物に私は胸を撫で下ろした。



「あら神威くん、久しぶりね」

「やあ。ちょっと顔が見たくなってな。元気にしてたか?」



彼はボロボロのコートを羽織って、昔のようにそこに立っていた。



「本当に久しぶりね。会うのは何年振りだったかしら…十年くらい?」

「そんなに経つのか。お前は変わってないな」

「あなたも何一つ、変わってないわ」


とりあえず彼を家にあげ、夕飯の支度を終えてテーブルへ料理を運ぶ。



「ちょうど作ってたところだし、よかったら食べていってよ。それに一人より二人で食べたほうが美味しいし」

「そうか。それじゃお言葉に甘えて…いただきます」



白ご飯にお味噌汁に煮物というシンプルすぎるメニューではあるが、彼は嫌な顔一つせずに食べてくれた。



「お前腕上がったな。昔はよく焦がしてたのにな」

「ばか、十年も経てば料理の一つくらい上手くなるわよ。もうそんなドジはしませんよーだ」

「どうだか。嫁の貰い手がないのが不思議でしょうがないよ」

「そういうあなたこそ、素敵な奥さんを見つけられてないじゃない?お互い様でしょ」



高校の頃から何一つ変わらないやり取り。

ずいぶんしていなかったやり取りが懐かしくて、何年も経つのに一切変わらないのがおかしくて、お互いに笑った。







私は違和感に何一つ気づいていなかった。





「最近どうなのよ?」

「ああ…なんか上手くいかなくてな。もう何もかも失ったよ」

「ちょ、何もかも失ったって…」

「いや、最悪の状態まで行ったわけじゃないから。危ないに越したことはないけどな」



「最悪の状態」私はそれを「住むところも人間関係も失い、生と死の狭間にいる状態」と考え、多少不安ではあるが彼の無事に安心した。





私は彼の嘘を見抜けなかった。





「ねえ…やっぱり昔のようには戻れないのかな」

「時は戻せない。それはいつの時代にも共通するたった一つのルールだろ。無理だよ」

「じゃあ、また二人で過ごすこともできないの?私はまだ諦めきれないの。なんであの時別れなければならなかったのか、未だに理解できてないの」

「そうしなければいけない理由があったんだよ。俺たちにはどうすることもできなかった」



彼の持ってきてくれたワインを飲む度に、ずっと胸に抱えていた本音が溢れ出す。



「やり直そうなんて言わないわ。新しい道を一緒に作っていきたいの。やっぱりダメなの…?」

「…俺はさ、できるなら君の望む通りにしたいよ。だけどもう、何もかも遅すぎたんだ」

「じゃあ、もう一度…」

「無理だよ」



なんだかどんどん眠くなる。

昔はお酒強かったんだけどな。

しばらく飲まないうちにすっかり弱くなっちゃったのかな。






なんで疑わなかったんだろう。





「昔のことはもうどうしようもないよ。話題を変えようぜ。…ほら、『trick or treat』。今日はハロウィンだろ?」

「急に…おかしなこと…言うのね…」



疲れていたのもあるのか、もう意識はほとんど眠気に引き寄せられていた。

彼への返事も曖昧で、後片付けはどうしようなんて的外れなことを考えたところで、

意識は闇へと誘われた。







私は気づくことも思い出すこともできなかった。

ワインに睡眠薬が入れられていたこと。

数年前に、彼はもう亡くなっていたこと。














妙な息苦しさで目が覚めた。

吸っても吸っても酸素が入ってこないような感覚がして、気づけば意識は現実に帰ってきた。


もう息苦しさは感じない。

急いで起き上がり、辺りを見渡すともう彼の姿はなかった。


とりあえず顔を洗おうと洗面所へ行く。

その鏡に写る自分の姿に私は絶句するしかなかった。






「え……」



――首に絞められたような痕があった。

おそらく彼のものであろう、私より少し大きい手の痕が――

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Bitter Caramelle【ハロウィン】

最後の二行を書きたかっただけですテヘ。
ゆるりーですこんばんは。

マイページのほうに甘いほうのハロウィンは書きました。
でもやっぱりダークなものを書かないとハロウィンっぽくないような気がしたので。すっきりしました。
二時間クオリティなのでいろいろ雑です。
今回はネタ担当のミクさん。解せぬ。

最後の解説もどき↓
がっくんの「trick or treat」に答えず、お菓子をあげることもしなかったので「悪戯」されました。
こんな悪戯は嫌だランキング堂々の上位です。
皆嫌ですね。当たり前です。

閲覧数:234

投稿日:2014/11/03 23:42:11

文字数:2,890文字

カテゴリ:小説

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