ユーフォリア
幸円 無畏
しあわせって、なんですか。
1.ある多幸症患者の場合
児玉亜沙子に友だちなんてものは存在しなかった。でもそれはあくまで客観的事実だった。亜沙子本人にとってはそうじゃなかったのだ。亜沙子はいまいちぱっとしないかんじの、今どき珍しいタイプの女の子で、彼女の通う高校にそういう類いの女の子は亜沙子以外ひとりもいなかった。もっとも、入学当初はちらほらとはいたのだ。だけどみんな華やかな子たちに吸収されるか、もしくは排除された。亜沙子だってそんな憂き目に遭う機会はいくらでもあった。勧誘もされたし、攻撃もされた。でも彼女はちっとも動じなかった。ただひたすらじっとして、にこにことそれらを受け流していた。
いや、受け流していた、というには少し語弊があるのかもしれない。なぜって彼女が周りの子たちからいわれてきた言葉たちはすべて残らず彼女の中に蓄積されてきたから。亜沙子は決して器用な女の子ではなかった。
亜沙子は、それでもしあわせだったのだ。
2.ある殺人鬼の場合
高瀬尽の第一印象をひとに聞くと百人中百人が「冷静なひと」だとか「クールなひと」だとか言う。現にそれは正しかった。尽はめったに表情を見せない。彼が唯一表情らしき表情を見せるのは水槽の前だけである―彼は異常なほど泳ぐ魚に魅せられていた。家では熱帯魚をいくつか飼っていたが、それだけでは飽きたらず、たとえどんなに多忙でも月に一度は必ず水族館に出向いては、閉館時間のぎりぎりまでそこにいた。
水槽を前にすると尽は、まるで糸を切られた操り人形のようになる。さも嬉しげに笑うわけでもない。ただ彼を支配していたすべての緊張が一瞬のうちに解かれるのだ。
でもそれだけだった。たしかに尽は気さくで、誠実で、有能で、だれからも頼られる、人望の厚い人物だった。でもだれひとりとして彼が笑うのも、憤るのも、涙を流すのも、見たことはなかった。
無理なかった。彼は昔、ひとを殺したのだ。
3.ある溺死者の場合
三上峰大吉ほど名前負けした嘆かわしい人生を送った者はいないだろう。彼の悲劇的な人生は彼の出生時から既にはじまっていた。まず彼がこの世に生まれおちると同時に彼の母親は死んだ。陣痛がはじまって三日目のお産は、その当時もう三十五を超えていた彼女にとってあまりに長すぎた。その後、せめてもの縁起担ぎにと大吉と命名された彼は、ときおりヒステリーを起こす、彼の名付け親でもある祖母と、酒乱の父親と、五人の年の離れた兄姉という嘆かわしい家庭で十六までの時を過ごした。もうすぐ十七というとき、まず祖母が死んだ。そして十七になると、今度は父親が死んだ。ふたりともどこかの癌だったらしい。それで一家はようやく解散の時を迎えることとなった。
六人きょうだいのうち成人していなかったのは大吉だけだった。それぞれ一人立ちしていく兄姉の、生活費を送るという快い申し出を一切断り、大吉はひとり新聞配達やら運送会社の下働きやらで生計を立てた。ときおり兄姉の何人かが訪ねてくるのを除いて、彼はそれから長くひとりぼっちだった。
四十近くになってようやく見合いで妻を迎えた。でもそれから二年ほどで愛想をつかれてしまった。大吉は元来無口なたちだったが、彼の孤独すぎる人生がさらにそれに拍車をかけていた。彼とは対照的におしゃべりだった妻にとって、大吉はまるでただの木阿弥だった。
五十を過ぎた頃に同僚といざこざを起した。彼と長くパートナーとして働いてきた、彼の人生の中でもっとも彼を知っていると言っても過言でない人物とのそれは、大吉にとって皮肉にも人生最大の転機となった。
今まで荒げたことなどなかった声を荒げ、相手の胸ぐらをつかみ、心では思っても実際に口に出したことなどなかったような暴言をさんざん吐いた。そうしながら大吉は自らの姿をかつての自分の父親の姿とぼんやり重ねあわせてみた。そして、案外おれは親父にそっくりだったのかもしれないな、と胸中で呟いたら、それが最期の言葉となった。気がつけば橋の欄干に背中合わせで立っていて、同僚が、自分の両肩を有らん限りの力で押していた。あ、と思ったら自由落下していた。そして大吉は死んだ。三日後、彼の溺死体が河口近くで見つかった。同僚はその前に自首し、拘置所に入れられていた。
しあわせとはとうてい無縁の人生だった。
4.あるピアニストの場合
小堀凪子の名声は甚だしかった。音大を卒業すると同時に念願のピアニストとして世界各国を飛びまわる日々がはじまった。卒業間際に出たコンクールで日本人初の快挙を成し遂げた上、それに乗じて以前に出していたCDがミリオンセラーの大ヒットとなったのだ。この三年で訪れた国や地域は数知れない。そして何千、何万の観衆を、酔わせ、泣かせてきたのかもまた、別次元の問題だった。
でも凪子自身はちっとも自己陶酔したりはしなかった。それどころか、自分のピアノで動かされる人々の気がまるで知れなかった。
凪子のピアノは、その繊細な情感に定評があった。でも彼女としてはあくまでそれは楽譜の得ん稜線上のことでしかなかった。ただセオリー通りにやっているだけなのに。ヒトの心って、そんなに薄っぺらなものでしかないの?
そんなだったから、凪子の楽屋での悪評は凄まじかった。女王様呼ばわりされた挙句、客をナメすぎていると白い目で見られた。
ある日、いつもどおりリサイタル終了後楽屋に戻ってひとりため息をついていると、スタッフの中でもリーダー格である川島という人物がひとり近づいてきて、こんなことを凪子に言った。
「小堀さん、あなたいつもそうやって偉そうにしてるけどさあ、小堀さんだって所詮お客さんありきの小堀さんでしょ?お客さんだってねえ、あなたのために泣いているようなもんなのよ?だってあんなナルシズムの塊みたいなのの一体どこに感動の要素があるっていうのよ。女王様ぶるのもいい加減にしてよね。どうせひとりじゃなんにもできないくせに」
凪子はそれをぼうっと聞いていたが、突然はらはらと落ちてくるものがあって、それではっと我に返った。周りで息を呑んでいたスタッフが慌てて川島を取りなしに入った。それから凪子の方にやってきて、小堀さん大丈夫ですかと声をかけてくる彼らに、ああとかはあとか曖昧な返事をすると、凪子は楽屋を出て自分に割り当てられていた控え室に入った。そこは壁が片面がすべて鏡貼りにされていて、隅の方にオルガンがひとつ置かれていた。その前に置かれているちいさな椅子に腰を下ろし、鏡に映った自分の姿を眺めた。赤いドレスを身にまとって、髪をアップにまとめた美しい自分は、今、泣いたせいでマスカラがとれ、アイラインが滲んで頬に筋をつくっていた。
急に笑いがこみ上げてきた。あのひとの言うとおりなのかもしれない、と思った。わたしのピアノは所詮、薄っぺらなナルシズム、その程度なのだ。だれより、薄っぺらなのは、自分。
大いに笑った。笑いながら自分にくるりと背を向け、オルガンのふたをひっぺがすように開け、めちゃめちゃに鍵盤を叩きまくった。その強烈な爆音に、防音壁の向うからマネージャーが駆けつけた。凪子さん、凪子さん。すがるように叫んだ。でも凪子は聞く耳を持たなかった。相変わらずケタケタと笑いながら、叩きつづけていた。そして知らないうちに、病院に担ぎ込まれていた。
聞くところによると、統合失調症、らしかった。
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