「あ、教科書忘れた」
 ざわざわと賑やかな昼休みの教室。昼休み前に行った席替えで、窓際の一番後ろという、教室内No.1の席のくじを運良く引き当て喜びに浸っていたのもつかの間。この席だと授業中先生の目に留まりにくいな、あれ、そういえば次の授業なんだっけ──そんな思考の流れから、数学の教科書を部屋の机の上に置き忘れたことを思い出した。
 「まじか、誰かから借りに行けば?」
 そう返すのは、歌手音イオ──髪がくせっ毛でピョコピョコ跳ねてるので、ピコというあだ名で呼ばれている──という、交友関係が狭い俺にとって、このクラスで一番仲の良い友達だ。
 「あー、リンから借りるわ」
 「鏡音さんか。よく見かけはするんだけど、話したことないんだよね。幼なじみなんでしょ? どんな感じなの?」
 「鏡音さんじゃなくて、リンでいいよ。どんな感じ、ねぇ……」
 「いや、それお前が決めることじゃないだろ……」
 それはその通りだが、なにぶん俺の名字も鏡音なのだ。自分が呼ばれているみたいで少しむず痒い。名字が同じ、そのうえ名前も一文字違いということで、小学校低学年のときは「フウフだ!」とか「ケッコンしてる!」ってからかわれたりもした。リンと夫婦とか勘弁してほしい。喧嘩しまくって疲労で倒れる未来しか見えない。リンは今では「言い合いしまくった挙げ句近所の人にDV疑われて通報されそう」なんて言っているが、当時は「レンとフウフなんていや!!!」と大号泣した。それはそれで失礼だし癪にさわる。うるさい奴だ。
 さすがに中学年からはそんなことを言う奴もいなくなったが、今度は、中学、高校と「双子なの?」と聞かれるようになった。あいつと双子とか冗談じゃない。喧嘩ばかりするせいで苦労が絶えず、親の白髪が急速に進む未来しか見えない。ちなみに中学一年のとき、おそらく双子かどうか聞いてきたであろう誰かに、リンが「違うの! レンと双子なんて嫌だ!!」と言っていたのが聞こえた。同じクラスだったのだ。それはこっちのセリフである。つくづくうるさい奴だ。
 「あれだ、とにかくうるさい」
 「体育で同じ種目だけど、むしろ逆じゃない? おとなしそうな感じするけど」
 「いーや、うるさい。なんか、感情と表情がコロコロ変わる。うるさい」
 「……感情豊かって言いたいの?」
 「豊かって言葉よりうるさいのほうが似合う。あ、あと、頑固。自分の意見を曲げない。だからいっつも言い合いになる」
 「そういえば、体育のときたまにケンカ?してるね……」
 「だろ? 素直なときは素直なんだけど、大抵頑固。いっつも素直にしてりゃ平和なのに」
 そう言うと、ピコは軽く笑った。
 「そうなんだ。意外な一面、って感じ」
 意外、なのか。一体みんなの目にリンってどう写ってるんだろう。ピコはおとなしそうと言っていたが、親しい間柄の奴にはいろいろ言ってくるぞあいつ。
 「でも、レンも意外」
 「……は?」
 “レンも”? なぜそこで俺の名前が出てくるんだろう。その疑問を読んだかのように、ピコはくすりと笑い、こう続けた。
 「だって、レンはいつも冷静っていうか、淡々としてるっていうか。言い合いになるのが面倒だから、妥協するとかしそう。ケンカになるまで我を貫く、っていうのが意外だった」
 「……」
 我ながらその通りだなと思った。例えばピコや、今は隣のクラスにいる、中三のとき一緒に学級委員をやった初音と言い合いになったとして──それ自体想像もつかないが──俺は折れるか妥協点を探すかするだろう。意見を曲げないのはリンのときだけだ。……え、俺もリンと同じで頑固ってこと? うわー……最悪だ。
 「……教科書借りに行ってくる」
 「はいはい。いってらっしゃい」
 クスりと、仕方ないなぁという目で笑われる。ピコは中性的な声と見た目をしていて、だからなのか、その仕草はひどく様になっていた。
 ちなみに、何だかよくわからないことを言われはしたが(絶対ろくなことじゃない)、教科書は無事に借りることができた。



 年度内最後の定期交差が終わって、気持ち的に晴れやかな十二月のある日。昨日の天気予報が言っていた通り、快晴で、暖かい。ちょうどイヤホンを買い換えたいと思っていたところで、せっかくだし今日買いに行くか、と思い立ったのが、約一時間前。支度を終え、家を出たのが約十分前。
 「なんでレンがここにいるの?」
 ──そして、リンが隣に来たのは、約五秒前。
 「いや、リンこそなんでいるの?」
 これは心からの言葉だ。
 聞くところによると、どうやら俺と同じで買い物に行くらしい。それなら目的地も同じということになる。穏やかな天気とは逆に、平穏な一日が遠のいていく。
 バスが来たので乗り込むと、中は案外空いていた。どうせ同じところまで乗るんだ、席も同じでいいだろ、と二人席に座る。リンも同じことを考えていたのかは知らないが、躊躇いもなく隣に座った。
 「俺は本とか文房具とか見るつもりだけど、リンは?」
 「私もそんな感じ。あーあ、せっかく一人で羽を伸ばせると思ったのに」
 「それは俺のセリフ。こんなとこまで腐れ縁持ち込まないでくれる?」
 「その言葉、そっくりそのままレンに返すわ」
 まさか休日の予定まで被るなんて思いもしなかった。ゲームなどで遊んだらことはあれど、どこかへ出かけるのは初めてな気がする。はたしてどんな一日になるのやら……
 「レンのおすすめの本、聞いてやってもいいよ」
 そう言ってきたリンの顔は、いかにも「やれやれ、仕方ないなぁ、たまにはレンのやること大目に見てあげる」といった感情がありありと出てる。なんだこいつ! いつもは俺に大目に見られてるくせに!
 「お前、いっつも俺のオススメより自分の好きなやつのほうがいいって言うじゃん。……今度こそそんなこと言わせねぇから」
 ああ、どうやら退屈しない一日にはなりそうだ。
 「どうだか。まあ、楽しみにしてるわ」
 火花がバチバチと弾ける音がした。バトルスタートだ。
 さてどんな本を薦めてやろうか、と窓の外を見ながらいくつか候補を上げて、絞り込もうとしたとき、肩から熱が広がった。リンの頭だ。リンは乗り物に乗るとすぐ眠くなるみたいで、遠足や社会見学の帰りのバスとかでよく寝てるところを見かけた。
 「頭って重いんだぞ……感謝しろよな」
 小さく呟いた声は届かずに、すやすや眠り続ける。終点で起こせばいいだろう。
 俺は窓の外に視線を戻し、候補を絞り込む作業を始めた。


 ショッピングモールについたあとは、文房具を買って、それから本屋へ。この作家の文体が良くて、この本は面白いというような話をした。興味は惹かれたようで、後日貸すことを約束する。
 「ヘアピン買いたいから、アクセサリー屋に行くけど……レンも入る?」
 リンがそう言ってこちらを見る。確かに男には入りづらい所ではあるが、今日はリンも一緒だから別にいいだろう。
 「うん」
 そう返すと、リンは少し驚いた顔をしたが、特に気に止めた様子もなく、アクセサリー屋へと歩き始めた。
 店の中は、ネックレスやらピアスなどできらきらしていたり、ヘアゴムやらシュシュ?だかで鮮やかなのがコロコロしてたり、多分多くの女子にはたまらないんだろうな、と思う。まあリンはその『多くの女子』には当てはまらないのだけど。目的のヘアピン以外見るつもりはないらしく、ただそのコーナーへ向かって歩いていった。
 リンは優柔不断なので、決めるには時間がかかるだろう。身に付ける予定も誰かへ送る予定もないが、せっかくなので物色してみると結構たくさんの種類がある。これは殊更時間がかかりそうだ。
 ふと、目に入ったものがあった。細くて、黄色くて、根本に小さな青い星がついてるヘアピン。
 これだ、と思った。それは直感だった。
 「これ」
 「ん?」
 手に持っていたピンを差し出す。リンはそれをじっと見つめていた。
 「似合うと思ったから」
 それに、リンの好みにも合うと思ったのだ。派手なものが好きでないリンはシンプルなものをよく身に付けてるし、星がモチーフになっているグッズも結構持っている。
 リンは少し逡巡していたが、口を開き、「……レンのセンスって信用していいの?」と言ってきた。
 「失礼な奴だなお前……あー、やっぱり俺店の前にいるわ。女の人ばっかりで、居心地悪い」
 どうやらお気に召さなかったらしい。大学生くらいのロングヘアーの女の人に暖かい目で見られてることに気付き、店から出ることを決めた。だいぶ恥ずかしい。


 「お待たせ」
 「おー。……で、結局何にしたの?」
 「えっと……」
 リンは目を左右に逸らす。言いにくいのだろうか。しかしどんなピンを買ったかに言いやすいも言いにくいもない気がする。
 「……後で、そう、後で言う!」
 「え、別にいつ言おうが変わらんねぇだろ……まあいいけど」
 あまりにも普段の自分とはかけ離れたものを選んだとか? まあ後で言ってくれるらしいので、ここでの追及はやめよう。
 俺イヤホン買いたいから電気屋付き合ってくんね?と誘うと承諾してくれたが、どことなく元気がなさそうに見える。気のせいであることを願いながら、電気屋まで歩き始めた。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

イヤホンとセンスと幼なじみ【前編】

幼なじみで同級生のレンとリンの、とある休日のお話
リン視点→http://piapro.jp/t/5t7E


鏡音10周年おめでとう!!


※どちらから読んでも大丈夫だと思いますが、レン視点は説明が少し多くなってしまったので、リン視点から読んだほうが面白いかもしれません。
※歌手音ピコの名前を少し変えています。ご了承ください。

レン視点書き終わりました!
『ケンカするほど仲が良い』様子を表現できてたらな、と思います。
同級生は最初ミクオにしようかと思ったのですが、派生キャラじゃなくて正規キャラを使いたいなーという思いからピコになりました。今度はVY2もいいな……


この作品はピアプロ・キャラクター・ライセンスに基づいてクリプトン・フューチャー・メディア株式会社のキャラクター「鏡音リン・レン」を描いたものです。
PCLについて→https://piapro.jp/license/pcl/summary

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投稿日:2018/01/19 12:49:15

文字数:3,820文字

カテゴリ:小説

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