商店街にある電気屋の店頭に設置されたDVDコーナー。
ふと足を止めた私は、そこで一つの商品を手に取った。
「オードリー作品が好きなんですか?」
前を歩いていた少女が私に声を掛けてくる。
「えっ!あっ、うん…。」
『ローマの休日』、手元のパッケージにはそう印字されていた。
「なるほど、AIによる自動着色されたカラー版…。確かカノンさんの部屋にはモノクロ版がありましたよね?」
彼女は上目使いに私に尋ねながらジロジロと箱絵を覗き込む。
「うん、出来れば『サブリナ』があると嬉しいんだけど。」
そう言ってカノンはカゴに敷き詰められた無数のDVDの背表紙を目で追った。
『麗しのサブリナ』、それはオードリー・ヘップ・バーンが演じるサブリナ・フェアチャイルドを主人公とした昔のラブコメディー映画である。
「A子ちゃんは何か好きな作品とかないの?」
会話の返しになんとなく私はそう尋ねた。
「私ですか?そうですね…、映画とかはあんまり見ませんが小説なら『東海道中膝栗毛』ですかね?」
カノンの横でサブリナ探しを手伝いつつA子は淡々とそう答える。
「えっと、なんだっけ…それ?」
どこかで見聞きしたようなタイトルに私は思わず聞き返した。
「200年ほど前の滑稽本ですよ、弥次さん喜多さんの二人が江戸からお伊勢詣りに行くんです。」
そういえば江戸時代にそんな流行があったっけな…とカノンは歴史の授業の内容を朧気に思い出す。
「でもなんでそんな古い作品を?」
私は頭に浮かんだ疑問を率直に彼女にぶつけてみた。
「カノンさんのだって十分古いでしょー?今時大学生が白黒時代の映画なんてわざわざ見ませんよ?」
A子は少々呆れ気味に両手のDVDソフトを見比べながら呟く。
「そ…そうだね。昔、おばあちゃんと一緒に視てたから。」
少し恥ずかしそうにしながらカノンは商品をカゴへ戻した。
そして二人は電気屋を立ち去ると、再び商店街の人影の中を歩き出す。
「妹のメロディが生まれてね、お母さんが育児に忙しかった時、
私の相手をしてくれたのがおばあちゃんだったんだ…。」
サイドテールを揺らしながらまるで独り言のように私は回想を口ずさんだ。
初夏の日差しの元、セミが五月蝿そうに鳴いている。
「私のおばあちゃんは夏のお盆になると、決まって戦争の話をするの。友達と一緒に女学校へ通っていて、その近くに爆弾が落ちて…。クラスメイトはみんな死んじゃったんだって。」
カノンは少しトーンを落としつつ言葉を続けた。
「爆弾…。広島か長崎ですか?」
A子は少し慎重になりながら会話に応じる。
「うん。それで戦後はお金もなくて、キノコでも食べないと生きていけなかったんだって。だからもうキノコなんて見たくもないって、よく言ってたの…。」
寂しそうに笑いながら、彼女は見知らぬ戦火の記憶に想いを馳せた。
その横顔はひどく繊細で、今にも崩れてしまいそうだった。
「あっ、いたいた。遅いですよカノン先輩。」
少し遠くから誰かが近づいて来る。
その髪の短いその風貌は、一見男性のようにも見えなくはないが、服装のコーディネートからどうやら女の子である事が判別出来た。
「ごめんねマリーちゃん、ちょっとそこで道草してて…。」
後輩からの叱責に素直に謝るカノン。
「はじめまして、カノンさんの家で家政婦をやってますA子と言います。」
次いで隣のメイドが即座に挨拶をした。
「あっ、はじめまして。御手師マリーです。」
マリーの方も簡単に自己紹介を済ます。
「それじゃ、行きましょうか。」
そうして三人に増えた娘達は本日の会場まで賑やかに足を進めるのだった。
「みんなー!今日は来てくれてありがとー!!」
ギターを抱えた金髪の美少女がステージの上から観客に語り掛ける。
「私達『クレーム・ブリュレ』は中学の時に活動していたアマチュアバンドなんですけど、今回のイベントに合わせて8年ぶりに再結成しました!」
マイクを使って喋りながら、彼女は後ろに控えるサックスとドラムのメンバーに目配せした。
「マキ先輩ー!なんで僕に声をかけてくれなかったんですかー!!」
群衆の中で私の横からマリーが嘆きの声を上げている。
「実はもう一人キーボード担当の子がいたんだけど、今は子育て中で残念ながら不参加になっています。」
当然その言葉はマキには届いておらず、彼女は別の方を向いてメンバー紹介を続けていた。
「あれ?キーボードってカノンさんの担当じゃなかったんですか?」
不思議そうにA子がカノンに聞いてくる。
「あぁ。中学の頃はおねぇちゃんがやってたんだ、私もピアノのレッスンは受けてたけど、バンドにはあんまり興味なくて…。」
中学の時、母を亡くしてメンタルの弱っていたマキの為に喫茶店の常連三人娘で結成したガールズバンド、それが『クレーム・ブリュレ』だ。
ちなみに『クレーム』は『クリーム』のフランス語で、決して『苦情』という意味ではない。
「一応ピアノだったら僕も弾けるんですよ!」
諦め切れないマリーが後ろの方から自己主張する。
「あはは…、そうだね。」
そんな後輩に気後れしつつ私はちょっと残念そうに笑った。
そんな他愛もない問答をしている内にバンドの演奏が始まる。
カノンがステージ上の彼女と共に高校生活を送ったのはもう5年も前だ。
あれから私はサブリナのように素敵なレディになれているだろうか?
戦争を生き延びた祖母のように逞しい女性になれているだろうか?
先輩のマキのように目標を持って夢を追いかけているだろうか?
そんな事を考えていると、またいつもの口癖が喉からウッカリ顔を出しそうになる。
頼りない足取りの自分に陰鬱としたカノンの耳に、マキの歌が爽やかに聴こえてきた。
夜明け 前に 地図を 睨んで
僕ら だけの 道を 選んで
動き出した物語の 向こうへ さぁ♪ (歌詞引用:晴晴"「太陽に焦がれて」)
コメント0
関連する動画0
ご意見・ご感想