ある所に、貧しい親子が住んでいた。
 父親は酒を飲むばかりで働こうとせず、母親は病弱で働けない。
 娘はまだ幼い為、親子は隣家の人達に養って貰っていた。
 しかし、隣家も決して裕福とは言えなかった。
 自分達が食べて行くだけで精一杯なのに隣家まで…
 その家では毎日の様に喧嘩が行われていた。
 隣家さえなければ…それが、その家の人達の口癖だった。

 そして…

 娘は売られた。
 売ったのは隣家の人達だった。
 いわゆる【口減らし】。
 娘は、大人の事情で見ず知らずの人に買われたのだ。

 娘を失った夫婦は悲しんだ。
 隣家の人達を恨みもした。
 しかし、元はといえば父親が働こうとしないのが原因。
 夫婦の間には深い溝が出来た。

 一方、売られた娘は引き取り先で懸命に働いた。
 そうしなければ食べ物をくれない。
 生きて行く為には働くしかなかったのだ。

 引き裂かれた親子が再会しないまま、10年の月日が流れた…

 この10年の間に様々な事が起こった。
 娘の両親は関係を修復する事が出来ず、別れる事になった。
 娘を売った隣家の人達はその廉で捕えられ、今も牢の中にいる。
 娘は近所でも評判の女性へと成長していた。
 一目見ようと引き取り先に人が押しかけるほどに…

 しかし、娘は人々に心を開こうとはしなかった。
 幼い頃に売られたのがトラウマになっている様だ。
 訪れた人全てが娘を称賛するが、娘は聞こうとしない。
 これには町中の人が困り果てた。
 綺麗なだけの娘など要らない…人々はいつしかそう思う様になった。
 そして、娘を町から追い出してしまった。
 娘は独りになった。

 町から追い出された娘は森の中を彷徨っていた。
 同じ様な木が同じ様に生えている為、迷いやすい森。
 迷い込んだ娘は標なき道をただ歩いていた。
 森の奥に何があるのかなど、娘にとってはどうでもいい事だった。

 その頃…

 森の奥で1人の青年が目を覚ました。
 俗世を捨て、森で暮らす事を選んだ賢人。
 人々に心を開かない…娘と同じ存在。
 彼もまた、幼少期に売られた者だった。

 青年は歩き出した。
 何故、そうしているのか…彼には解らない。
 身体が勝手に動いている様だった。
 森の中を歩いていた彼は、目的もなく彷徨っている娘と出会った。

 2人は何も言わない。
 目を合わせようともしない。
 しかし、2人にとってそれはとても居心地のいいものだった。
 人々に心を開かない2人は暫くの間そうしていた。

 娘は森の中で暮らす事を選んだ。
 ここは居心地がいい…そう判断したのだろう。
 幸い、水も食べ物も十分にあった。

 それに関し、青年は何も言わなかった。
 娘と一緒にいる事を居心地良く感じたからか、彼女を追い出すのが面倒だったからか…誰にも判らない。
 判っているのは、青年が娘を追い出さなかった事だけ。
 近付こうとせず、離れようともしない…そんな関係が続いた。

 2年後…

 国中にお触れが出た。
 食料自給率を上げる為、森林を破壊して畑を作るという。
 人々は納得が行かなかったが王の命には逆らえない。
 森林は次々と破壊され、畑に変えられた。

 人々の手は、2人が暮らす森にも及んだ。
 2人は抵抗したが多勢に無勢。
 森は破壊され、2人は住む所をなくした。
 人々は2人からまた居場所を奪ったのだ。
 2人は国を出る事にした。

 森林を畑に変えた事により、国は豊かになった。
 食べ物の心配をする必要がなくなり、人々の心にゆとりが生まれた。
 畑は、国の豊かさの象徴となったのだ。
 あのお触れは正しかった…人々はそう思っていた。

 しかし…

 ある日、国全体に激しい雨が降った。
 この雨は3日間降り続き、人々から大切なものを奪って行った。
 たったの3日で国は姿を変えたのだ。
 家も、畑も…人々が生活をする上で必要なものは全て流された。

 その原因は、件のお触れにあった。
 森林を破壊し尽くした為、雨から人々の生活を守るものがなかったのだ。
 人々は己の愚行を悔いたが、後の祭りだった。

 国を出た2人はその様子を眺めていた。
 あの後、2人は隣国で最も高い山に移り住んだのだ。
 2人は笑みを浮かべていた。
 それが何を指し示すのか…誰にも判らない。

イメージ:
娘-ミクかリン
青年-KAITOかがくぽ

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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名もなき娘の物語

 人と自然と文明…この3つの関係を文章にしてみました。
 人は文明によって豊かになりましたが、だからといって自然との関係を断つ事は出来ません。
 自然は優しくもあり、恐ろしくもある…そういう思いを込めてみました。
 文明と自然について、少しでも考えてくれたら嬉しいです。

閲覧数:182

投稿日:2011/10/13 10:48:25

文字数:1,836文字

カテゴリ:その他

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