留守にしていて締め切っていた部屋の空気を入れ替えるべく、おばあさんが窓を開けていく。それをあげはも手伝っていると、ブン。と鈍い電子音が響き、勝手にパソコンが起動した。
「おかえりー、マスター。」
驚くあげはの目の前でパソコンの中、画面の向こう側に長い髪を二つに結った、あげはよりも年上の可愛らしい女の子がこちらを見ていた。
「え、何で勝手に起動してるの?」
何か間違えて触ってしまっただろうか。そう驚くあげはに、女の子は、あれ。と小首をかしげた。
「あれ、マスターじゃない。誰?」
「あげ、は。」
驚き戸惑ってしまい、つっかえながらもあげはが名乗ると、女の子は少し考えるような様子で斜め上を見上げ、そして、ああ。と合点の言った様子で頷いた。
「あなたが噂のあげはちゃん。」
わたしは、初音ミク。っていいます。そう朗らかに女の子は名乗った。
 どんな噂がこのパソコンの中で飛び交っているのだろうか。そもそもこの初音ミクは誰なのだろう。リンやレンと同じボーカロイドだろうか。そう、あげはが驚いたまま固まっていると、がちゃん。となにやら扉が開く音がして、新たにリンとレンが画面上に現れた。
「あ、本当にあげはだ。」
「元気になったみたいだね。」
よかったねレン。とリンがにやにやと笑いながら横にいるレンを突っつき、レンは心底嫌そうな顔でよくない。と言った。
「ていうか、おまえ、来るの遅い。元気になったならばさっさと来い。そしておれの言葉を証明してくれ。」
そう不機嫌な調子でまくし立てるレンに、何のことだろう?とあげはが首をかしげると、ミクがくすくすと笑いながら言った。
「レン君が、あげはちゃんに恋をしているって、もっぱらの噂なんだよ。」
「ミク姉、事実と異なることを言わないでくれ。」
そうげんなりした様子で言うレンの横で、リンが楽しげに笑いながら、あげはのこと可愛いって言ったの。と言った。
「レンがね、あげはのことを可愛いって言ったのよ。これはもう、恋の始まりでしょ。」
リンの言葉にレンが、ちがう。と即答で否定した。
「おれは、ミク姉やメイ姉にどんな子かと聞かれたから、思ったことを言っただけだ。実際、人のなかでも平均よりかなり上の顔立ちだろう、こいつ。」
ちゃんと見てくれよ。そう喚くレンに、ミクと名乗った女の子は、ほのかに意地悪くにやりと笑った。
「確かにあげはちゃんは、噂どおり可愛いね。ちょっとボーイッシュだけどそこがまた良し。レンくんが恋に落ちても仕方がないね。」
「仕方がないよねー。」
リンも呼応するように、にやりと笑って言う。
 明らかに茶化されているのに気がついていないのか、レンが、ぐぁぁ。ともどかしげに苛立った声をあげている。その良い反応に、これは私の事がなくても、レンは常にからかわれているんだろうな。と思って、あげははくすりと笑みをこぼした。
「リンやミクさんのほうが、もっとずっと可愛いとおもう。」
そう笑顔であげはが言うと、ミクが照れたように頬に手を当てた。
「やだ。わたしまであげはちゃんに恋に落ちちゃいそう。」
ほら、あげはちゃんて中性的だし百合もありかもしれない。そんなことをわざとらしく言うミクに、ミク姉それ最近の流行だよね。とリンが声を上げて笑う。端っこのほうでレンが情けない顔で脱力したように立っている。
 本当に私たちと同じだ。とあげはが面白く思っていると、楽しそうね。とおばあさんが冷たい飲み物を持ってやってきた。
 はいどうぞ、と手渡された白い飲み物はヨーグルト味で、程よく甘くて、美味しい。あげはが頬をほころばせていると、おばあさんが確認するように顔を覗き込んできた。
「久しぶりに作ったのだけど、大丈夫?」
「うん。美味しい、です。」
そう言って、とろりとした味わいをあげはが楽しんでいると、画面の向こうから、ずるい。と声が上がった。
「マスター。それなんて飲み物?わたしも飲みたい。」
そうリンが駄々をこねるように言ったが、おばあさんは、なんて名前だっけ?ととぼけた調子で首をかしげた。
「わたしが若いころにお店で飲んで美味しかったのを、自分で試しに作ったやつなのだけど。なんていう名前だったかしらね。」
そう要領を得ないおばあさんに、リンがむう、と膨れっ面であげはにずるい。と言った。
「あげは、ずるい。」
そうリンが子供みたいな調子で言うから、あげはもつられて子供じみた様子でにんまりと笑った。
「いいでしょ。」
と偉そうに言ったのがまた癪だったのか、リンが地団太を踏んで。その様子に、あはは。とあげはは大声で笑った。
 なんだかいいな。とあげはは思った。ぽんぽんと会話が飛び交うこのにぎやかな感じ。あげは、と沢山の人に名を呼ばれるのも久しぶりの感覚で、気がつくと、彼らが自分を呼ぶ声が耳になじんでいだ。
 そのことが少し後ろめたくて、だけど少し嬉しかった。

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たとえば、の話・7

閲覧数:91

投稿日:2010/04/22 15:16:08

文字数:2,013文字

カテゴリ:その他

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