イエージュー(仲間)が消えて 落ちてく涙は
陽射しと共に消えていくだろ。

いくあてもなく みずを欲しがった。
ウージ(砂糖黍)の畑はいつもと変わらず

そして イクサユー(戦時中)の風が
ツゥジ(妻)とアカングァ(赤ん坊)を奪う。

還る色の中の言葉 告げる戯れは
花に似た空に似た命の欠片
生まれてきた意味は必ずある
君はみんなに微笑みと愛をくれたから

桜の下で銃剣を握る
手は震えてる靖國で会おう

そしてトゥチ(時)は巡り巡る
あの日見たウージは変わらず

生ける君達に送る
僕の唄は
海に似た螺旋に似た命を紡ぐ
生まれてきた意味は必ずある
そのために日の本を守ってきたんだよ。

桜の下で酌み交わす
イェージューと共に
君達が幸せに生きる
事を唄いながら

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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3月のニライカナイ

沖縄本島南城市。斎場御嶽の奥にある沼があります。
そこは71年前に米軍の40サンチ砲の砲撃を受けて出来ました。
歪な水溜りとは対照的な、樹々の神々しいこと。

年々歳々花相似たり。年々歳々人同じからず。

そこにあった命。たくさんの命が今を紡いでくれてる現実。

感謝して、敬い、次に紡いでいくのが人の生かもしれません。

僕は名前も忘れ去られた赤ん坊を唄い続けます。唄うのはGUMIさんですが。

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投稿日:2016/12/18 23:27:06

文字数:334文字

カテゴリ:歌詞

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